◇ヤキモチ 3   







空港について一般人よろしく電車に乗り、竹寿司まで行く。
今までは、空港に着けばボンゴレの構成員が迎えに来ていて、送迎車に乗るだけだった。
自分一人で秘密裡に行動する場合でも、空港の予め通達されてた場所に行けばそこに車が用意してあった。
身分を隠して外国に行く場合でも、単独行動を取るのに十分な資金や装備を予め用意して持って行っており、何不自由する事もなかった。
しかし今回は違う。
ボンゴレとは全く関係なく、ただの一般人として日本にきた。
むしろ、マフィアだとばれる方がまずい。
そんなわけで、空港からは他の客に混じって電車に乗り、地下鉄を乗り着いて竹寿司までやってきた、というわけだ。
自分の姿形が日本では人目を引く事は分かっていたので、できるだけ存在を主張しないよう、さりげなく歩く。
竹寿司が見渡せる道路の端、電柱の陰に隠れて、寿司屋を見る。
午後のちょうどまったりとした時間で、竹寿司は開店はしているものの、中には誰もいないようだった。
寿司屋が繁盛するのは夕方以降だろうから、今は店の中で仕込みでもやっているのか。
山本は………学校だろうか。
考えてみると今日は平日で、中学生である山本は中学校に行っているはずだ。
どうするか…。
ヴァリアー暗殺部隊としてのスクアーロだったら、難の遠慮もなくずかずかと竹寿司に入っていく所だが、今はただの旅行客として来ている。
そうなると、なぜわざわざ自分が竹寿司なんぞに来ているのか、と余計な詮索をされそうで、スクアーロは逡巡した。
よく考えてみれば、自分が山本の元をわざわざ訪れるとか、おかしな事だ。
山本とは浅からぬ因縁があるとは言え、剣の事を理由にするならボンゴレ暗殺部隊として竹寿司に来ればいい話で、一般人として来る理由はない。
というか、むしろ一般人のスクアーロが来るとか、まずあり得ない話だ。
なぜなら、自分と山本とは、剣を通じてしか接点がないからだ。
今、竹寿司の中には山本の父親がいるだろう。
そこに入っていて挨拶をするとして、父親はきっと自分を胡散臭くは見ないだろうが、でもどうして来たんだと言われて、明確な返事ができそうにない。
……不審だ。
そして、もし自分が日本に来た本当の理由がばれてしまったら………恥ずかしくて居たたまれない。
いい年をした大人で、イタリア随一のマフィアの幹部である暗殺者が、よりにもよって恋の悩みで日本に来たなど。
しかも相手は男で、まぁ同性なのはこの際目を瞑るとしても、かなり年下の、中学生とか、…どう考えてもあり得ない。
駄目だ、絶対そんな事言えやしない。
同僚にバカにされる事は目に見えているし、――バカにされるならまだしも、からかわれておもしろ可笑しく吹聴されたりして、更に外部に漏れ伝わったりしていい笑い者だ。
何より、当の山本にばれたりしたら、恥ずかしさの余り死ねそうだ。
二度と山本と対峙できそうにない。
「……はぁ……」
なんとなく気落ちして溜息を吐きながらぼんやり、電柱とどこかの家の石壁に背中を凭れて空を見上げていると竹寿司の方で複数の話し声が聞こえた。
身体を電柱に隠したままで、竹寿司の方を伺うと、数人、山本と、獄寺、綱吉、それに、見知らぬ女子が2,3人いた。
学校の同級生でもあるのだろうか、楽しげに話をしている。
「じゃあ、ここで」
「また明日な?山本」
「あぁ、じゃあな?」
「山本君、また明日ね?」
女子がきゃぁきゃぁさざめき笑いながら山本に挨拶をしている。
獄寺や綱吉も挨拶をしているが、それより何より女子の歓声が大きい。
見ているとどうやら、女子はもれなく山本が目当てのようだった。
山本にしきりに話しかけ、いかにも中学生らしく屈託無く笑いながら手を振ったりしている。
山本は、と言えば、にこにことして愛想が良く、優しげで申し分のない応対ぶりだ。
隣に立っている綱吉はまぁこういう場合女子の眼中には入ってないようなので論外として、外見が悪くない獄寺などは、と見ると、仏頂面で知らぬ振りだ。
女子にそつなく対応して人気のあるのは、一にも二にも山本らしい。
今まで、自分と相対している時の山本しか見ていなかっただけに、スクアーロは瞠目した。
同年代と接するときの山本は、頼りがいがあり優しく包容力もある文句の吐けようのない、理想の男子なのだろう。
(…………)
なんとなく胸の中にもやもやとしたものが溜まってきて、気分がくさくさしてきた。
「けっ……」
小さく舌打ちして、スクアーロは踵を返した。
電柱の陰からそっと、姿が竹寿司の方に見えないように、しかし一般人のようにさり気なく歩いてその場を離れる。
途中から走って駅に入り電車に乗って、その日の宿として予約したホテルへと向かう。










部屋に入ってどさり、とソファに座って、スクアーロは溜息を吐いた。
なんだか、疲れた。
疲れたというか、悲しくなってきた。
自分が一人で踊っている道化者のような気がしてきた。いや実際そうだろう。
平和な日常の中で健全に楽しく過ごして居る山本。
彼は中学生で、まだ言ってみれば普通の少年で、そして自分は成人した大人だ。
大人で、マフィアで、暗殺者としてずっと一筋に生きてきた。
そんな自分が、普通の少年である山本をおかずにして自慰をしていた、など……。
どう考えても変だ。変態だ。
自分が変態なのは、今更どうしようもないが、この異常な感情を誰かに悟られるわけにはいかない。
山本になんて、到底、絶対駄目だ。
山本には、マフィアの世界に来てもらいたい、というよりは来させるつもりではあるのだが、しかしそれと、自分の異常な愛情は別物だ。
自分の相手をしろ、などと言えるはずもない。
言ってみたら最後、変態として軽蔑されるのは目に見えている。
剣の先達としての尊敬も消え失せるに違いない。
マフィアの世界にだって来てくれなくなるかも知れない。
それだけは嫌だ。
――とすれば、自分のこのどうしようもない正常でない感情は、自分で抑え込むしかない。
誰にも見せてはいけないし、気配を悟られるわけにも行かない。
…消すしかない……。
「くそ、……なんで日本になんか来ちまったんだぁ…」
スクアーロは虚ろな目をしてぼんやり呟いた。
いや、でも来て良かったのかも知れない。
自分のこの気持ちが異常で気持ち悪いものなのだ、と自覚できたのだから。
山本に何らかのアクションを起こす前で良かった。
今なら誰にも知られずに隠してしまえる。
こんな気持ち、消してしまえばいい。
山本とは、剣の道でこれからも一緒にやっていける。
そうするためにも、こんな変な感情は邪魔だ。
「どっか行って女でも買うかぁ…」
山本に懸想とか、どう考えても正常でない感情だ。
でも、山本の事を好きなのは、誤魔化しきれない。
誤魔化せないが、だからと言ってそれを表に出すわけには到底行かない。
「くそ、やめたやめた。考えるとかオレの性に合わねぇぞぉ…」
ベッドにごろりと横になってスクアーロは頭の後ろに両手を当てて天井を見上げた。










結局、自分は山本が好きなのだ。
いろいろうだうだと考えていてもしょうがない。
潔く認めて、それならどうしたらいいか、と考えるべきだ。
どうするか、なんて決まっている。
好きなら、好きと告白するのみだ。
常識とか、相手の反応とか、そんなの気にしていられるか。
元々ヴァリアーの自分の常識なんぞ似合わない。
山本だって、常識人のように見えて、全然そうじゃない事はスクアーロにも分かっていた。
それなら告白してみるだけだ。
言ってみて、玉砕するも良し、そうじゃなければ……。
そうじゃなければ、どうなんだ……。
そこまでは想像できなかった。
付き合うという事になるのか、とも思ったが、具体的に思い浮かばない。
「やめたやめた!そっから先はヤツにでも考えてもらうぞぉ!」
それが一番いい。
よし、じゃあ、思い立ったが吉日…ということわざが確か日本にはあった気がする。
ホテルから出て、再度竹寿司に向かうべく、スクアーロは勢いよく起き上がったのだった。







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