◆雨上がり◆
シュテルンビルトの街は、長期的な巨大都市開発計画で作られた人口都市である。
海へと流れ込む二つの大河に挟まれたいわば中州のような細長い土地の上に、三層の立体的な構造を持って建設され、整然と建てられた高層ビルや美しい公園、市街地の間をモノレールや飛行船が行き交う。
その中を歩くのが、虎徹は好きだった。
この街は、多種雑多な人々が生きている。
その活力を感じるのも好きだった。
特に、雨上がりの爽やかな空気のもと、晴れた淡い青空の下を歩く時などに、雨に洗われた緑の葉が太陽の光に輝く様や、雫が虹色に煌めく様子を見るのが好きだった。
歩いていると、自分が少年の頃に戻るような気がする。
ネクストとしての能力に困惑を感じつつも、それが、伝説の男に出会って、自分の中でプラスの力として確実に信じられるようになった日の事。
見上げた彼の大きさ、頼もしさ。
ゆったりしたシルエット。
その向こうの広くて雄大な青い空。
たとえ今の自分が、年の頃は既に中年と言われる時期にさしかかっていて、尚且つヒーローとしては、よく褒められてベテラン。
まぁまっとうな評価としては、「盛りを過ぎた」、…辛辣な表現だと、「早く引退しろ」、と言われるようになったとしても、心はいつも少年のまま……。
――とは、我ながら恥ずかしい表現ではある、と虎徹は思った。
でも、そういう自分が嫌いではない。
いつまでも、こういう心を持っていたい。
いつも、雨上がりの青い空のような気持ちでいたい。
遙か昔の、それは過ぎ去った夢のような記憶かもしれないけれど。
でもそれは、宝物のように大切なものだった。
「おじさん、今日もぼーっとしてますね、全く…」
また怒られた。
虎徹ははっと我に返って、テーブル越しに自分に呆れたような視線を投げかけてくる相棒に向かって、肩を竦めて笑って見せた。
出動要請のない昼。
ちょうど雨も上がって晴れた事もあり、虎徹がバーナビーを昼飯に誘った所だった。
アポロンメディア本社より数分歩いた所にある、小洒落たカフェ。
目の前が噴水のある公園になっていて、公園に面したテラスにいくつかテーブルと椅子が置かれており、二人はそこで軽い昼食を食べていた。
雨が上がって、澄んだ綺麗な青空が見えていたから、ぼんやりしてしまったのかも知れない。
向かいに目を遣れば、バーナビーの淡い金色の髪が光る。
その向こうはやはり淡い青空だ。
その青よりもずっと鮮やかな碧の瞳が、自分を見つめてくる。
……きらきら。
金の髪がそよ風に揺れて、光る。
眼鏡の蔓もきらりと光って、柔らかな日の光が白い頬を照らしている。
「なんですか? 僕の顔に何かついてます?」
じっと見つめられているのが居心地が悪いのか、眼鏡の蔓と軽く押し上げて、バーナビーが睨んできた。
「いやぁ、なんつうか…バニーちゃんって、ほんとハンサムだよなぁ?」
「……、そうですか」
「…ってなにその反応。まぁハンサムはいつも言われてっから、聞き飽きてるってか?」
「あなたに言われるとなんか不気味なんですよ、別の意図がありそうで…」
「おいおい、そこまで勘ぐることねーだろが。っったく、素直に褒めてやったのに」
「…おじさんも格好いいですよー」
「おーい、その、まるで台詞棒読みな言い方、なんだよ?」
ついつい吹き出してしまった。
食べかけのサンドウィッチを口に入れたままだったから、慌てて左手で口を覆う。
バーナビーの表情が和らいだ。
微かに肩が揺れる。
(……機嫌が良くなったのかな?)
目の前の青年はいつも気難しそうにしているか、あるいは皮肉めいた微笑を浮かべている事が多い。
けれど、たまに見せる、年相応…いや、年よりずっと幼い感じの笑みが、虎徹は好きだった。
今も、そうだ。
きつい碧の虹彩がすっと柔らかく融けて、碧色が淡く和む。
形良く結ばれた口角が少しだけ上がり解けて、目映いような白い歯が垣間見える。
頬の筋肉が緩んで、優しい印象になる。
くるくると渦巻いた金色の髪が風に吹かれて揺れる様も相俟って、天使のように可憐だ。
(…可憐、とかな…)
考えて、虎徹は内心苦笑した。
――まぁ、いいか。
こんな雨上がりの素敵な青空の下なんだ。
この一時だけでも、天使みたいな相棒を見つめていたい。
「なににやにやしてるんですか?」
「あー…いや、バニーちゃん、今日はホントいい天気だよなー」
「……は?」
眉がすっと寄る。
それでもまだ表情は柔らかだ。
さっと風が吹いてきて、街路樹の鮮やかな緑の葉を揺らす。
雨粒が微かに光に煌めいて、それがバーナビーの髪にかかって、天使の輪のように煌めいた。
ほんの一瞬。
優しい時間。
ヒーローになるんだ!そう思った少年の時間と重なるような…そんな、心が震えるような瞬間。
きっと。
恋の始まりは。
そういう瞬間かもしれない。
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