「……別に…」
間近で見つめられているのが分かって、瞬時頬がかっと熱くなる。
視線を合わせられず、スクアーロは微妙に目を伏せた。
(くそ、なんだこの反応はぁ!)
いや、スクアーロだってさすがに自分がおかしいのは分かっていた。
山本の事となると、自分は変だ。
胸はどきどきするし、すぐむかっとするし、感情がむき出しになる。
くだらない事でショックを受けたり、嬉しくなったりする。
まるで初恋みたいなうぶな反応をする自分が、気持ち悪い。
「オレが来て、もしかして迷惑だったりした?」
山本が小さな声で言ってくる。
少し不安な感じの声だ。
「そんなことねぇ……」
「オレはスクアーロに会えてすげー嬉しいのな。アンタに会いたくて来たんだから…」
すっと手を取られた。
ぎくっとしてスクアーロは顔を上げた。
「………」
間近に、目線があう。
黒く深い瞳が、じっと自分を見つめてくる。
真摯な、まっすぐな目だ。
射貫くように見つめられると、自分の心の底の底まで見透かされるようで、スクアーロは耐えきれずに瞬きした。
「アンタの目ってすげー綺麗なのな…」
感動したような声。
「…馬鹿、言ってんじゃねぇ…」
「本当だぜ。…銀色で、星みたいで、…ってオレ上手に言えないんだけど。…でも、こんな綺麗なものがこの世になるなんてってまじ思うぜ…」
「………ゔお゙ぉい…」
「ん?なに?」
山本の息が、自分の頬に掛かるような気がする。
頬がかあっと熱くなり、意味もなく上ずって息を飲み込む。
「テメェ…、その、…名前…」
「名前…?」
「テメェの名前だぁ…、ルッスに、呼ばせてんのかぁ…?」
「………?」
一瞬山本が、スクアーロの言っている意味が分からない、という顔をして、それからにっこりと笑った。
「あー、名字じゃねぇ方の名前か?そういえばルッスーリアがそ呼んでたなー。日本だとさ、あんまり下の名前で呼ぶって事ねーからちょっと新鮮かもな。でもイタリアとかじゃ下の名前で呼ぶのが普通なんじゃね?」
「………」
確かに山本の言っている事はその通りだが……。
――でも、面白くない。
この面白くない、という気持ちをどう説明していいのか分からない。
というよりは、説明するにもできそうにないほどばからしい、くだらない事なのではないだろうか。
いい年をした大人で、マフィアの自分が、……8つの年下の一般人相手に。
その相手が、他のやつに名前を呼ばれているのに、嫉妬したなどと…。
(嫉妬……?)
そうだ、嫉妬だ。
(オレぁ嫉妬してんのかぁ、ルッスに…)
どうやらそうらしい。
この年で、名前呼びぐらいで嫉妬。恥ずかしすぎる…。
というか情けなさ過ぎる…。
ますます言う言葉がなくなって俯くと、
「スクアーロ…」
そっと山本が耳元に囁いてきた。
「そういえば、スクアーロはさ、オレの事、下の名前で呼んでくれねーの?」
「…っ、……」..
不意に確信に触れられて、どきっとする。
思わず顔を上げると、山本の強い視線に絡め取られた。
黒曜石のように輝く、意志の強い瞳。
すっと入り込んできて、心を奪っていくような色。
「オレ、アンタに呼んでもらえたら、すげー嬉しいのな。…アンタの声で、アンタの唇から、オレの名前…」
「…ルッスに呼んでもらってるだろうがぁ…」
「アンタ以外の何人に呼んでもらっても、別に何とも思わないのな。ただの名前だぜ。…でもアンタに呼んでもらえたら…ただの名前じゃなくなる気がしてさ…」
「……うぜぇぞぉ…」
「スクアーロ…駄目か?」
いや、駄目じゃない。
呼びたい。けれど…
(ってなんでこんな事で葛藤してるんだぁ…)
自分の気持ちが歯がゆいというか、これではまるで初恋している少女のようではないか。
気持ちが悪すぎる…。
とは思うものの、やはり、初恋している少女そのものだ…と自分でも認めざるを得ない。
「……お願いな…?」
「……た……」
「……ん、続きは…?」
掠れた低く甘い声で囁かれる。
かぁっと頬が火照る。
視線を彷徨わせ、睫を震わせて、スクアーロは消え入りそうに呟いた。
「た、……け、し……」
「もっと、言って…?」
「……た、けし…だろぉ…?」
「うん、オレの名前、そう。……ありがとな…。これから、オレの事そう呼んでくれる?」
「テメェ、…恥ずかしい事言ってんじゃねぇっ」
「オレにとってすっげー重要なんだ。スクアーロが俺の名前呼んでくれるって事……」
「そ、そう…かよぉ…」
「ありがとうな?」
不意にぎゅっと抱き締められた。
途端にどきん、と鼓動が跳ねる。
一瞬抱き締めたあとすぐに離れて、山本が照れくさそうに笑った。
「スクアーロが初めてオレの名前呼んでくれた声、オレ絶対忘れないぜ?」
「ゔお゙ぉい…だからそれが恥ずかしいって…」
「アンタとの素敵な思い出がまた一つ出来たのな…ありがとうな」
年下でまだガキだと思っていたのに…。
いや、ガキだと思いこむことで自分の気持ちを隠していたのかも知れない。
(…このオレが…ゔお゙ぉいマジかよ…)
頭を抱えたくなるような、現実だ。
こんな年下のガキを好きになっていたとは。
―――好き。
そうだ、好きになっていたんだ。
だから、嫉妬した。
嫉妬など、女の腐ったのがするような、くだらない事だと思っていたのに。
ヴァリアー暗殺部隊の副長である自分が嫉妬とは、世も末だ。
しかもこのきもい反応はどうだ?
(…ありえねぇ。やばすぎるだろ、オレ…)
「はは……」
「ん、どうした?」
「いや、なんでもねぇ…」
「スクアーロ、…これからも名前呼んでくれよな…?」
言われて漸く素直にうなずけた。
しかたがない。
ここは男らしく認めるしかない。
そうだ、オレは山本…、じゃなくてタケシが好きなんだ。
8つも下とか、オレが暗殺部隊だとか…そういうのは抜きだ。
好きになっちまったんだからしょうがない。
小さく頭を振る。
「たけし……かぁ。分かった。これからはお前の事は武ってよぶぜぇ…」
「本当?すげー嬉しい。スクアーロ、ありがとうなー。オレ、アンタに呼んでもらえるのが一番嬉しい。イタリア来た甲斐があったぜ」
「ゔお゙ぉい、変な事言ってんじぇねぇ!おら、稽古するぞぉっ!刀持ってきたかぁ?」
「あぁ、別便であらかじめ送っておいたんだ。じゃあ、やる?」
「あぁっ!よし、来い、武っ!」
「へへっ、負けねーぜ!」
山本が荷物の中から竹刀を取り出す。
さっと振って刀に変えると、ぎらり、と刃が光る。
それを見ているとぞくぞくとした。
嬉しい。自分も剣を左手に装着する。
「よーし、じゃあ、稽古場まで行くぜぇ!ついてこい、武」
「よっしゃ!」
剣を手にすれば胸のむかむかも忸怩たる思いも消える。
二人でヴァリアーのトレーニング場へと向かいながら、スクアーロは素直に、武が好きだ、と自分の気持ちを認めたのだった。
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