◇Corundum   








ヴァリアーの幹部として抜擢されてすぐに、フランはザンザスとスクアーロの関係に気付いた。
それというのも、二人の関係はヴァリアー内では公然の秘密のようで、本人達も隠す気がないからだ。
スクアーロは頻繁にザンザスの私室に寝泊まりしているし、泊まらない時でも夜半過ぎにスクアーロが軽装でザンザスの部屋から出てくるのを何度も見かけている。
自分に見られても別に気にもしていないようだ。
どう見てもただボスの部屋に任務で行ったとは思えない様子なのに、平然としているのが凄い。
そのことについてそれとなく水を向けてみると、ルッスーリアが苦笑した。
「あらぁ、もう分かったの?まぁ、隠してないからねぇ」
「じゃあ、やっぱり、ボスとアホのロン毛隊長はいやらしー関係なんですかー?」
「いやらしいって、またはっきりと物を言う子ねぇ、イヤらしくなくはないけど」
ルッスーリアが肩を竦める。
「ボスとスクちゃんは長いから、みんな知ってる事だし夫婦みたいなもんよ」
「ふーん、そうなんですかー。…ちょっと悔しいでーす」
とそこまで言った所でベルフェゴールが話に入ってきた。
「しししっ、カエルったらもうボスの魅力にとりつかれちゃったわけー?」
「ボスを一目見たら、誰でも虜になっちゃいますよー」
「んまぁそうねぇ。ボスったらますます色っぽくなってきちゃったし」
「ししっ、それも全部先輩がボスをそういう風にしてっからじゃん?」
「えー、あのアホ隊長、アホのくせにそういう所は凄いんですかー?」
「あんまりアホアホ言わないの。スクちゃんはあれで頭いいんだから」
「でもボス独り占めとかずるいでーす。ミーもボスとー……えっとー…そのー…」
「ししっ、それは無理!まず、スクアーロが許さないって」
ベルフェゴールが腹を抱えて笑った。
「そうねー。スクちゃんとまともにやりあう気概があるならボスにちょっかい出してもいいかもしれないけど、本気のスクちゃんには勝てないわよ」
ルッスーリアが軽くフランをいなした。
「アホ隊長の本気ですか…それは怖いですー。でもボス独り占めはよくないでーす。ボスはみんなのボスなんだから、隊長だけじゃなくてミーだって部屋に呼ばれたいですー」
「って、随分大胆な事言うのね……」
「っていうかさ、もしボスに呼ばれたとしても、役に立たないんじゃね、ししっ」
「んまぁ、ベルったら下品よぉっ」
「役に立たないってなんですかー!ミーは立派な男の子でーす!」
「いやそうじゃなくてさ。ボス目の前にしてみ?そうすれば分かるって、ししっ」
「って、ベル先輩、なんか経験あるみたいな言い方じゃないですかー!」
「ま、その辺は秘密」










などと意味深にベルフェゴールに言われ内心不満たらたらだったが、そのうちに談話室からルッスーリアやベルフェゴールが引き上げてしまい、一人残ったフランも仕方がなく腰を上げた。
ベルフェゴールがいなくなったのを幸い、被っていたカエルの被り物を脱いで手に持ち長い廊下を歩く。
気になってザンザスの部屋の方へと遠回りをすると、案の定、夜遅くだからか、ザンザスの部屋を後にするスクアーロの後ろ姿を見つけた。
長い銀の髪が揺れてカツカツと廊下を歩く音が小さくなって、スクアーロが廊下の角を曲がって見えなくなる。
それを柱の影からじっと見つめ、フランは足音を立てないようにしてザンザスの部屋に向かった。
「ボス?」
さり気ない風を装って声を掛け扉を引くと、鍵はかかっておらず呆気なく扉が開いた。
重厚な調度品の並ぶ居間に一歩踏み入れ、それから部屋を横切って奧の寝室へと歩き、扉越しに恐る恐る声を掛ける。
「ボスー?」
少し間があって、それから扉は音を立てずにすっと開いた。
「……」
出てきたザンザスを一目見てフランは目を見開いた。
ザンザスは素肌にガウンを羽織っていた。
遠くから見ればそれは寝ていた所を起きてきた、ようには見えるだろう。
が、間近に彼を見れば、そうではない事は一目瞭然だった。
薄暗い室内照明がザンザスの黒髪を艶やかに照らし、汗に濡れた首筋を光らせる。
身体はガウンで隠していたが、隠しきれない情事の余韻が匂い立つように全身に漂っていた。
ガウンの襟元、素肌に浮かぶ傷跡が汗に濡れ光って垣間見える。
ガウンの裾から覗く引き締まった脚にもどくりと心臓が跳ねる。
「…なんだ?」
掠れたハスキーな低音が鼓膜を直撃してフランは硬直した。
「…フラン、か……どうした?」
気怠そうに前髪を掻き上げる仕草に眩暈がするほどの色気が滲む。
情欲に潤み濡れた二つの深紅の宝石が、自分を見つめてくる。
深紅の虹彩に掛かる長い黒い睫と、濡れて煌めく瞳に自分を捕らえられて、フランは全く動けなかった。
「と、くに用は、ないでーす…」
濡れた紅い厚い唇。
背筋をぞくりと震わせる、掠れた声。
股間にダイレクトに響く、荒い息づかい。
見入ったら逃げ出せない、吸い込まれるような紅の瞳。
「任務には慣れたか?」
「は、はい、すっかり慣れましたー」
「そうか……ならいいが。……どうした……眠れねぇのか?」
ひた、と濡れて淫靡に煌めく深紅の宝玉が、自分を見据えてくる。
瞳に体も心も全て、取り込まれてしまいそうだった。
ふらふらと近寄っていきそうになり、フランは必死で自制した。
「い、いえ、大丈夫でーす。…おやすみなさーい、ボス」
「あぁ……」
それ以上そのばにいると、とんでもない事を口走ってしまいそうだった。
口走るだけではなくてとんでもない事をしそうで、居ても立っても居られない恐怖にも似た感情が込み上げてくる。
全身が震え、冷や汗が流れる。
這々の体でザンザスの部屋を後にすると、フランは自室へ駆け込んだ。










「はー……」
カエルの被り物を床に投げ捨て、ベッドに身体をどさりと投げ出す。
心臓が胸から飛び出しそうだった。
服の下にべったりと汗をかいていた。
体温が一気に2,3度上昇したようだった。
あの二人が……どんな事をしているか……。
勿論分かるが、……想像できなかった。
あまりにもザンザスが凄すぎて、想像できないのだ。
自分があのザンザスを前にしたら、あっというまにイってしまうだろう。
あの瞳に見つめられて、あの声で名前を呼ばれたら。
あの身体に触れたら───あっと言う間に。
情けなく恥を晒してしまうだろう。
絶対に保たない。
あんな目で見つめられて、誘われたら。





「……隊長って凄いんだー…」
あのボスを前にしても骨抜きにならずに、相手できるなんて……。
とフランはスクアーロを別の意味で尊敬したのだった。









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