◆がんばれアントニオ◆
「あーあ、見ていられないわよねぇ…」
ネイサンがぼそりと呟く。
彼の隣に座っていたアントニオもげっそりとして頷いた。
彼らの視線の先には、今年度KOHに輝いた若手人気ナンバーワンのヒーロー、バーナビー・ブルックスJR.と、彼の相棒であるワイルドタイガーこと鏑木虎徹が座っている。
先程からアントニオたち、つまりそこにいるアントニオ、ネイサン、キースの3人はその二人の様子を窺っていた。
一通りのトレーニングを虎徹が終えベンチに座って、先にトレーニングを終わらせて待機していたバーナビーがさっとペットボトルのドリンクとバナナを差し出した所からだ。
「お、悪いなバニー」
「いえ、気にしないでください、虎徹さん、それより今日は随分頑張りましたね?」
バーナビーが満面の笑顔で答える。
いかにも嬉しそうに虎徹の隣に座ると、バナナの皮を剥いてやって虎徹の顔の前に差し出す。
「はい、どうぞ?」
とろけそうな声だ。
見ているこっちはすっかり食欲がなくなる。
虎徹が大きく口を開けてぱく、とバナナを咥える。
「お、冷えててうまいな」
「バナナは冷たい方が美味しいですからね、冷やしときました」。
「さすがバニーちゃん、気が利くねぇ」
「虎徹さんのためならなんてことありませんよ」
バーナビーがにこっとする。
ハンサムな顔が更に輝いて、見ていてちょっと悲しくなるぐらいだ。
「虎徹さん、最近すごく頑張ってませんか?あまりご無理なさらないでくださいね」
「なに言ってんの、バニーの方がずっとハードだろ?」
「僕は常に気をつけてないと身体がなまっちゃうんですよ。だから人よりずっとトレーニングしないとダメなんです。でも虎徹さんは身体自体が完成されていて格好いいから、羨ましいです」
弾けるような笑顔で言う。
(はぁ、虎徹が完成された身体で格好いいねぇ、…ま、確かに腹とかはまだ出てねぇな)
と、アントニオはつい心の中で突っ込みを入れてしまった。
「ねぇねぇ、タイガーって格好いいのかしら?」
「いや、まぁ、格好いいと思ってるヤツから見たら格好いいんじゃねぇ?じゃなくちゃヒーローカードだって売れねえだろ。それなりにそれなりなんだよ」
ネイサンの問いにアントニオが答えると、
「ヒーローはみんな格好いいんだよ、うん、ワイルド君も、バイソン君もね」
と、キースが意味の分からない事を明るく言ってきた。
トレーニング室は夜という事もあって、未成年組はいない。
いなくて良かった、とアントニオは思った。
あんな二人なんて、未成年組に見せたらどんな悪影響があるか分からない。
…とは言っても、昼間もああして二人でくっついているのだから、夜だけ見せなくても意味ないか。
しかし、ここ数日スキンシップが激しい。
原因はあれだ。
二人仲良くインタビューに答えたテレビが放映されてからだ。
特にバーナビーがなんか開き直ったのかなんなのか、もう周囲の目など構わずに虎徹にべたべたするようになった。
朝から晩まで『虎徹さん虎徹さん』、だ。
というか、朝から一緒に出勤してくるあたり、もしかして一緒に住んでたりするのか?
(………)
背中にぞくっと悪寒がして、アントニオは顔を顰めた。
考えてみるとあの二人は一緒に出勤して仲良くトレーニングに励んで、取材を受けたりなんだり、とにかく常に二人で一緒に居る。
夜だって…今日はトレーニングセンターの掃除とやらで日中使えなかったから、成人組は予定を変えて夕方から夜にかけてトレーニングをすることにしてこうして集まっているわけだが…、夜の方が更にスキンシップが激しい気がする。
「あ、虎徹さん、バナナの皮は僕が捨てますからね、はい、くださいね」
「おぉ、悪いな」
バーナビーがいそいそとバナナの皮をゴミ箱に捨てに行く。
捨てるとすぐに虎徹の傍に戻って、今度は虎徹の両肩に手を回した。
「虎徹さん、少し肩が凝ってませんか?」
「あ、そうか?」
「こことか、痛くないですか?」
丁寧に肩から首に掛けて揉みほぐしてやっている。
「あ゛−、バニーちゃん、ありがとな。気持ちいいわ…」
「そうですか?遠慮しないでなんでも言ってくださいね、虎徹さん」
『虎徹さん』という言葉を今日何回聞いただろうか。
アントニオはげっそりした。
「虎徹さんって、本当に贅肉とかないですね、格好いいです」
「バニーのが格好いいだろ?俺なんてもう中年だから、油断するとすぐ贅肉つくぞ?」
「まさかー。だって、虎徹さん、どこにもそんなのついてないですよ?」
「えー、そうか?」
「はい、お腹だって引き締まってるし、ほら、脇腹とかにも全然。腰細くて素敵ですし…」
バーナビーの手が虎徹の身体を揉みながら這い回るのが、なんというかこう、いやらしいというか正視に耐えないとうか、アントニオには刺激が強すぎて目を逸らしてしまった。
そういうのが好きそうなネイサンは、目を皿のようにして二人を観察している。
キースは、と言えば、彼は目を丸くして二人を見ていた。
ちょっと驚いているらしい。
「ワイルド君とバーナビー君は本当に仲が良いんだね、羨ましいよ」
(羨ましいのか、アレがか?)
「お前さ、あんな風にバナナ食べさせてもらいたいのか?」
「ん?」
とキースが首を傾げた。
「それは……うん、バナナより私はメロンが食べたいよ」
(ってそういう問題じゃねぇだろが…)
ベンチの背もたれにがくりと背中を預けてアントニオは顔を振った。
「虎徹さん、今日の夜は何が食べたいですか?」
「お、バニーちゃん、作ってくれんの?って今日は俺が当番じゃね?」
「夜にトレーニングしたら、虎徹さんの事だから頑張りすぎて疲れてしまうでしょ?だから今日は僕が作ります」
(……当番制で夕食を作ってんのかよ、あいつら…って事はやっぱり一緒に住んでるのか?)
最近夜に飲みに行こうと誘っても断られたりして虎徹の付き合いが悪くなったと思ったが、そういう事なのか?
「じゃあ、今日はそうだな…。バニーが作るもんならなんでもいいんだけどな」
「虎徹さん、カレーお好きですよね。今日は虎徹さんの好きなじゃがいものたっぷり入ったカレーでどうですか?」
「…あ、なんかトレーニングもうちょっと頑張れる気がしてきた」
「もう、無理しないでください、虎徹さん。…もし虎徹さんが疲れ過ぎちゃって、僕の作ったカレー食べてくれなかったら、寂しいです…」
「あっ、大丈夫大丈夫、バニーの作ったやつならどんなに疲れてても食べるからなっ」
「そうですか?でも、本当に無理しないでくださいね…?」
バーナビーが心配そうに眉を寄せて、虎徹の手を取った。
そのままそっと引き寄せてその手に頬擦りする…のを思いっきり見てしまってアントニオはさすがに赤面した。
隣のネイサンをちらっと見ると、彼が掌を上に向けてやれやれのポーズをした。
「おい、ネイサン、あれ、どうなんだ?お前ああいうの詳しいだろ?あれ、やっぱりホモってんのかよ?」
「ええー…あたしに聞かないでよ。貴方タイガーの親友でしょ、聞いてみたら?」
「俺だっていくらなんでも聞けねーよ…」
「じゃあ、私が聞いてこようか?」
「ダメ!お前はダメ!」
慌ててキースを止めて、アントニオは頭を振って肩を落とした。
「ボンジュールヒーロ−。バーナビー、いるかしら?」
「あ、はい、アニエスさん、なんですか?」
その時トレーニングルームにアニエスが入ってきた。
「あ、いたのね、良かったわ。ちょっと取材の方で急用らしいのよ、一緒に来てくれない?時間あんまりとらせないから」
「はい、分かりました」
虎徹の手を名残惜しげに離してバーナビーが立ち上がる。
「じゃあ虎徹さん、もし僕が遅かったら先に帰っていてくださいね?僕も用事が終わったらすぐにこっちに来ますけど」
「あ、いや、それじゃバニーが大変だろ。俺ももうちょっとやったら帰っから、お前こっち戻って来なくていいよ」
「そうですか?じゃあ、しばしお別れですね……寂しいですけど…」
バーナビーが切なげに目を伏せる。
「行くわよ!」
アニエスもちょっとうんざりしているのか、バーナビーを引き摺るようにして出て行ってしまった。
あとには成人組ヒーロー3人と、虎徹が残った。
バーナビーが出て行くと、虎徹が軽く欠伸をして、立ち上がった。
最後のトレーニングをするつもりなのかマシーンに向かおうとするところを、アントニオは意を決して呼びかけた。
「おい、虎徹」
「んー?」
「ちょっとこっち来いよ」
「なんだぁ?」
虎徹が頭をボリボリ掻き、首に巻いたタオルで顔を拭きながらやってくる。
だらしのない恰好はいかにも虎徹で、こいつのどこをどう見れば、あの眉目秀麗のハンサムがうっとりするほどの格好いい男になるのか……バーナビーの眼鏡には特殊加工でもしてあるのか?
「ワイルド君、今、私たちで話をしていたんだよ、君とバーナビー君はホモなのかってね?」
開口一番、キースが爽やかに言ってのけた。
(おいおい!…って、遅いか…)
「あ゛−。…どうなんだろ、俺にもよく分かんねぇんだよな」
ベンチの空いている所にどっかり座って、虎徹が髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「分からないってなんなのよ!あんなハンサムにあんなにべたべたされて、奉仕されてるじゃない。…ね、一緒に住んでるの?」
ネイサンもばしっと聞いて来た。
「一緒に住んでるっちゃあ住んでる事になんのかな。なんか、バニーがさ、一人じゃ寂しいんだって言うしな。ほら、アイツ、今まで親の復讐に燃えてたけど、それがなくなってちょっとぽっかり穴があいちゃってるだろ、今。だから急に一人暮らしが寂しくなったみたいでなぁ。俺がバニーんちに居候してるんだ」
「……ねぇねぇ、一緒に住んでるって事は、その…あなたたち、最後までいってるんでしょ?」
ネイサンがウキウキとした上擦った声で聞きにくいことをズバッと聞いたので、アントニオは飲もうとしていた水を吹いてしまった。
虎徹が困ったように眉尻を下げる。
「まぁ、身体って事なら、そうなのか…?なんかバニーにお願いされると断り切れねぇっていうか…」
(…え、そ、そうなのか?本当に、最後まで…。って……)
アントニオの頭の中に想像したくもない映像が広がる。
大きな白いベッド。
そこに裸の虎徹と裸のバーナビー。
さっきみたいにいちゃいちゃしてくっついてっていうか、それ以上に、その、絡み合って……とかなのか!!
「あら、ロックバイソン、大丈夫?」
顔が蒼白になったのに気付いたのか、ネイサンが顔を覗き込んできた。
「そう、そうなんだ、ワイルド君、素敵だね。相思相愛、素晴らしい!」
キースはキースで、頭の中がバラ色らしい。
羨ましい。
「やっぱりそうなのね!まぁーいいわぁ!で、あなたたち、どっちがどっちなの?」
アントニオはもう、これ以上いいと思っていたのに、ネイサンが容赦なく更に切り込んだ。
「あー…いや、その……って、なんでそういう話題に…?」
「いいじゃないのっ、あれだけ私たちの前でいちゃついてるんだから聞かれるのぐらい我慢しなさいよ。あたしなんてここのところすっかりご無沙汰なんだから!」
虎徹が困ったのか、助けを求めるようにアントニオの方を見た。
(え、俺?俺かよ?)
虎徹の焦げ茶の目にじっと見つめられてアントニオは慌てた。
「あ、そりゃ虎徹は、………えと、…」
(って、俺が知るわけねぇだろうが!)
「どっちなんだよ!」
イライラして虎徹に直接怒鳴ってやる。
虎徹がびくっとして眉を寄せた。
「………した…」
「……は? 」
「だから、俺が、下……」
「あら、タイガー、貴方がネコ……??」
ネイサンが素っ頓狂な声を上げた。
「ん?ワイルド君はタイガーだからね、ネコ科だね!」
「あらまぁそうなのー」
キースの変な発言は無視して、ネイサンが嬉しげに瞳を細め虎徹を舐めるように見た。
「ふーん……そう?……貴方がねぇ…」
「な、なんだよ、オカシイのか?」
「いいえー、おかしくなんかないわよぅ、っていうか、あのハンサム、意外とやるわね…」
「おーい、もうやめようぜー……」
「横から口出ししないで、ロックバイソン、今いいところなんだっつうの!」
ネイサンの口調が変わる。マジモードだ。怖い。
「あのー、みなさん。虎徹さん困らせないでくださいよ」
その時背後から聞き覚えのありすぎる声がした。
はっとして見上げると、きらきらの金髪が照明に当たって輝いていた。
「虎徹さん、用事終わりましたよ。貴方が心配だからやっぱり戻ってきちゃいました。そろそろ帰りませんか?」
バーナビーが虎徹に向かってにっこりと微笑む。
虎徹がほっとしたように息を吐いて、バーナビーを見て眉を下げる。
バーナビーが虎徹の腰に手を回してそっと引き寄せて抱き上げた。
「先輩方、何かあったら僕に質問してください。虎徹さん困らせると僕が怒りますからね?」
「あ、ーっていうか、なぁ、ネイサン、お前が聞いてたんだろ?」
「あら、なによっ、貴方だって聞きたかったんでしょ?」
「仲間割れは良くないよっ、みんな聞きたかったんだよ!」
「しかたがないですね、じゃあ少しだけ見せてあげますよ…虎徹さんがどんなに魅力的で可愛いか。全部は見せませんよ。虎徹さんは僕のものですからね?」
もしかして、前から自慢したかったんじゃないか、このルーキーは…と今更ながらにアントニオは思った。
「虎徹さん、目を閉じて…?」
「え、バニーちゃん、何すんの?」
「大丈夫ですよ、貴方は目を閉じているだけで…」
バーナビーが優しく囁く。
その声の調子だけでアントニオは既に逃げ出したくなった。
見たくない。
親友がなんかこう、別世界に行ってしまう所なんか。
居たたまれない。
まさかバーナビーのお願いをこんな人前で聞くわけもないだろう、と思ったが、なんと虎徹が大人しく目を閉じた。
(えっ、いいのかよ虎徹っ、お前、他人が見てるぞっ)
ネイサンもキースもまじまじと二人を眺めている。
バーナビーがふっと笑って、虎徹の唇にちゅっと口付けした。
顔に角度を付けて深く交差させている。
舌が入り込んでるのが分かる。
なまなましい光景にこっちの頬が赤くなる。
バーナビーの手が虎徹の腰からすっと降りて尻の形をなぞるように掌でなでまわす。
すると虎徹がびくっとする。
(感じてるのかよー!っていうか、これ以上、見たくねぇ!)
「はい終わりです」
バーナビーがにっこりとして顔を話した。
虎徹は、と見ると、目元を赤らめて俯いている。
(うおぉ、そんな顔、見たくねぇ!なんだその顔、どこの思春期の女の子だよっ。っていうか、虎徹のくせにすげー可愛いじゃねぇか、とか思っちまう俺の目まで、バーナビー同様腐ってきたのか!!)
「じゃあ、お先に。虎徹さん、行きますよ」
「あ、あぁ。じゃあ、またな?」
二人が出て行った後のトレーニングルームには、ぐったりとした雰囲気が漂った。
今出動要請とかかかったら、絶対にポイントとかとれそうにない。犯人だって逃してしまう。
「さて、とあたしも帰るわぁ」
うっとりとした表情でしばしぼんやりしていたネイサンがはっと我に返ったようで、そそくさと出て行ってしまった。
「私も帰らねば、犬の散歩が待っているので、お先に、バイソン君」
どんな時にも変わらない、爽やかなキースがにっこり笑って出て行く。
俺も帰らないとなぁ…と最後にアントニオは重い腰を上げた。
20年来の親友の新たな一面を見せつけられて、地味にショックだ。
あんなにアイツが可愛いなんて…っていうか、可愛いとか思う自分が怖い。
(やばいやばい。今日の事は忘れよう…)
でも、また明日になったら、バーナビーと虎徹が来て…。
(ってそういや一緒に住んでるんだったかっていうか、だったら今日も帰ってから寝る前とか、ベッドで……って、虎徹が下で…虎徹が下、虎徹が下虎徹が下……)
「あ゛ー!!!」
やっぱりあと3時間ぐらいトレーニングしてから帰ろう!
雑念を追い払うには身体を酷使するのが一番!
その日トレーニングルームは3時間どころではなく、夜明け前まで灯りがついていた、らしい。とは、司法局の夜間警備員の話である。
「あれ、今日アントニオ休み?」
「なんか筋肉痛らしいわよ?」
「あいつがぁ?どんなにハードなトレーニングしてもなんともねぇはずだけどなあ」
次の日、午前中のトレーニングルームにアントニオの姿はなかった。
「はい、虎徹さん、今日も冷たいバナナですよ」
そしてアントニオのいないトレーニングルームでは、今日もうんざりした空気が流れたのであった。
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