◆marionette◆ 







どうして身体が動かないのか分からなかった。
何故。どうして……。
立ち上がろうとしてくらりと眩暈がして、虎徹は力無く膝を突いた。
訳が分からず顔を上げると、大きな嵌め殺しの硝子窓を背景にして、マーベリックのシルエットが黒く視界に映った。
「薬が効いてきたようだね」
マーベリックの言葉が耳から脳に届いて、漸く虎徹は、自分が薬を盛られた事に気がついた。
まさかマーベリックがそういう事をするとは、――信じられない。
でも何故…?
マーベリックが悠揚迫らざる足取りで虎徹に近付いてきた。
「何故かと思っているね、虎徹君」
マーベリックが悠然と微笑んだ。
「教えて上げよう。それは、君がバーナビーを悪い方向に導いたからだよ。君さえいなかったら、バーナビーは私の思う通りに生き、全く疑念を抱かなかったはずだ。記憶もほころびる事がなかった。みんな君のせいだ。…もっとも、君をバーナビーとコンビにしたのは私だからね、私の見込みが狂ったというのも原因ではあるが。…それにしても君がこんなに頑迷で私に対抗しうるだけの精神力を持っていたとはね、…誤算だったよ」
「……え…?」
「分かっていないようだね、まぁいい。とにかく君をこのまま放置して置くわけにはいかない」
マーベリックが何を言っているのかよく理解できなかった。
自分は確か、バーナビーの様子を知りたくて、ここ、アポロンメディア社のマーベリックの部屋にやってきたはずだ。
マーベリックから、ここにバーナビーがいると連絡を受けて。
体調が悪いが、休んでいるから大丈夫、だが、自分に会いたがっているから、すぐ来てくれ、と言われて。
スケート場で気まずい別れ方をしてしまってそれから気になって居ても立っても居られなかったから、連絡を受けてすぐに駆けつけた。
会いたかったが、その前に紅茶でも、と言われて気分を落ち着けるために紅茶を飲んだ…。
「マーベリック、さん…?」
すっかり身体が動かない。床に頽れて顔だけ漸く上げる。
黒いシルエットとなったマーベリックが近寄ってきた。
襟首を掴まれて引き摺り上げられる。そのままソファに寝転がされて、虎徹は困惑した。
「君さえいなければ、バーナビーがあんな風になる事もなかった。誤算だったよ、本当に。最初はバーナビーをいい方向に導いてくれると期待していたんだがね。…全く、君も、バーナビーの両親と同じか…」
「…え、…何、言ってるんですか…?」
バーナビーの両親、というセリフに頭の中で警鐘が鳴る。
何を言ってるんだ、この人は、と思わずマーベリックを見つめると、マーベリックが分厚い唇を歪ませて笑った。
「教えて上げよう。バーナビーの両親を殺したのは、私だ」
「………」
まさか、と思ったが、マーベリックが嘘を吐いているようには見えなかった。
だがまさか…。いや、本当なのか?
「疑っているのかい、でも真実だよ。虎徹君。君はバーナビーの両親のように真っ当で正義感が強くて…青臭い。本当にそっくりだ。…成る程、バーナビーが君に惹かれる理由も分かる。些か面白くないがね」
バーナビーは私が手塩に掛けて育てたのに、と肩を竦めて自嘲するマーベリックを、瞬きも出来ずに眺める。
そんな、まさか…いや、でも、真実なのか、どうして。
「バ、バニーはっ?」
バーナビーはどうしているんだろう。この真実を聞いたのか、そうだとしたら彼が正気でいるはずはない。
いや、マーベリックに拉致されているのか。
だがバーナビーはネクストだ。マーベリックに拘束されているはずもない。
その時、部屋の奥の扉がすっと開いて、ぱぁっと室内に金色の光が差した。バーナビーの金髪に照明が当たったのだ。
「バニー…!」
バーナビーの姿に、虎徹は叫んだ。
「バニー、…バニー、大丈夫か?」
バーナビーが虎徹を一瞥する。
興味を示さないような緑の目。冷たい視線に背筋が冷えた。
「バニー…?」
「マーベリックさん、お呼びですか?」
虎徹を一瞥しただけで、バーナビーは振り向きもせずにマーベリックの方へと歩を進めた。
マーベリックがにこやかな笑顔を作る。
「君に新しい玩具をあげよう。さぁ、ここで、彼と遊んでみてくれないか?彼のことは分かっているだろう?」
バーナビーが虎徹を見下ろす。
「えぇ、僕の相棒の虎徹さんですよね」
そういう彼のセリフにはなんの感情も籠もっていなかった。
昨日、スケート場であれほど激高して、自分をなじって涙まで流した彼と同一人物とはとても思えない。
「一体、バニーに何したんだ…」
マーベリックが薄く笑った。
「私にとってバーナビーは大切な秘蔵っ子だからね。君なんかに惑わされるようじゃ困るんだよ…。さ、バーナビー、私の見ている前で…」
「えぇ、マーベリックさん、楽しんでくださいね?」
バーナビーが近付いてくる。
「バニー、…バニー、目を覚ませ…どうしたんだ?俺だ、虎徹だ…」
声が震えた。
バーナビーが間近で虎徹を見つめてきた。艶然と微笑む。
「分かってますよ、虎徹さん。あなたは僕のバディの虎徹さんじゃないですか」
そう言いながら、虎徹をソファに押し倒して、ネクタイを解きに掛かる。
衣擦れの音を微かに立ててネクタイが解かれ、ベストとシャツのボタンが外され、脱がされる。
スラックスのベルトが抜かれ、下着もろとも足から引き抜かれる。
「バニー、…何を…」
語尾が震えた。身体は重く、全く動かない。
ただ、末端神経だけが過敏になっているようで、触れられる度に戦慄が走る。焦燥に汗が滲む。
「私からバーナビーを奪おうとした罰だよ、虎徹君。バーナビーは私のものなのでね。君に渡すわけにはいかないんだよ」
「バニー、どうした…。なぁ、バニー、俺だ、虎徹だ。…分からねぇのかよ。昨日、スケート場一緒に行っただろ…」
必死で言葉を紡ぐが、バーナビーには全く届いていなかった。
口角を上げてバーナビーが美しい笑顔を作る。
カチャリ、と金属音を立てて、バーナビーが彼のズボンのベルトを外しジッパーを下げた。
下着の中から彼の育った長いペニスを取り出すのを、虎徹は為す術もなく見つめた。
「よせ…バニー…」
身体が動かない事に加え、バーナビーがまるで別人になっている事も相俟って名状しがたい恐怖が全身を震わせる。
マーベリックが敵なのは分かったが…バーナビーもなのか。どうして。
「バニー、目を覚ませって…バニー……ぁっ、うあぁっっっ!!!」
焼けた鉄の棒が体内の中心に突き込まれるようだった。
脚をぐいっと広げられ身体を折り曲げられ、あられもない格好をマーベリックとバーナビーの二人に晒したかと思う間もなく、アナルにバーナビーの凶器が容赦なく突き立てられた。
目の前が真っ赤になる。
引き裂かれる激烈な痛みが、尻から脳髄まで瞬時に走る。
柔らかな脳味噌に鋭い針を何千本も一斉に突き立てられる。
「…ぁ…あ…っァ……バ、ニ……」
鉄錆の匂いが部屋に立ちこめる。
バーナビーにのし掛かられ呼吸ができず、肺が悲鳴を上げる。
僅かに動かせる手でバーナビーを押しのけようとするが、殆ど力の入らない手では全く効果がなかった。
「可愛いね、虎徹君。…バーナビーのように、君も私の思い通りに動いていればいいんだよ。どうだい、バーナビーに抱かれる気分は。…好きだったんだろう、バーナビーの事が…」
ズッズッと肉の擦れ合う生々しい音に被さるようにマーベリックの冷徹な声が聞こえる。
全身が冷たい汗で湿り、虎徹は痛みに返事も出来なかった。
純粋な肉体の痛みが、理性も思考も凌駕する。
少しでも痛みを紛らわそうと無意識にバーナビーに合わせて腰を動かし、衝撃を和らげようと顔を振る。
「ぁ…ァ…っ…や、…い、てぇっっ…バニ…や、めろって…あ、あっあっ!」
「バーナビー、虎徹君の事も気持ち良くしてやりなさい」
「ええ、分かりました」
バーナビーが虎徹の萎えきって縮んだペニスを無造作に掴んできた。
同時に突き入れたペニスで腸壁を掻き回し、前立腺を抉ってくる。
「はっ…――っっっ!」
鋭い痛みの中に甘い快感が生じて虎徹は戸惑った。
快感を感じたくなくて身体を退こうとするが反対にバーナビーのペニスが深く虎徹の内部を犯してくる。
腸壁越しに執拗に前立腺を擦られて、下半身が痺れる。
甘くとろけるような快感が全身の神経を伝わって、虎徹を懐柔してくる。
「や、っ…ァ…はっ…あ……い、っっ…だ、めだっ…バニ…っ、バニ…――っ」
ペニスの先端に爪を立てられて、一瞬目の前が真っ白になった。
全身が硬直しぶるぶると痙攣し、そして熱いうねりがペニスから奔流となって迸る。
目を張り裂けんばかりに見開いて、虎徹はバーナビーを凝視した。
バーナビーは妖艶に微笑んでいた。今までに見たことの無いような笑顔だった。
昨日の彼は、見捨てられた幼児のように不安な瞳で自分を見つめ、怒りに満ちた目で睨み、涙を溢れさせて、むき出しの感情を自分にぶつけていた。
綺麗な涙だった。守ってやらなければ、と思った。
自分以外に、彼を守ってやれる存在はいない。
自分を慕って頼ってくれる彼が愛おしかった。
電話もした。マンションの方にも行った。どこにもいなくて、心配で眠れなかった。
家のことも、自分の能力減退の事も一時忘れて、バーナビーの事だけを考えていた。
「……ぁ、……」
バーナビーが自分の中で容積を増して、それから熱い粘液を流し込んできたのが分かった。
腹の奥がかっと熱くなった。
「バニー…」
名前を呼んでも、バーナビーは反応しなかった。
ふっと笑って、ずるり、とペニスを引き抜く。
その感触がたまらなくおぞましくまた快感で、虎徹は小さく呻いた。
「…バ、ニ…」
バーナビーが冷えた視線を送ってくる。
どうして。…バニ−、俺だ。忘れちまったのか、俺だよ、バニー…。
「バーナビー、楽しんだかい」
「えぇマーベリックさん」
「それは良かった。私も楽しめたよ、虎徹君。君は可愛いね…」
マーベリックが近寄ってくる。脚を大きく広げたままの格好で虎徹はマーベリックを見上げた。
顔が近付いてきて、分厚い唇が虎徹の唇を覆う。
ねっとりと蛞蝓のように這い回って、深く口づけられる。
「ぅ……っ…」
舌を吸われ絡め合わされて、吐き気がする。
顔を背けようとするが、顎を掴まれてできなかった。
思うさま咥内を蹂躙されて、絶望的な気持ちになる。
もう、どうしたらいいのか分からなかった。
この事態そのものが理解できなかった。
マーベリックがバーナビーの両親を殺した。バーナビーは昨日までのバーナビーではない。
自分は…自分はどうなる…?
「怖がることはない。君もすぐにラクにしてあげよう。虎徹君…」
唇を離してマーベリックが耳元に囁いてきた。
涙で潤んだ目を向けると、間近にマーベリックのグレイの瞳と目が合った。
得体の知れない恐怖に瞬きも出来ない。
マーベリックの目が、青く変化した。
…ネクスト……まさか……!
蒼白になってマーベリックを見上げる。
マーベリックの掌に白い光が集まる。
目映いその光が、球体となって輝く。
その手が自分の頭に押し当てられるのを、虎徹は呆然と見つめた。
嫌だ。でも、逃れられない。
「おやすみ、虎徹君…君もバーナビーと同じにしてあげよう…」

最後にマーベリックの声が微かに聞こえて、そこで虎徹の意識は途切れた。





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