suicide 1
千石から手紙が来ていることに、跡部は帰宅してから気付いた。
郵便受けに手紙が入っていて、ふと見ると自分宛だった。
反対側を見ると、千石清純とあった。
ぎょっとしてびりびりと破いて中を見てみると、
「さよなら、跡部クン。キミのこと、大好きだよ」
それだけだった。
心臓がきゅっと痛んで、跡部は顔を顰めた。
ヨロヨロと蹌踉けて、そのま跡部は力無く倒れ込んだ。千石とは、ジュニア選抜の合宿で初めて言葉を交わした。
へらへらした、八方美人なヤツだと思った。
初めから気にくわなかったから、殆ど無視してやった。
それなのに、跡部のどこが気に入ったのか、千石は最初から親しげだった。
合宿が終わった後も、しつこく自分の後を付いてきたので、跡部は苛ついて、千石を自宅近くの公園に連れ込んだ。
殴ってやろうと思った。
しかし、千石が嬉しげについてくるのを見て、考えが変わった。
犯してやれ。そう思った。
嫌がる千石を無理矢理に押し倒して、いわば強姦だった。
いや、強姦とも言い切れない。
千石が本当に嫌がれば、跡部は体力的に適わなかったと思っている。
千石は、最初抵抗したものの、すぐに大人しくなった。
ズボンを引き下ろして、柔らかな入り口に指を埋め込んで、掻き回して、そこに肉棒を突き立てても、唇を噛んで固く目を瞑っているだけで、抵抗しなかった。
「はん………テメェもやりたかったんだろ?」
終わった後、そう言って千石を突き飛ばすと、千石は弱々しく微笑んだ。
「痛いよ、跡部クン………」
「バーカ、いてえに決まってるだろ? 尻の孔に突っ込まれたんだからよ」
そう言って笑って、千石にぺっと唾を吐き掛けた。
唾は、千石の裸の腹部に当たった。
千石が、瞬きをして、困ったように笑った。あの時どうして千石を犯したのだろうか。
今となってはよく分からない。
ただ、いつも笑っている千石が憎らしかった。
試合で負けてもにこにこして、なんでもなかったかのように。
いつも友人がたくさんいて、試合場では楽しげに談笑している。
そんな人気者のくせして、合宿では跡部を見かけるとすぐに寄ってきた。
跡部と話がしたい。
跡部と一緒にいたい。
千石がそう思っているのが分かって、跡部は困惑した。
俺のどこがいいんだ。このバカは。
冷たくしても、無視しても、千石はあきらめない。
えへへ、と気弱に笑って、それでもまたつきまとってくる。
だから、犯してやった。
公園にひきこんで思い切り。
そのまま千石を打ち捨てて、跡部は帰ってきてしまった。
もう、千石とは会うこともないだろう、と思いながら。なのに、それからも千石は跡部につきまとった。
なんやかやと用事を作っては氷帝にやってくる。
どこで調べたのか(きっと忍足あたりからだろう)跡部の携帯にメールを送ってくる。
「千石で〜す、跡部君、元気?」
とか、
「千石で〜す、跡部君、今日テストだったんだ」
とか、どうでもいいような、下らない内容。
まるで、付き合ってるみたいじゃないか。
跡部はいらいらした。
その後も千石を呼び出して、手酷く殴ったり、犯したりした。
「もうメールするんじゃねえ!」
と怒鳴ったりもした。
本当は、メルアドをかえてしまえばよかったのだ。
なんで、しなかったんだろう。
そうすれば、千石のうざいメールなんて、送られてこなかったのに。跡部は数日前、千石にメールを送った。
跡部景吾 「俺のことが好きなら、オレの前から消えろ。死ね。二度と付きまとうんじゃねえ」
千石清純 「跡部君、怒ってるの? どうして? 俺の事、そんなにきらいなの?」
跡部景吾 「うぜえんだよ、てめぇはよ。キモイんだよ、いつもへらへらしやがって。死ね」
千石清純 「跡部君、他人に気安く死ねなんて言っちゃだめだよ。たとえ冗談でも」
跡部景吾 「冗談じゃねえよ。死ねって言ってんだよ」
千石清純 「俺がホントに死んだらどうするの? 無責任な事言っちゃだめだって」
跡部景吾 「ホントに死ねるのかよ。死ね」
千石清純 「俺、跡部君が死ねっていうんなら、死ぬよ」
跡部景吾 「じゃあ、死ね」
千石清純 「分かった」メールはそこで途切れた。
まさか千石が死ぬとは思っていなかったのだ。
千石はいつもへらへらしていて、どこまで本気なのか分からなかった。
だから、死ねって言って死ぬなんて思わなかった。
だいたい、どこにメールで死ねと言われて、はいそうですかと死ぬやつがいるんだ。
千石が死んだというのを、跡部はニュースで知った。
中学生自殺というローカルニュースだった。
学校生活の悩みだとかなんとか、山吹中の校長が、「全然心当たりがない」とインタビューされていた。
まさか、と思った。
まさか、あいつが死ぬなんて。
急に体温が二、三度低くなったような気がした。
すうっと血が下がって、目の前が暗くなった。
信じられなかった。
夢じゃないか、と思った。
でも、ニュースは本当だった。
俺が。
俺が言ったから、死んだのか。
まさか。
でも、そうだ。
千石には死ぬ理由なんて、ない。
俺のせいだ。
俺が千石を殺したんだ。
どうしよう。
パニックに陥りそうだった。
それなのに、同時に、原因が不明、遺書も無しというニュースを聞いて涙が出るほど安堵している自分が呪わしかった。
千石が死んだのが自分のせいだと知られたらどうしよう。
千石が死んだという事実より、そんな事が怖かった。数日後、手紙が来た。
跡部は千石とは表だって付き合いがなかったから、当然千石の通夜や葬式には出なかった。
いつもと同じ日常を、歯を食いしばって送っていた。
俺は知らない。千石なんて知らない。
あいつは勝手に死んだんだ。
俺は知らない。なのに、千石の手紙を見たら、もう駄目だった。
「大好きだよ」
その一言が、跡部の胸を突き刺した。
どうして。
どうして千石は俺のことなんか。
俺の馬鹿な言葉なんか聞いて、その通りに死んじまいやがって。
しかも大好きだなんて、手紙まで寄越して。
分からない。
「千石………千石………」
突然涙が溢れてきた。
千石の、はにかんだような微笑みとか、困ったような表情とか、そういうのが脳裏に思い浮かんだ。
抱いたときのあえかな吐息や、苦しげな呻きを思い出した。
息がつけなくなって、跡部は瞳を閉じて胸を押さえた。
どうして。
人はそんなに簡単に死んだりできないはずだ。
俺のばかな言葉なんかで。
そんな、そんなたわいもない事で、自分の一生を消してしまうなんて。
いくら考えても理解できなかった。
そんな一生があっていいはずがない。千石、おまえは一体俺をどうしたいんだ?
千石、おまえは何を考えていたんだ。
おまえが俺に何を望んでいたのか、俺は全く知らない。
おまえが本当は何を考えていたのか、俺は知らないんだ。「千石…………」
跡部は、手紙を千切れるほど掴んで慟哭した。
何もかも分からなかった。
ただ、分かっていることは。
自分はもう、二度と千石に会えない。
それだけだった。
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