◆Daisy◆ 3
「どう、とは?」
「その、…ほら、この間のことなんだけどな。……新しい彼氏とか、できたのか?」
さりげなく聞いたつもりだったが、少し声の調子が変になってしまった。
バーナビーが秀麗な眉を寄せて虎徹を見た。
ワイングラスを口に付けてワインを一口飲むと、グラスをテーブルに置く。
「そんなのいないですよ。そうそう簡単にできるわけないでしょ」
さらりと言われて、意外と構えずに答えてきた事にも少し驚く。
「そりゃそうだけどな…。でもいないとなると、ほら、バニーちゃん若いから、いろいろと困るんじゃねぇの?」
下世話かと思ったが、つい好奇心に負けた。
バーナビーの表情をちらりと横目で窺うようにしながら問い掛けてみると、バーナビーが肩を竦めて小さく息を吐いた。
「まぁ、困らないと言ったら嘘になりますが、取り敢えず我慢できなくなったら、後腐れ無く遊べる所にでも行ってなんとかしますよ。ヒーローになって顔出ししてしまったので、その辺りが不便ですが」
と、冗談なのか本気なのか分からないような調子で言う。
そういう風に言っている内容はともかく、彼の表情はいつもの端正な顔だった。
端正で感情が表に出ていない顔である。
貴公子然としたその容貌を見ていると、なんとも表現しようのないもやもや感がまた湧き上がってきて、虎徹はもぞもぞと椅子に座り直した。
なんだろう、どうにも落ち着かない。
もっと突っ込んでいろいろと聞きたいような、でも聞きたくないような、変な気持ちだ。
自分の中で気持ちの整理が付かなくて、そわそわしてしまう。
「こんなことを言う僕の事、軽蔑してるでしょうね?」
ワイングラスを傾けながら、自嘲気味にバーナビーが笑った。
「い、いや、そんなことねぇよ。だってバニーちゃんはバニーちゃんだろ?」
バーナビーがわざと自分自身を貶めるような言い方をしてきたので、慌てる。
そんなつもりで聞いたのではない事を分かってもらいたかった。
決して、彼を軽蔑しようとか、バカにしようとか、そんな事を考えて質問したわけではない。
バーナビーの事が心配だったから。…興味があったから。知りたかったから…なのか本当に?それだけか?
「……じゃあさ、俺とか、…どう?」
バーナビーの顔を見ていたら、虎徹は思わず心の中で密かに思った事がぽろっと言葉に出てしまった。
「……え?」
バーナビーが口に持って行こうとしたグラスを止めて、怪訝な表情をする。
どきどきして、虎徹はわけもなく胸が騒いだ。
「いや、ほら、誰でもいいならさ、俺とかでも良くねぇ?後腐れ無く遊ぶって言っても、お前顔が割れてっからいろいろやばいだろ。俺ならその点同じヒーローだし、安心なんじゃねぇ?」
などと言っているのは、自分の口だ。
なんてことを言っているんだ。
へらへらした感じでしゃべりながら、虎徹は内心狼狽していた。
なんでそんな事を言い出してしまったのか。
そんな事を言うつもりは全く無かった。
――いや、全く無かった訳ではない。
心のどこかでバーナビーにそういう風に言いたかった自分がいた事は、確かだ。
彼を、イーストシルバーの公園で見た時からずっと心に掛かっていた気持ち。
好奇心なんだろうか、それともバーナビーの悩みを軽くしてやりたいという気持ちか。
いや、そんな崇高なものじゃない。
それじゃ、ただの、下世話な興味なのか。
この、冷然としてプライドの高い若者がどんな風に乱れてよがるのか。
それが見てみたいだけなんじゃないか……。
などと心の中は大いに思い乱れていた。
「おじさんは、ノーマルでしょ?」
虎徹の内面の懊悩には気付かないようで、バーナビーが秀麗な眉を少し顰めて虎徹に問い掛けた。
「あー、そうね、っていうかさ、ほら、今まで、その、経験がなかっただけでさ、男もOKかも」
どうしてもへらへらっと誘いの言葉が出てしまう。
結局下世話な好奇心なんだろうか。
バーナビーが眉を寄せたまま、じっと考え込んだ。
グラスをテーブルに置いて一度腕を組み、それからその腕をあげて手の平を額にあてて、俯いて考えている。
バーナビーが考えている間、虎徹は彼の返答をじっと待った。
心臓が騒いで、胸が息苦しい。
どきどきと鼓動が鳴り響いて、まるでテストの結果でも聞く子供のようだ。
「そうですね。……おじさんができるんだったらそれに越したことはないですけどね、僕としても」
やがてバーナビーが小首を傾げながらそう答えてきた。
積極的にOKをしたわけではないが、乗り気な返事に、一気に心臓の鼓動が大きくなる。
俯いていた顔を上げて、バーナビーがじっと虎徹を見つめてきた。
美しく済んだ緑の瞳に見つめられて、わけもなく緊張する。
緊張をする自分をほぐそうと、バーナビーの視線に合わせて目を見開いて、わざと笑い掛けてみる。
バーナビーが視線を少し揺らして、息を吐いた。
「実際やってみないと分からないですね。おじさんができるかどうかというのもあるし。…取り敢えずできるかできないかだけ、確かめさせてもらっていいですか?」
「……あ、あ、うん。……確かめるって?」
バーナビーが椅子から立ち上がった。
立ち上がって数歩虎徹に近付くと、テーブルの上に肘を突いていた虎徹の手を握ってきた。
「これから、貴方とやってみたいと思います。…お願いしますね?」
そう言ってバーナビーがじっと虎徹を見つめてくる。
自分から言い出した事なのに、一瞬虎徹は心臓が胸から飛び出そうになった。
バーナビーがこれからやってみようと言っている。
こんな展開は――確かにそうなったら面白いだろうなとは思っていたが、……実際そんな風になってしまうとは。
バーナビーに手を取られて立ち上がりつつ、虎徹は足が震えるのを抑えることができなかった。
決断するとバーナビーの行動は早かった。
シャワーを浴びますね、と言って虎徹を置き去りにしてさっさとシャワー室に行ってしまい、濡れた髪をタオルで拭きながら出てくると、
「何か着る物ありますか?」
と言って、虎徹が恐る恐る出してきた客用の一度も使った事のないバスローブを無造作に羽織る。
「おじさんもシャワー浴びてきてください。その間に準備をしておきますから」
準備てなんの?と思ったが勿論聞けるはずもない。
虎徹はおどおどとシャワーに向かった。
シャワーを浴びて出て2階の寝室に戻ると、バーナビーが虎徹のベッドに腰を掛けて寝室を見回していた。
「おじさんらしい部屋ですね?」
相変わらず落ち着いた声だ。
自分だけが緊張してどきどきしているんだろうか。
バーナビーにとって、こういうシチュエーションは慣れているものなのかも知れない。
考えてみると、虎徹は、バーナビーの過去について何も知らない。
彼の過去も、過去にどんな男と付き合っていたかとか、あるいは女性と交際があったか、とか。
恋人が居なかったかも知れないしいたかも知れない。
殆ど遊んでこなかったのかもしれないし、反対に相当な男性遍歴があったとしてもおかしくないわけだ。
(…………)
そう思うとなんだか胸の中にもやもやがまた浮かんできて、虎徹は眉を寄せた。
バーナビーが寝室の入り口で立ち止まった虎徹を見て、手招きをしてきた。
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