◇懲罰-2-  6 








「ボス……?」
一日中ザンザスが執務室の奥の寝室に閉じこもったきりで出てこなくなって数日、痺れを切らしてスクアーロはザンザスの寝室の扉を空けた。
他の幹部たち誰もが心配はしていたが、個々に任務が入っていたりして、ザンザスの様子を四六時中見ているわけでもない。
たまたまスクアーロは数日休みだったため、ザンザスの異常に誰よりも気がついていた。
食事も摂っているように思えない。
ザンザスの寝室は、直接そこに簡易キッチンやバスルームが設置してあり、キッチンには冷蔵庫も完備されている。
数日閉じこもっていても、冷凍食品やら缶詰やら、常備されている食品で事足りるようにはなっている。
ザンザスの怒りが怖くてか、部下もザンザスが出てこないのに自分の方から窺いを立てようともしない。
いきおいザンザスは、数日間誰にも姿を見せていない、という有様だった。
さすがにこうして放置して置くわけにもいかない。
眉を寄せ、ギィ、と鈍い音を立てて、寝室の重厚な木の扉を開ける。
遮光カーテンが全部の窓に引かれ、ほの暗い寝室の中の中央、天蓋付きの大きなベッドの中でぐったりと倒れ込むようにザンザスは伏せっていた。
「ボス……?」
恐る恐る近づいてみる。
……と、ぼんやりとした間接照明が頼りの目にも、ザンザスの異常が見て取れた。
痩せこけて……虚ろな目をして、よく見ると、露わになっている手足が所々血に塗れていた。
「ゔお゙ぃ、ボスっ、何したんだっ!」
ぎょっとしてスクアーロは部屋の照明を点けた。
ぱっと灯りが点いて、ザンザスが眩しげに顔を背ける。
細く尖った錐状の金属を右手に持っている。
それを手や足に突き刺していたらしく、ベッドのシーツがべっとりと赤黒い血で固まり皺になっていた。
「ボスっ……っ」
狼狽して錐を取り上げ、ザンザスの手足を見る。
新旧取り混ぜていろいろな傷があったが、だいたい血は止まっているようで、一番新しく傷つけたと思しき左腕の傷のみがたらりと鮮血を流していた。
いつから飲み食いをしていないのか、干涸らびたような深紅の瞳がぼんやりと宙を彷徨っている。
「ボスっ、ザンザスっ!」
耳元で怒鳴ると、うっすらと虹彩が狭まり、深紅が間近のスクアーロを見つめてきた。
「ドカスか……出てけ…」
「ゔお゙ぉい、出てけるわけねぇだろうがっ、何やってんだぁ、このクソボスっ」
「……出てけ……」
ザンザスはバスローブのみを羽織った裸体だった。
痩せて筋肉の落ちた胸がはだけ、腰紐が解けて露わになった下半身は、……性器が赤く腫れていた。
「………」
もうこれ以上できないという程擦ったのだろうか。
赤く腫れ上がったペニスに、湿った精液の据えた匂い。
「……怪我してんだろうが……何馬鹿なことしてんだ…」
「うるせぇ。……痛ぇと、正気が保てんだよ、クソ鮫…」
「ボス……」
ザンザスの手が震えながらペニスを握る。
「ドカス……これを切れ……」
「……なんだとっ…!」
震える手がペニスを持ちあげて、スクアーロに示してくる。
「これが無ければ、いいんだ…。そうだろ、ドカス。……これがあるから、こんなにオレを邪魔しやがる。オレを苦しめやがる…。剣はねぇのか?」
ザンザスが薄く笑った。
顔を力なく傾けて、ペニスをぐっと握りしめる。
赤く腫れ上がったそこは忽ち赤黒くなって、先端から血が噴き出るかと思われた。
「……ンな事できるわけねーだろうが、ボス…」
「……できねぇなら失せろ。用はねぇ…」
少しだけ視点の定まっていた深い紅玉が、再び茫洋と霞む。
何処か寂しげに、ザンザスは暗い天井を見上げた。
「さよならだ、ドカス……」
「何言ってんだぁっ!」
ザンザスの右手がぽっと光る。
渾身の力を振り絞って憤怒の炎を溜めていく。
「よせぇっ!!……うあァッッ!!」
自分の股間に炎を叩き付けようとする。
しかし実際に当たったのはスクアーロの背中だった。
隊服と長い髪の一部がジュッっと焼け、焦げる匂いが立ち上る。
「クソボスっ、もう我慢できねぇッッ!!」
スクアーロが咆哮した。
ザンザスをベッドに蹴り上げるようにして倒すと、上に乗り上げ、もどかしげに焼け焦げた服を脱いでいく。
忽ち裸になると、スクアーロはものも言わずにザンザスの両足を掴んで開かせた。
「クソ、やめろ!」
「駄目だ、アンタが壊れちまうッ……オレがそんな事はさせねぇ…。ザンザス、お前をオレのものにする。誰にもやらねぇ。オレだけのものにして、オレが支えるッ!」
スクアーロは絶叫した。
「すまなかったなぁ逃げて。アンタとこうなるのが怖かったんだぁ。…アンタとは心で繋がっているんであって、身体とかそういう低い次元に落ちるのが怖かった。けど、決めた。アンタの全てを貰う。心も身体もオレのものにする…。アンタとならどこまで堕ちてもいい。どうなってもいい…。覚悟決めたんだ。いいだろう、ザンザス…?」
「いやだッ…クソ、ドカスっ、テメェはオレを見捨ててたんじゃねぇかっ!オレなんざ構わなくていいっ!」
「愛してる、ザンザスっっ」
「嘘言うんじゃねぇっ!」
頭が混乱する。
今更なんだと言うんだ。テメェはオレを見捨てたんじゃねぇのか。
寄って来るな。今更情けを掛けんじゃねぇ!
「こんなになっちまって……」
スクアーロが喉を詰まらせて言うと、ベッドサイドの引き出しをあけて中からローションを取り出した。
ディーノとの情事の際に使っていたものだった。
そこにそれがあることを知っていたのだろう。
ローションを取り出すと、無造作にそれを開けて、ザンザスのペニスから陰嚢、それに後孔までしとどに濡れしていく。
ぞくり、と得も言われぬ感触に、ザンザスは息を詰めた。
怖い。
今更、どうしたらいい。
もう、自分は絶望したはずだった。
望みも何もかも。
自分に絶望し、自分の忌まわしい身体に絶望し、こんな身体なら捨ててしまえ、とばかりに自分を殺そうとしていたのに。
……でも、スクアーロを見ると身体が動かない。
抵抗しなければ、と思うのに、できない。
ディーノの時は必死ながらも肉体の誘惑を押しのけて、拒絶できたのに、スクアーロを見るとできなかった。
「ザンザス、愛してる…」
押し殺したような低い声で囁いて、スクアーロが圧し掛かってきた。
身体を擦り寄せて密着してくる。
「っっ、はっ……」
銀色の長い髪が肌を掠める繊細な感覚にさえ、全身の皮膚が粟立った。
―――心地良い。
……どうしてだ?
この呪わしい身体を軽蔑していたはずなのに、それなのに、…心地良い。
スクアーロが触れてくる部分が溶けていくようだった。
溶けて、柔らかく熱くなって、スクアーロと混じり合って、甘く優しくなっていくようだった。
身体だけではない。
心の底の、深くひび割れて枯れきった部分に、暖かく甘い蜜が滴り落ちてくるようだった。
飢えきった心が無我夢中でそれを貪る。
「ボスっ……すまねぇ、もう我慢できねぇ…」
ローションで濡れそぼったアナルに、スクアーロの硬く熱いペニスがひたり、と押し当てられる。
次の瞬間、スクアーロのペニスが、体内に入ってきた。
「………ッッッ!」
どこまでも甘く、めくるめくような悦楽に、ザンザスは息をのんだ。
全身が蕩けて、ふわっと浮き上がる。
スクアーロと繋がった部分から、スクアーロの愛情が津波のように流れ込んでくるのが分かる。
蕩けた身体同士が混ざり合い、自他の区別無く溶け合って、自我が解放される。
今まで自分を苛んでいた恐怖も、恐れも不安も、全てが相手と混ざり合って、溶け合って、別のものに変化していく。
暖かく幸せな快感に、めくるめく歓喜に。
幸福な満ち足りた情欲に。
「あっあ、あっ……も、っと来いっ、スクアーロっ」
「くっ、ザンザスっっ」
内部を擦られて、目の前に火花が散る。
ぱっぱっと輝いて、その輝きの中に自分がすっぽりと包まれる。
息が出来ずに白目を剥いて、ザンザスは悶絶した。
苦しい……いや、苦しいのえはなく、幸福なのだ。
なんと表現したらいいのだろうか。
この状態を。
苦しくて、切なくて、身体全部が燃えるようで。
いや、本当に燃えているのかもしれない。
憤怒の炎か?いや違う。
違うけれど、炎に変わりはなく、全身が内部から発熱しているようだった。
心に澱り溜まっていた罪の意識も、苦しさも、絶望も、全てが溶けていく。熱せられて。
蕩けて、透明な液体となって更に蒸発していく。
「あっ……あぁッッ……」
スクアーロが動く度に、激烈な快感が、それ以上に幸福な充足感と、めくるめくような喚起を伴って、脳髄を席巻してくる。
なぜ。
……ディーノの時には絶望しか味わえなかったのに。
スクアーロだと、こんな気持ちになれるのだろう。
分からない。
分からないけれど、今、自分は許されている。
自分の存在が許されている。
スクアーロなら、どんな自分を晒しても愛してくれる。
「あっ……は…ドカスっ…:もっと、来い…」
いつしか自分からも腰を振り足を大きく広げて、スクアーロを咥え込んでいた。
深く入ってくれば入るほどに、幸福が増す。
自分が真っ二つに裂かれる。
中心にスクアーロがぴったりとはまって、二人で一つに溶け合ったような、表現しようのない幸福感に、我を忘れる。
「くっ、っっ…」
スクアーロの限界が近いのだろう、切羽詰まった声にも煽られて、ザンザスは自分からぐっとスクアーロをくわえ込むと吸い込むように内部を締め上げた。
熱い奔流が流れ込んでくる。
同時に自分も熱い情熱を迸らせながら、ザンザスはふっと自分の意識が曖昧になっていくのを感じた。
それは心地良く……たゆたっていつしか眠りに落ちる、……生まれ落ちたばかりの、幸福な赤子のようだった。











「ボス……」
ふう、と深く息を吐いて、スクアーロはゆっくりと身体を離した。
ザンザスは気を失っていた。
しみじみ見ると、筋肉がおちてやつれた身体に、乾いた地がこびりついた手足、その一部は未だ先決がにじみ出ている。
自分も背中がずきずきと痛む。
二人して満身創痍、だった。
ザンザスの方がよりいっそう酷かった。
が、心の中は幸福で満たされていた。
「ボス……もうお前を離したりしねぇよ…すまなかった…」
あれほど怖かったのに、いざ覚悟を決めて抱いてみると、それはあっけないほどに簡単だった。
簡単で、愛情に満ちていて、幸せだった。
愛おしいと思う気持ちがどうしようもなく溢れてきて、スクアーロは密かに困惑した。
「ザンザス……愛してる…」
意識の無い耳元に呟いて、痛む身体同士寄り添うように重ねると、スクアーロはそっと目を閉じた。








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