飛行機雲













「あ………ああ……んん……せん……せい………」
さっきから千石の上に乗って忙しく腰を動かしているのは、山吹中の教員だった。
風の吹きすさぶ屋上の、管理小屋の裏側。
ここなら風も吹いて来ないし、周りからも見えないし、絶好の性交場所。
30をちょっと過ぎたぐらいの、風采の上がらないその教員は、どうやらゲイらしい。
今までそんな自分の欲望を押し殺して、いじいじと生きてきたのだろう。
千石がちょっと色めいた視線を送ってやったら、おどおどとしながら反応してきた。
態度はびくびくしているくせに、欲望に滾った目で、千石を舐め回すように見つめてくる。
屋上に誘ったのも千石だった。
「先生………ここ、教えていただけませんか?」
と、職員室に、いかにも真面目な優等生の振りをして質問に行って、こっそり、メモを握らせた。
「放課後屋上に来て下さい。待ってます、千石清純」
数学の問題集の間からそっとその紙をすべらせて男に渡してやると、目に見えて男は狼狽した。
そのまま、涼しい顔をして出てきて、千石は口元を歪めて笑った。















屋上で待っていると、放課後すぐに男がやってきた。
息せき切って、だらしなくネクタイを弛めて、それでいて千石をおどおどと眺めてくる。
「あ、あの、……何か用かな?」
「……先生………」
別に話をしてもしょうがないから、千石は男の問を無視して、男の首に手を回した。
唇を押し付けると、生暖かく気持ちが悪かった。
「……千石君……!」
上擦った声に笑いが漏れる。
「先生………抱いてください……」
小さく言って、千石は男を引き寄せた。















見かけに寄らず、男は結構いいモノを持っていた。
大きくて固くて、長持ちするやつだ。
体内に入ってきて、深く深く穿って、千石を翻弄してくる。
「ん……ああ………ん………あ、せんせい………ッ!」
予想より気持ちが良くて、千石は満足だった。
「もっと………酷くして…………」
脚を限界まで開いて、男のものをくわえ込もうとすると、男が息も荒く突きこんできた。「千石君………千石君……!」
男の無我夢中な声がおかしかった。
千石は喉を仰け反らせて、笑いながら快感に浸った。















それから、結構頻繁に千石は男を誘った。
いつも数学を聞きに行く振りをして、そっと笑い掛ける。
もう、それだけで合図になっていて、放課後になると男はやってきた。
職員会議があるとかないとか、最近仕事をさぼって困るとか、ちょっと職員室で小耳に挟む。
……まぁ、そうだろうな。
中学生相手に、いい年した大人がね。
千石は面白かった。















「ねえ、先生………」
ある日、貫かれて激しく揺さぶられながら、千石は身体の上の男に問い掛けた。
「ボクのこと、好きですか………?」
「……好きだっ………」
「じゃあ、ボクと一緒に死んでくれます?」
男がぎょっとして動きを止めた。
「な、何言ってるんだ、千石君?」
「ボクね、そこから」
と言って千石は屋上を囲っているフェンスを指さした。
「そこから飛び降りて、死のうと思ってるんです。先生が一緒なら心強いな……」
急に男のモノが萎えて、ずるり、と抜けた。
「………先生?」
「……千石君、何か悩みでもあるのか?」
(悩みって………あんたとこんな事やっているの、へんじゃねえのかよ?)
千石は心の中で笑った。
「何かあるなら、先生で良かったら聞くよ?」
急に教員の顔になって、男が千石を覗き込んできた。
興が削がれて、千石は顔を顰めた。
「別に………ただ死にたいんです。なにもないですよ……」
「……そんなことないだろう? 死にたいなんて、よっぽどの事が無くちゃ考えないものだよ。俺で良かったら、なんでも話してくれないか?」
「…………」
千石は肩を竦めた。
「生きてるのが面倒なんです。それだけです……」
「千石君………」
教員が千石を心配そうに見てきた。
-----なんだよ、急に分別いい大人に戻ってるよ。
「スクールカウンセラーの先生の所に行こう。……別に話す事が無くてもね、ちょっと会ってみるだけでもいいんじゃないかな?」
「……いいですよ。もう………」
千石はうんざりした。
「それより、セックスしましょう?」
「いや、でも………」
男が萎えたままなので、千石は溜め息を吐いた。
「ねえ、先生………入れて………?」
脚を広げて、自分の陰部を男の目によく見えるようにする。
自分でペニスを擦って、アナルに指を入れてみせる。
「千石君……ッ!」
男が上擦った声を出して、再び千石に圧し掛かってきた。
「……せんせい……!」















「誰かいるのか?」
その時だった。
小屋の向こうから、人がやってきた。
走ってきて、千石と男の事を呆然と見て、その人物は立ち止まった。
「……や、山口先生っ!!」
それは千石を犯していた男の名前だった。
「なにをしているんですか!」
「え……あ……ああ…………」
山口がうろたえて声を出す。
「こ、これはその………」
「……足立先生っ!!」
千石は素早く山口の身体の下から抜け出して、駆けつけてきた教員にすがりついた。
「先生っ!!」
泣きじゃくりながら、立っている男にすがりつく。
40歳ぐらいの、品のいい壮年の教員だった。
学校内では穏健で腰が低く、頭も良く尊敬されているのを千石は知っていた。
「……千石君じゃないか……」
足立が愕然としたように言った。
「一体どうして………」
「先生っ、ボク…………!」
千石は特別何も言わなかった。
言わなくても大丈夫だろうと思ったからだ。
ただ足立の胸に縋って泣いていれば、万事うまく解決するだろうと思った。















その通りになった。
千石は足立のかけてくれた白衣を着て保健室に行って、そこでただぼおっとしていれば良かった。
30分ほどして足立と校長が来て、今回のことは許して欲しいと頭を下げてきた。
ご両親にもちゃんと説明するからというのを、千石はいいです、と断った。
そんな面倒なことされると、その後自分が困る。
千石は、ボクが悪いんです、としおらしく俯いた。
いやいや、そんな事はない、キミは被害者なんだ、本当に申し訳なかったね、と頭を再度下げる校長の、頭の禿げた部分が蛍光灯に光るのを、千石は笑いを噛み殺して眺めていた。















次の日学校に行ったら、もう山口はいなかった。
朝、放送で簡単に先生の異動のお知らせというのがあって、山口先生が一身上の都合で退職されました、と発表された。
そして、もうその日から新しい先生が来ていた。
今度の先生は、若い女の人で、大学出たてだそうだった。















「つまんないな………」
ちょっとは暇つぶしになったのに。
屋上で千石はぼんやり、つぶやいた。
「テニス、行かなくちゃ…………」
フェンス越しに、テニスコートを眺める。
遠くのざわめきが風に乗って、微かに千石の所まで運ばれてきた。
山口は一緒に死んでくれなかった。
ちょっと、期待していたのに。
俺のことを、あんなに抱いてくれたから、もしかしたら付き合ってくれるかと思ったのに。
「俺って、一人じゃ死ねないんだよね………臆病だし……」
千石は、フェンスにもたれかかって、空を眺めた。















だれか、俺を殺してくれよ。
もう、生きてるのが面倒なんだ。
誰でもいいよ。
俺を抱いて、犯して、それから殺して。
身体中精液で汚して、口汚く罵って、ボロ切れのように扱って。
そして、殺して欲しい。















空は青く、遠くに飛行機の銀翼がきらり、と光って千石の目を射た。




















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