◆狡い人◆ 2
夕刻、煌々と白い月が輝き、空がすっかり群青色に染まる頃合。
俺は虎徹と待ち合わせのため、虎徹が勤めるアポロンメディア社の前に来ていた。
今日は俺の方は仕事が早く終わって、司法局のトレーニングセンターに寄ったその足でアポロンメディア社に来ていた。
虎徹はと言えば、ヤツは午前中にトレーニングをして午後は会社で仕事をしていたらしい。
アポロンメディア社のエントランスが見える所にベンチがあり、そこに座って待っていると、ほどなくして虎徹が出てきた。
虎徹ともう一人、夕暮れにも目映く光る金髪の、背の高い遠目からでも美しい青年。
バーナビーと虎徹は二人で並んで歩き、俺が手を上げると俺を見つけたのか近寄ってきた。
「よぉ、随分早かったんだな、お前」
「あぁ、俺の方は午後あんまり仕事が無かったんだ。お前ら結構忙しそうじゃねぇか」
「あー特にバニーがな。バニーはこれからまたお偉いさんと食事なんだ」
「ふーん、お前行かなくていいのかよ」
「いやぁ、それがバニーだけって事でな。俺は必要ねぇらしいよ」
「そんな事ありませんよ、虎徹さんがいないと僕がつまらないです。でも、こんな中身のない仕事に虎徹さんを連れて行くのも申し訳ないですからね」
バーナビーがにこにこして言う。
言いながら虎徹の肩にそっと手を掛けて抱き寄せ、愛おしげに頬に触れる。
「おい、ここ、往来だぞ…」
人目を気にして俺が言うと、バーナビーが肩を竦めて笑った。
「いいんです。このぐらいのスキンシップはコンビ愛って事になってますから。なんて言っても昼間に虎徹さんに触れないのがとても辛くて…。だからこのぐらいは日常的にやってたらみんな慣れてくれるかなって思ったら、みんな慣れてくれましたよ」
「ははっ、だってよ。バニーちゃんてホント大胆だからなぁ」
「お前ら、会社の中でも一日中それなのかよ、すげぇな…」
俺が呆れたように言うと、バーナビーがいかにも幸福そうに笑った。
「じゃあ、虎徹さん、僕はここでお別れですけど、また明日」
「うん、バニーもあんまり遅くならねぇようにな?」
「はい、大丈夫です。今日は夜が一緒じゃないと思うと寂しいです、虎徹さん…」
虎徹がバーナビーの頭をぐりぐりと撫でる。
「またすぐ明日になるって。なぁ、バニー?」
「はい…じゃあ、おやすみなさい、虎徹さん…」
そう言ってバーナビーが虎徹の手を取り、そっと手の甲に口づけた。
夕刻で薄暗くちょうど街路樹の影になって誰にも見えなかったから良いようなものの、いいのかよ、と危惧するぐらい大胆だった。
バーナビーが手を振って振り返りながら去っていく。
姿が小さくなって見えなくなると、虎徹が溜息を吐いて俺の方に向き直った。
「じゃ、行こうぜ…?」
今までバーナビーに対してしゃべっていた声とはまるっきり違った低い声だった。
浮かれような声の調子は全く無くなり、どこか暗い沈んだ年齢相応の声になる。
「あぁ…」
急に周りの空気が冷えたような気がした。
俺も立ち上がると、歩き出した。
アポロンメディア社から俺の家までは結構距離がある。
押し黙って二人して歩き、一人暮らしの俺のマンションに到着する。
ドアを開けて中に入った途端、虎徹がそれまでの態度を一変させた。
俺を壁に叩き付けるようにして身体をぶつけてくると、その勢いで唇を重ねてくる。
「……っっ!」
激しく噛み付くように口付けられて、俺は為す術もなく虎徹の口付けを受けた。
ヤツの舌が縦横無尽に俺の咥内を這い回って、舌を捕らえ吸い上げてくる。
熱く湿って、どこか狂ったような動き。
虎徹の腕が俺の頭を抱え込んで、更に深く激しく吸われ噛み付かれる。
血でも出たのだろうか、鉄錆の味がする。
そのまま床に倒れ込むと、そこが玄関だと言うのに虎徹はもどかしげに服を脱ぎだした。
ネクタイを引き抜き、ベストとシャツを釦が千切れるぐらいに勢い良く脱ぎ捨て、ベルトを外して下着もろともボトムを脱ぎ捨て放り投げる。
あっという間に全裸になった虎徹は、次に俺の服を脱がせてきた。
仰向けに倒れたままで俺は、虎徹の手によってあっという間にシャツとボトムも引き抜かれて全裸になった。
虎徹が俺にのしかかってきて、にやっと笑った。
その笑い顔のまま身体をずらして俺のペニスを無造作に咥える。
早すぎる展開にまだ俺のモノは変化していなかったが、そんな事には構わず、むしゃぶりつくようにペニスを口に含むと、茎に血を集めるように強く吸ってきた。
舌でまだ柔らかい部分を執拗にねぶり、茎を包むように歯を立てがりっと引っ掻きながら顔を上下に動かしてくる。
フェラチオなんて女を抱いた時だって殆どされたことがなかったのでよく分からねぇが、虎徹のテクはかなり凄いんじゃねぇかと思う。
虎徹を見ていると、ヤツがバーナビーとどんな性生活をしているか垣間見ることができる。
きっと虎徹は奉仕される方で、ひたすらバーナビーの方で虎徹が気持ち良くなるように尽くしてんじゃないか、そう思う。
そのテクを虎徹はそっくり俺にしてくるんだ。
だから虎徹のフェラチオの仕方は、きっとバーナビーが虎徹にしているものなんだろう。
巧みで絶妙で、あっという間にペニスが勃起する。
俺がすっかりでかくなったのに満足してか、虎徹が口端を上げて嬉しげに笑った。
「俺ってうまいだろ…?」
「はっ、バカ言ってんじゃねぇよ。アレだろ、バーナビーがうまいんだろ」
「なんだ分かってたのかよ、つまんねーの」
虎徹が軽口を叩きながら身体を起こし、床に放り投げてあったバッグを漁って中からジェルを取り出す。
俺の腰を跨いで膝立ちになり、指にたっぷりとジェルをつけてその指を尻へ持って行く。
虎徹の引き締まった腰が反り返り、指をアナルに入れたのか、顔が仰け反った。
「ん……ん゛っ……ァ…っ」
時折喘ぎながら虎徹が尻をほぐしていく。
その光景は何度見ても卑猥だった。
俺の身体の上にいて、尻に手を突っ込んで喘いでいるのが虎徹だってのは分かる。
けれど、本当にこれは虎徹なのか。
虎徹はこんな事をするのか。
何度見てもそう思って呆然とする自分がいる。
ぐちゅぐちゅと淫靡な音がして、その度に虎徹が身体を震わせ、ヤツのペニスがぐん、とそそり立つ。
そこがびくびく脈打っているのを見て、俺はごくりと喉を鳴らした。
こんな姿を見て興奮するなんてどうなってんだ俺は、とも思うが、実際そう思ってはいても身体は興奮しちまうんだから仕方がない。
舐められて勃起した状態で、更に虎徹のこんな姿を見せられて、ますます俺のペニスは猛ってきた。
もうすっかり俺は、虎徹の中で味わう快感を覚えていた。
その快感の深さを痛感していたからこそ、ヤツが欲しかった。
虎徹が指を抜いてふっと深く息を吐く。
「もう大丈夫だぜ、どうする今日は?お前の好きな体位でいいぜ?」
片眉を上げて虎徹がにやにやしながら言ってきた。
こういう時のヤツは憎らしいほどに虎徹そのものだ。
「そうかよ、じゃあ、お前の顔がよく見えるヤツで頼む」
「なんだよ、俺の可愛い顔でも拝みながらイきてぇのか?」
「自分で可愛いとか言ってんじゃねぇよ、キモイぜ」
「ひでぇ言いぐさだなっ、俺に突っ込んでよがってるくせによぉ」
虎徹が肩を揺らして笑いながら、俺の脚の間に尻を据えて座った。
それから俺をじっと見つめ、少しずつ足を開いていく。
足を開きながらその足をM字に曲げ、手を伸ばして自分のペニスと陰嚢を一掴みにすると、その下のアナルを俺に見せつけてきた。
綺麗に窄まった襞を意図的に収縮させ、ジェルですっかり解れた内部を見せつけるように人差し指と中指をアナルに突っ込むと左右に広げて、内部の粘膜を露わにする。
鮮紅色に滑光る粘膜が垣間見えて、俺は股間が痛いほど疼くのを感じた。
「おいおい、お前、それどこの娼婦だよ…」
さすがに呆れてそう言いながらも、俺の目は虎徹のソコに釘付けだった。
俺の身体は虎徹の中に入った時の途轍もない快感をすっかり記憶していて、すぐにでもソコに入りたい、と訴えている。
我慢できずに虎徹を押し倒すようにして上からのし掛かると、虎徹が嬉しそうに笑った。
「お前が欲しくてたまんなかったんだぜ、早く来いよ」
低く響く声で言われて全身の毛が総毛立つ。
そのまま一気に俺は柔らかい虎徹の中を貫いた。
初めて俺と虎徹がセックスをした後、虎徹はバーナビーと前にも増して仲良く親密になったようだった。
バーナビーの前では不安定さを欠片も見せず、バーナビーに尽くされるがままに彼の愛情を一心に受け、そして虎徹もバーナビーに愛情を返していた。
その光景は傍から見ても微笑ましいものであり、二人が幸福であるという事は誰の目からも見間違いのない物に見えた。
特にバーナビーはこれまでの彼の境遇が境遇であっただけに、幸福を心から噛み締めているようで、今まで不幸だった若者が幸せを享受している姿は本当に見ていてこちらまで幸せになるほどだった。
そして二人がそんな風に幸せそうであればあるほど、虎徹は定期的に俺の元を訪れるようになった。
俺と飲みに出かけるという事にしてその日はもうバーナビーと会わない。
あるいは俺の家でダチ同士の話をするんだ、ということにしているらしい。
バーナビーは、全く俺たちの関係に気付いていないようだった。
肌を合わせているんだから気がつかれそうなもんだが、虎徹がよほど上手く隠しているのか、それともバーナビーが純粋すぎて虎徹を頭から信じ込んでいるのか。
その辺は俺には分からない。
虎徹は、――ヤツは俺の前ではどんどん淫乱になってきた。
今日みたいに局部を見せつけて誘ってきたり、俺のペニスにむしゃぶりついてきたり、とにかくとても正気の沙汰とは思えない。
けれど俺はそんな虎徹を非難も諫めもできなかったし、虎徹に俺とセックスするのをやめろ、と言う事もできなかった。
何も言えないまま俺は虎徹がやってくればヤツを抱き、虎徹に請われるがままにヤツとセックスをした。
「あ、う…っ、あ、…そ、そこっ、もっと、はっ、もっと来いよっ」
焦れったそうに虎徹が俺の身体の下で叫ぶ。
俺のペニスを根元まですっぽりと咥え込んで、それでも足りないというように自分から腰を動かして俺を貪ってくる。
汗で濡れた肌がしっとりと吸い付いてきて、俺は無我夢中でヤツの中にペニスを叩き込んだ。
乱暴にすればするほど虎徹が悦ぶのは分かっていたから、わざとペニスを思い切り引き抜いてはぐっと腰を撓めて、アナルを引き裂く程に強く突き入れる。
「うぁぁぁっ、…ひ、あぁぁ――っ、ん、す、すげぇっ、いい…っ、もっと、してくれっっ」
虎徹自身も、最早羞恥も理性も何もないようで、俺の首にすがりついてきてはがぶりと首筋を噛んできて、俺の動きに合わせて激しく腰を振ってくる。
俺たちは繋がった二匹の野獣のように激しく交わった。
「あぁっ、そこ、もっとっっ、あ、あっ、そ、そこっ!もっと擦れってっっ!」
虎徹の内部の感じる部分も既に分かっている。
そこをぐりっと抉ってやると虎徹が背筋を反り返らせて身悶える。
目の前で乳首が淫猥に動き、汗が滴って虎徹の浅黒い肌からヤツの甘い体臭が立ち上る。
ペニスを食い千切られそうに強く締め付けられて、俺は奥歯を噛み締めて耐えた。
が、もう保たない。
「う、あ、あ―っ、い、いいっ、す、げぇ、イくっ、あっあっ――死ぬっっ!」
虎徹が喉を嗄らして叫びながら全身を強張らせた。
きゅう、と括約筋で締め付けられて目の前が真っ白になるほどの絶大な快感が全身を駆け抜ける。
直腸の媚肉を引き裂くようにしてペニスを突き込み、最奥に熱い白濁をどくどくと迸らせると虎徹も全身を痙攣させて達した。
格闘技のような激しいセックスが終わると全身が脱力し、俺は虎徹の身体に体重を掛けて、はぁはぁと忙しく息を継いだ。
俺の身体の下で随分と重いだろうに、虎徹もその重みを受け止めたままで全身で息をしている。
ぴったりと肌同士が触れ合い、汗で密着してヤツの鼓動と俺の鼓動が一つになる。
射精した後の、全身が弛緩した、たとえようもない良い気持ちだ。
余韻に浸ったまま俺は顔を上げて、虎徹を間近に見降ろした。
虎徹は瞼を固く閉じ、うっとりとした表情で唇を半開きにしていた。
唇の端から涎が垂れ、閉じた瞼からは生理的に滲んだのか、涙の粒が盛り上がっている。
(…………)
ふと俺は特に深い考えもなく、虎徹の頬に手を伸ばしてそっと撫でた。
虎徹がゆっくりと目を開いた。
薄茶色の快感にたゆたう瞳が俺を見上げてくる。
胸の奥がきゅっとなって、俺は無意識に虎徹の唇に口づけていた。
キスのやり方も虎徹に教わっていたから、すっかり学習している。
深く合わせ、舌を差し入れ、ヤツの舌を捕らえると絡みつかせるようにして吸い上げる。
咥内に入ってきた舌を歯で甘噛みし、それから角度を変えて更に舌を絡ませ合う。
こんな深いキス、なんでしているんだろう。
俺にもよく分からなかった。
俺たちの関係も分からない。
何も分からない。
とにかく今はこの気持ちのいい時間を二人で共有して、それに逃避していたい。
そんな気持ちだった。
唇を十分に堪能して、ゆっくりと離す。
そこから俺は昂まった気持ちのままに、虎徹の鼻、頬、目尻に口づけた。
俺自身全く気がついていなかったが、それはきっと恋人同士のするようなキスだったに違いない。
きっと虎徹はバーナビーにそういう風にされているんだろう。
うっとりと蕩けていた虎徹の瞳が我に返ったように焦点を取り戻し、唇が少し上がって、虎徹が薄く笑った。
その笑いがどこか皮肉めいて酷薄そうで、俺は少し戸惑った。
虎徹が笑いながら言った。
「……お前さぁ、俺の事好きになったりすんなよ? 俺は身も心もバニーちゃんのものなんだからなー?」
なんて事のない、いつものヤツの冗談めいた口調だった。
俺はいつものように肩を竦めて「ああそうか、そりゃごちそうさま』とかなんとか言っておけば良かったのだ。
いつもの軽口で。
なんてことのない冗談として聞き流して。
言葉に深い意味なんてないって言うように、肩を竦めて馬耳東風で。
――それなのに。
その時はできなかった。
その言葉が俺の溶けていた柔らかな心の底に、ぐさっと突き刺さってしまったのだ。
突き刺さって思い切り俺の心を切り裂いてきた。
俺が無防備過ぎたんだ。
思わず心を剥きだしにしてしまっていた。
そこに、虎徹の言葉が鋭い剣となってぐさりと突き刺さった。
俺の心の一番柔らかくて繊細な部分に……。
一瞬、全身の体温が二、三度上がったような気がした。
感情が一気に爆発し、かっとなって自制が効かなくなった。
目の前にいるコイツをぶっ殺してやりたい、瞬間的にそう思った。
思った瞬間に行動に出ていた。
俺は虎徹を思い切り殴りつけていた。
バシッッ!と、肉を叩く嫌な音がする。
一度では飽きたらず、俺は数度虎徹を殴りつけていた。
俺の拳をまともに食らって、虎徹がサンドバッグのように揺れて床に倒れた。
激高していて、俺はそれでも止められなかった。
「お前っ、言っていいことと悪い事も区別もつかなくなったのかよっっ!」
殴られ唇から血を出している虎徹の髪を掴んで、頭を激しく揺さぶる。
頬を平手打ちし、それでも我慢できなくて、立ち上がると俺は足で虎徹を蹴り上げた。
呆然として殴られるままになっていた虎徹が、さすがに驚いて身体を丸めて防戦する。
丸まった裸の身体を俺は何度も蹴りつけた。
脇腹を蹴り、尻を蹴り飛ばして踏みつける。
「あっ……ぁ……っっ……ぁ、あ……」
虎徹が弱々しい声を上げた。
床に血が転々と赤く飛び散る。
何度も蹴り上げて自分の足が痛くなるほどになって、俺は漸く落ち着いてきた。
はぁはぁと肩を大きく上下させて息をしながら、虎徹を見下ろす。
ヤツもヒーローだ、ぼこられるのには慣れているが、それでも同じヒーローである俺に力任せに暴行を受けたのだから、勿論無傷では済まなかった。
身体のあちこちに青痣ができ、顔は見るも無惨に腫れ上がっていた。
身体を丸めてぶるぶる震えていた虎徹が、目を上げてきた。
眉が切れたらしく鮮血が流れ、目尻から頬に伝っている。
腫れ上がった頬を庇うようにして、虎徹がゆっくりと身体を起こした。
身体も痛むんだろう、時折呻きながら、漸くの事で上体を起こす。
蹴り上げて跡のついた尻の狭間から、俺が放った白濁が内股に筋になって滴っている。
「ごめん……ごめん、アントニオ…」
虎徹がか細く不安そうな声で言ってきた。
腫れた目を俺に向けて、切なげに瞳を震わせる。
「ごめんな…? なぁ、俺の事、許してくれよ…」
虎徹が恐る恐る俺を見上げてくる。
許しを請うように俺の足に頭を擦り付け、ペニスにちゅっとキスをしておずおずと俺の膝に頬擦りする。
俺が黙っていると、不安なのか茶色の目を見開いて今にも泣きそうになる。
「なぁアントニオ、俺を見捨てないでくれ。…お前がいねぇと俺は生きていけねぇんだ。お願いだから、俺
の事捨てないでくれ……」
虎徹が震えながら言ってきた。
身体中打ち身だらけにして、酷い有様で、顔を上げて泣きながら懇願してくる。
――なんだ、この痴話喧嘩みたいなのは……。
こんな事、したいわけじゃない。
なんでこんな事になっちまうんだ。
俺と虎徹は、こんな痴話喧嘩するような間柄じゃねぇはずだ…。
――なのに…。
俺も泣きたくなった。
鼻の奥が痛くなって、堪えていたのに涙が滲んできた。
「アントニオ……」
虎徹がおずおずと名前を呼んでくる。
ますます涙が滲んできて、俺は俯いた。
俯いて唇を噛んで、それからぐっと我慢して顔を上げて、虎徹を見て笑う。
無理矢理笑う。
「……見捨てるわけねーだろ、相変わらずバカだぜお前は」
そう言って、俺は虎徹の頭をぐりぐりと撫でた。
ほっとしたのだろう、虎徹が力が抜けてふらつきそうになったのを支えてやる。
「あ、ほら、こんな事高校の頃もあったよなぁ。お前が街でバカやってさ、なんかそれが俺の仕業って事になってて俺が呼び出されて騙し討ちみたいにぼこぼこに殴られてきた時だけど」
「あ−、あれか、覚えてる、お前ホントぼこぼこになってたよな。ネクストの力使えばなんてことなかったのになー」
「一般人相手に使ったりしたらダメだろうが。そういうお前だって決して使わなかったくせに。それにしてもあの時は酷かったぜ。あの後お前が泣いて謝ってきてなー」
「はははっ、ホントお前には悪い事したよな。でもすげぇ楽しかった……あの頃は楽しかったなぁ……」
虎徹が切なげに目を細めた。
赤く腫れた頬を涙が一筋流れ落ちる。
「あの頃はお前と俺で、…すげぇ楽しかった…。…なんか、今考えると夢みたいだよなぁ…」
涙を流しながら、それでも虎徹は笑った。
俺はたまらなくなって、かがみこんで、虎徹を抱き締めた。
打ち身だらけで体液で汚れきった身体を、そっと労るように抱き締めた。
腕の中で虎徹が身じろぎながら、俺に背中に手を回して弱々しく抱き返してきた。
涙の溢れる腫れ上がった頬を俺の胸に擦りつけながら、泣き笑いをする。
俺も笑った。
笑いながら泣いた。
鼻水が出てぐしゃぐしゃになって、それでも笑った。
俺たちはどうしようもなかった。
どこにも行けなかった。
立ち尽くすしかなかった。
立ち尽くして、ただ笑って泣く事しか……できなかった。
|