◆ありがとう◆ 4









「うん…そう思うよ…」
虎徹の上げていた顔がだんだんと俯いてしまった。
バーナビーの言う通りだ。
10歳以上も下の若者に説教されて一言も言い返せない。
その通りだからだ。
俯いていると、そっとバーナビーの手が虎徹の頬に触れてきた。
「おじさん、顔上げて…?」
静かに言われる。
おずおずと顔を上げると、バーナビーの顔が間近にあった。
ふわっと柔らかく暖かな唇が重なってきた。
やんわりと重なってすぐ離れ、それからバーナビーの美しい翠の目がじっと虎徹を見つめてきた。
「おじさんに避けられて、僕がどんなに辛かったか分かりますか?」
バーナビーが低い声で言った。
「どうせ貴方が自分で勝手にいろいろ考えて、自己完結してそれで僕の事を避けてるんだろうとは思ってましたけどね…?」
「バニー…ごめん…」
「でもいいです。こうして貴方が来てくれたからもう帳消しです」
「バニーちゃん…」
「僕の気持ちなんてもう分かってるんでしょう、おじさん?」
「…うん…」
小さく頷くとバーナビーが肩を竦めてしょうがないなぁというように笑った。
「…バニーちゃんのがずっと大人だよなぁ…」
胸が詰まって嬉しいんだか悲しいんだか、情けないんだか幸せなんだか分からなくなってしまった。
ぼそぼそと言うとバーナビーが表情を和らげた。
「貴方は貴方だからいいんです、おじさん。……愛してます…」
ずきん、と胸が痛んだ。
甘いとろけるような痛みだ。
一気に体温が上がって、頭の中に幸福感が押し寄せてくる。
一言言われただけで、こんなに幸せになるなんて。
自分でもびっくりしてぱちぱちと瞬きをしていると、バーナビーがもう一度キスをしてきた。
「濡れていて冷たいでしょう?上がってください、おじさん。……今日は泊まっていってくださいね?」
「いや…」
「いやですか?」
「いやその…」
思わずバーナビーの顔を見ると、彼はやはり柔らかく微笑んでいた。
満ち足りた微笑だった。
いつもの、どこか冷たさを感じさせるような目ではなく、柔らかく慈愛に満ちた瞳だった。
胸が詰まって虎徹は目を瞬かせた。
「うん…泊まってく…」
バーナビーに手を引かれて虎徹は部屋に上がった。
びしょ濡れになって身体の芯まで冷え切ったのを、まず暖めて欲しいとシャワー室に閉じ込められる。
熱いシャワーを浴びてバーナビーが用意してくれたバスローブを羽織ると、身体が温まったせいか、心の底まで暖かくなったような気がした。
部屋に戻ると、バーナビーがベッドに腰を掛けて待っていた。
やや所在なげに俯いていた顔が、虎徹が寝室に入るとぱっと上がって、じっと見つめてくる。
見つめられると、胸がきゅっとなって、虎徹は訳もなくどぎまぎした。
泊まるという事は、つまり、今のままの関係ではなくなるという事だ。
バーナビーだって、その意味で『泊まっていけ』と言ったんだろう。
そう思って彼を見ると、更にどきどきする。
まるで、初恋で、初めて結ばれる時のようだ。
自分が三十路半ばの中年だと言う事も忘れて、思春期の少年のような心持ちになっているのがおかしくもあり、また嬉しくもあった。
バーナビーの隣に座ると、虎徹はどうしたものかと迷った。
このまま進んでしまってもいいのだろうか。
いや、バーナビーだってオーケーしているのは分かる。
分かるのだが、どうにも行動が追いつかない。
どうしたものかと考えあぐねて、後頭部をがしがしと掻き毟しっていると、バーナビーが虎徹の顔を覗き込みながら笑った。
「な、なんだよ」
笑われてちょっと恥ずかしくなって、拗ねたような物言いをする。
「いえ、おじさんが可愛いからちょっと」
「可愛いってなぁ…そりゃお前の事だろ?」
「いえ、おじさんの方が可愛いと思いますよ。貴方は本当に可愛い。可愛くて魅力的で格好良くて、僕の心の中に入り込んできて、すっかり僕の中を埋めてしまいました。……おじさん、…好きです…」
甘い響きの声が耳元で囁かれ、しなやかな腕が虎徹の首に絡まってくる。
そうして角度を付けて口づけられると、眩暈がした。
柔らかく暖かな唇。
濡れた舌。
入り込んできて、虎徹の舌を捕らえては食んでくる。
その動きにぞわっと背筋が総毛立つ。
身体がかっと熱くなって、内部に隠しようのない欲情の炎が燃え上がるのを虎徹は感じた。
「んっ……っ…」
微かに鼻に掛かった喘ぎを漏らしながら、バーナビーが口付けを続ける。
その声にも興奮する。
たまらなくなって、バーナビーの背中に手を回して引き寄せて抱き締める。
そうすると、彼のしなやかな筋肉や骨、艶やかで肌理の細かくしっとりと吸い付くような肌、Tシャツ越しではあるが躍動する筋肉などが感じられて、更にぞくりとした。
たまらずにバーナビーをベッドに押し倒すと、着ていたTシャツを脱がせに掛かる。
バーナビーが笑いながら手を上げて、虎徹がTシャツを脱がすのに任せた。
白く張りのある肌が露わになると、もう堪えきれなかった。
まるで飢えた獣のようにバーナビーの首筋に顔を埋め、噛み付く。
そこから顔を落としていって、薄桃色をした乳首を唇で挟むと、やわやわと噛んでは吸い上げる。
「あっ…んっ…」
甘く切ない響きを持ったバーナビーの声に、股間が一気に熱を持つ。
こんなに興奮してしまって、大丈夫なんだろうか。
我ながら心配になるほどだった。
このまま顔を下にずらしていって、乳首から腹へ、腹の腹筋を舌でなぞりながら臍を吸い、そこから更に下、バーナビーの穿いていたハーフパンツを下着もろとも引き下げて脱がせる。
そうして足の間に割って入ると、虎徹は全裸になった事で露わになった、バーナビーの濃い金色をしたふわふわの茂みに顔を埋めた。
「お、じさんっ!ちょっと、恥ずかしいですっ」
さすがに恥ずかしいのか、バーナビーが困ったように言ってくるのも可愛らしくて、ますますズキンと股間が疼く。
恥ずかしがっているのは分かっていたが、だからと言ってやめられるわけがない。
というよりは、恥ずかしがっている彼が更に虎徹の興奮をかき立ててきた。
既にバーナビーの性器はすっかり勃起して、色白の形の良いすらりとした陰茎をそそり立たせ、つるりとした亀頭の先端から透明な蜜を滲ませ、とろりとその蜜を溢れさせている。
見るからに美味しそうで、虎徹は思わず口を開いてそれをぱくりと咥えていた。
「……あぁっ!」
バーナビーが驚いたような声を上げて腰を引こうとするのを、ぐっと自分に引き寄せるようにしてペニスを深く口に入れる。
喉奥まで深々と咥えて頬を窄め、軽く歯を立てながら茎を扱くと、バーナビーがあ、あっ、と断続的に切ない声を上げながら内股を震わせた。
こういう風な接触を人と持ったことはないのかも知れない。
いや、今まで一度もないんだろう。
戸惑って羞恥に頬を赤くし、それでも好きな人と触れ合うことの心地よさにすっかりとろけている彼の様子が愛らしく、欲をそそる。
上目使いに彼を見れば、快感に戸惑って顔をしきりに左右に揺らし、癖のある金髪をシーツに乱している。
それがまたいつもの冷静な彼とは全く違った表情で、そのギャップにくらくらとする。
右手を彼の茎の根元に添え、手で握りこみながら、口と連動させて数度扱けば、
「あっあ―っっ!」
少し高い声を上げてバーナビーが背中を反り返らせた。
咥内に熱い粘液が溢れる。
男のモノを咥え、しかも精液を飲むなど虎徹とて生まれて初めての経験ではあったが、不思議と不快ではなかった。
それよりバーナビーのものだと思うと、甘いような気までした。
ごくりと飲み干すと、バーナビーが顔を真っ赤にした。
「す、いません、そんな事させて…」
消え入るような声で言って、両手で顔を覆う。
顔を上げると虎徹はそのバーナビーの覆った手を掴んで除けさせ、頬に軽くキスをした。
「こういう事できるからいいんじゃねーの?お前のだからできるんだぞ?」
そう言うと、瞑っていた目を開いて、バーナビーが虎徹をじと見つめてくる。
涙の膜がかかった潤んだ緑の瞳の奥に情欲の色が浮かび、戸惑いながらも快感に溺れている様子にますます愛おしさが募った。
「なぁ、入れてもいいか?」
自分のモノももう我慢するのが辛いほど勃起していた。
虎徹としては、すぐにバーナビーの中に入りたかった。
しかし、バーナビーが所謂男同士のセックスというのをどう捉えているのか分からない。
こういう経験がなさそうな様子を見るに、そこまで考えて自分を誘ったとも思えなかった。
もしバーナビーが逡巡を見せるようなら、虎徹は我慢するつもりだった。
バーナビーは虎徹の事を考えて、嫌でも『良い』というかもしれない。
だから、彼の本心を見極めるように、じっと彼を見つめながらそう言ってみる。
するとバーナビーが、虎徹の視線に合わせて瞳を細めた。
両手で虎徹の頬を挟み、愛おしげに撫でてくる。
「それは僕の方がお願いする事です、おじさん。……抱いてください…」







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