◇衝動 -3-  2







次の日から二日間、オレは跳ね馬の出席する会議に付き添った。
イタリアでも珍しい、巨大高層ビルの一角の会議場だ。
天井が高くホール型になっており、円形のテーブルにはゆったりとした革の上質な座席ごとにパソコンとマイクにペットボトル。
いかにも教養人たちの集まり、といった雰囲気を醸し出して、人々がさざめき合う。
オレも勿論表面上はできるだけおとなしく、マフィアであるという事を微塵も感じさせないように地味に秘書として付き従った。
長い髪は一つにまとめ、暗いグレイのスーツにネクタイ、メガネも掛けて一応変装とまではいかねぇが、それなりに取り繕う。
まぁでも、見たところ、会議に出席しているやつらの半分はマフィアだった。
表向き全くそれを感じさせないようにそらぞらしく笑いあって、いかにも真面目な一般人を演じているが。
見覚えのある顔が何人もいたが、向こうは勿論暗殺部隊のオレの顔なんざ知らねぇし、オレも素知らぬふりをした。
退屈な会議が二日間続いたが、その間特に心配するような事態も起こらなかった。
会議終了後同じビルの小洒落たバーで懇親会があって、そこにもオレは一応出席し、跳ね馬を警護した。
オレは酒を少ししか飲まなかったが、跳ね馬はマフィア同士、表向き一般人のようににこやかに談笑しながらかなり飲んでいた。
ンなに飲んだらテメェ、注意力が散漫になっちまうじゃねぇか、と思ったが、オレがいるから安心してんのか。
懇親会も何事もなく終了し、夜、オレは酔っぱらった跳ね馬を引きずるようにしてホテルに戻った。
今日一日泊まって、明日跳ね馬を迎えに来るキャバッローネのやつらと交代すればオレの仕事は終わりだ。
楽な任務だった。
が、これでキャバッローネに恩も売れただろう。
「おら、跳ね馬ぁ、大丈夫かぁ?」
「あー…スクアーロ、…」
珍しく跳ね馬が酔っている。
コイツは酒に強ぇはずだが……まぁ、緊張していたのかもしれねぇなぁ。
ホテルの部屋に戻ると、オレはさっさと跳ね馬をシャワー室に閉じこめた。
シャワーを浴びた跳ね馬がふらふらと出てきたのを捕まえて、髪を拭いてやり、バスローブを着せてやる。
ったくでっけぇ子供みてぇだが…まぁ、可愛いっちゃ可愛げがある。
それからオレもシャワーを浴びた。
のんびりと髪を洗い、乾かしてバスローブを羽織る。
バスルームから戻ってくるとすっかり寝ちまっただろう、と思っていた跳ね馬が起きていたので、オレは眉を顰めた。
跳ね馬は、ベッドに腰掛けて、オレをじっと見上げてきた。
少し湿った金髪が寝室の間接照明にきらっと光る。
「どうした?眠れねぇのか?」
「…うん……」
俯いてちょっと元気が無さそうな声で返事をする。
その様子は昔のへなちょこな時代の跳ね馬のようだった。
「どうしたぁ?」
「なぁ、スクアーロ…」
「あぁ?」
「お前さぁ…この間の、あの……」
そう言って跳ね馬が俯く。
オレはぴんときた。
「ああ、なんだ、山本の事かぁ?」
ぱっと跳ね馬が顔を上げて、視線が一瞬絡み合ったが、ヤツはすぐに視線を外した。
「……うん…あのなー…」
言いにくそうにしている跳ね馬にオレは焦れた。
「なんだぁ、言いてー事があるならはっきり言えぇ?」
「や…なんつうか…お前、山本の事、好きなのか?」
「は…?」
オレは一瞬キョドっちまった。
「ンなわけねーだろうがぁ。ガキなんざ好きでも嫌いでもねぇ」
「そうだよなぁ…」
跳ね馬が俯いた。
「オレちょっとショックだったつうか……スクアーロがああいう事してるとか…」
「う゛お゛おぃ、テメェ、オレの事勝手にイメージ作ってんじゃねぇよ」
「スクアーロってさ」
跳ね馬が真剣な表情をした。
「誰とでもああいう事してんのか?もしかして…」
そう言われてオレは返答に詰まった。
誰とでも、という事はねぇが、考えてみると別に気にした事はねぇ。
もともと身体的には尻軽と言われてもおかしくねぇし、興が乗ればその辺のヤツともヤってきた気もする。
身体の関係なんざ大したことじゃねぇし、たんなる気晴らし、欲望の発散じゃねぇか。
「……山本はさ、お前の事すげー好きみたいなんだけど…」
「あ゛ーそうみてぇだなぁ…。オレぁ別に何とも思ってねぇぞぉ?」
「って、そんじゃ山本が可哀想じゃねぇか…?」
「あ゛あ?なに処女みてぇな事言ってんだぁ、テメェ。テメェだって、オンナよりどりみどりで遊んでんじゃねぇか。そういうもんだろうがぁ?」
「…別にオレは遊んでなんかいねぇよ。付き合いでどうしようもねぇ立場だからさ…。本当なら好きな人以外とはしたくねーし…」
はぁ、こいつマフィアのドンだろうがぁ…。
オレはちょっと呆れた。
やっぱりへなちょこだ。
ンな純愛嗜好とか、へなちょこ思想がまだ残ってんのかよ、テメェ。
「あー分かった分かった。テメェはホント可愛いぜぇ、跳ね馬。純愛最高ってやつだなぁ?」
オレがバカにしたように鼻で笑うと、跳ね馬が傷付いたような顔をした。
「オレは、…スクアーロはそういうんじゃないと思ってたから…」
「はぁ?なんだぁそれ…」
「スクアーロは、剣の道一筋で、ストイックで、そういう下劣な事しねーって思ってた…」
ちょっとむかっときた。
へなちょこの青い理想を押しつけられたりしたら、たまったもんじゃねぇ。
考えてみるとこいつは昔からオレを勝手に理想化してる所があった。
へなちょこのケツの青い理想と違うからって言って、勝手に憧れられて、勝手にがっかりされてもいい迷惑だ。
跳ね馬の大きな金色の目が悲しげに伏せられているのを見ると、更にむかついてきた。
いかにも純情そうに、傷付いている様子を隠さない所が、腹が立つ。
マフィアのボスやってるくせに。
テメェだって──そうだ、テメエだって、ただの男じゃねぇか。
触れば勃つし、擦れば出るんだろうがぁ?
オレははっと唇を歪めて笑い、跳ね馬を覗き込んだ。
「オレはセックスが好きなんだ…。テメェだって好きだろぉ、男だもんなぁ…?」
身体を近づけ、擦り寄せて耳元に囁く。
跳ね馬がびくっとして、おずおずとオレを見つめてきた。
オレはにんまりと笑って、跳ね馬の股間に右手を伸ばした。
「あ…っ、ス、クアーロ…ッッ」
狼狽した跳ね馬の声に笑いが漏れる。
──なんだぁ、傷付いてたくせに、こっちはびんびんじゃねぇか。
ハッ、身体は正直ってか?
テメェ、山本とオレのセックスを思い出して、勃起しちまったんだろぉ?
「跳ね馬ぁ…。オレの事、嫌いかぁ?」
意地の悪い気持ちになって、意図的に掠れた淫靡な声を出してやる。
跳ね馬がはっと身体を堅くした。
「嫌いじゃねーよなぁ? ここ、こんなになってんぞぉ…?」
「よ、せ、って……マジ、やばい……」
「いいじゃねーかぁ…。オレも興奮しちまったぁ…」
ぺろり、と耳朶を舐めて囁いてやると、面白いほどに跳ね馬の身体がびくっとなる。
おかしかった。
コイツ、女相手じゃ手練れのくせに、山本みてぇに純情だ。
山本の青臭い情熱を思い出す。
オレを好きでたまらなくて、我慢できずに襲いましたって感じの。
オレの一挙手一投足に反応して、オレに振り回されてる山本を。
結構楽しかった。
求められるのも悪くねぇ。
オレなんぞにあれだけ執着するってのも、笑える。
跳ね馬も山本みてぇで、…こっそりオレは嘲笑した。
オレがテメェを食ってやる。
悪く思うなよぉ?
オレの前で無防備に感情を出すからいけねぇんだ、テメェは。
無抵抗の跳ね馬にのし掛かり、バスローブを脱がせながら、オレは口角を吊り上げて笑った。










跳ね馬の身体は最高だった。
さすが女よりどりみどりだけはある。
テクもいい。
のし掛かって首筋に顔を埋めて浮き出た刺青を舐めてやると、一瞬身体を強張らせて、それから堪えきれないと言うようにオレを抱き締めて、反対にベッドに押さえ付けてきた。
狂おしいような視線に見つめられて、ぞくりとする。
なんだ、やっぱりテメェも男だなぁ。
怖じ気づいていても、やる気満々じゃねぇか?
「ディーノ…」
わざと名前を耳元で呼んでやると、跳ね馬が息を詰めた。
「スクアーロ……オレは…」
っと、うぜぇ事言い出しそうな気配がしたから、オレは急いで唇を押しつけて跳ね馬の唇を塞いだ。
詰まらねぇ事言って、興ざめさせんじゃねぇ。
「ン……は、やく、来いよ…」
わざと甘え声で囁いてやると、跳ね馬がびくっとなる。
股間を押しつけると、跳ね馬のそこもすげぇもう堅くなっていて、大人のイタリア男のそれはさすがにでかかった。
でかくて堅くて、熱い。
擦り合わさったオレのペニスがびくびくって脈打つ。
それに合わせて跳ね馬のペニスも堅くオレを押し上げてくる。
こりゃすぐには入らねぇかもしれねぇな…。
そう思ってさっき跳ね馬が飲んでいた酒の瓶を取る。
アルコールを指に垂らしてその指をケツに持っていく。
濡れた指を孔に押し込むと、アルコールが速やかに浸透して、あっと言う間にそこは火照り潤んで緩くなった。
「スクアーロ…」
跳ね馬の戸惑ったような声も可愛い。
「ほら、もう大丈夫だぜぇ…?来いよ…」
跳ね馬の首に腕を巻き付け、大きく脚を開いて腰を擦りつける。
「オレの事欲しいんだろぉ…?オレもテメェが欲しくてもう我慢できねぇ」
掠れた声を出してやると、跳ね馬が唇をぎゅっと噛んで、オレの脚を持ち上げてきた。
男相手に慣れてるとは思えねぇが、さすが跳ね馬だ。
アナルにぴた、とヤツのでけぇペニスが押し当てられる。
「痛かったら、我慢するなよ…?」
とか配慮見せるところもさすがだぜぇ。
「は………ぁああッ……く、ッッ…!」
ずぶり、と濡れた音が部屋内に響き渡るような気がした。
一気にではなく、オレが痛くねぇように、と跳ね馬のソレは少しずつ粘膜を馴らしながら着実に体内へと進んでくる。
おかげで痛くもなく、しかも跳ね馬のやつ、腰を絶妙に動かすもんだから、オレのいい所に跳ね馬のペニスが良い具合に当たって、気持ちよくて死にそうになった。
「あ、アッ……も、ッと、そこ……ッッッひッあーッッッ……!」
とかなんとか、結構オレも悲鳴上げて悶えちまった。
ちょっと恥ずかしい気もするが、セックスなんざ楽しんでなんぼだ。
恥ずかしがってたら、折角気持ちよくなれる機会を逃しちまう。
ズキンズキン、と快感が脳髄に突き刺さる。
身体が揺さぶられて、イイ部分を跳ね馬のモノが突き上げるたびに全身が痙攣する。
──すげぇ快感だった。
純粋に肉体の快感だ。
目の前がまっ白になり、身体が燃え上がり、脳味噌の全てが肉欲で満たされる。
悦楽のままにオレはベッドの上で理性を無くして悶え狂った。










事が終わって跳ね馬がナイト宜しくオレの後始末までしてくれたから、オレはそのまま心地良く深い眠りに就いた。
次の日は朝早く起きた。
起きるなり、さっさと帰る支度をする。
ボスに報告書上げれば今回のだるい任務はおわりだ。
楽なもんだった。
こんな任務ばかりじゃだるくて腕が鈍っちまうが、これもヴァリアーの心象を良くするためだ。
昨日しこたま射精したからすっきりしているし、オレは上機嫌で服を着ると荷物をまとめた。
「スクアーロ…」
起きてこねぇかと思ったが、跳ね馬が起きてきた。
「よぉ、お疲れ。あとはテメェの部下が来るだろ。オレは帰るぜぇ。じゃあなあ?」
跳ね馬はどうやら寝不足らしい。
寝乱れた金髪と重そうな目蓋が色っぽさを増している。
いい男はどんな格好や表情でもいい男って事かぁ。
などとつまらねぇ事で感心していると。
「なぁ、スクアーロ……」
跳ね馬が思い詰めたような口調で口を開いた。
「っと、時間ねぇからまたなぁ!」
昨日に引き続いて跳ね馬がうざそうな事を言い出す雰囲気に、オレはンな事聞いてられねぇとばかりにさえぎって手を振ると、踵を返して部屋を後にした。
テメェのロマンティックな説教は聞きたくねぇんだよ、跳ね馬。
オレはその時気持ち良ければいいんだ。
悪かったなぁ、…オレなんかに誘われちまってよぉ?
肩を竦め笑いを噛み殺しながら、オレは朝の爽やかな空気の中を車を走らせてヴァリアーの古城へと戻っていった。








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