◆HONESTY◆ 12
それからというもの、バーナビーはぱったりと虎徹を自分のマンションに呼ぶのを止めた。
勤務時間内には前と同じようににこやかに、自分の気持ちを押し隠して接する。
トレーニングセンターにも行って、仲良く談笑する。
最初は拷問のように苦しかった。
が、虎徹を家に呼ばなくなってだんだん日数が経つと、バーナビーは少しずつではあるが自分を制御できるようになってきた。
虎徹が他の誰かと仲良くしていても、前のように全身が震えるような嫉妬や苦しさは無くなった。
その代わり、あきらめの、わびしく空しい感覚が広がる。
それでも、激しい衝動がなくなっただけマシだった。
仕方がない。
これが自分のできるぎりぎりの手段なのだ。
寂しい。
寂しくて空しい。
空しくて、どうしていいか分からなくなる。
でも、感情は制御できるようになってきた。
……それだけでもマシじゃないか。
朝起きて虚しさに胸がかきむしられるように苦しくても、それでも、破壊衝動やどうしようもない苦悶は無くなってきた。
これでいいんだ。
会社に着いても、できるだけ虎徹とは顔を合わせないようにした。
デスクに座ってパソコンに向かっていると、彼が隣のデスクから、ちらちらと自分を眺めて来るのが分かる。
何か物言いたげな茶色の瞳が、じっと自分を見ている。
その視線に焼かれるようだった。
彼の視線が当たる頬が、熱くなる。
だが、ここで目を合わせてはいけない。
こちらを見ているのには気付かないふりをしてパソコンに向かい、無闇にキーボードを叩く。
今やっている仕事など頭から吹き飛んでしまって、彼の視線ばかり気になる。
それでも、絶対彼の方を見てはいけない、と思った。
やがてバーナビーが全く反応しないの事にあきらめたのか、ふっと虎徹が視線を逸らした。
気落ちしたように俯いて、それから所在なくパソコンを弄る。
それをバーナビーは、顔を動かさず目だけぎりぎり動かして見た。
虎徹の俯いた表情、どこかものさびしげな様子。
そんなものが目に入ると、胸が詰まった。
しかし、ここで挫けてはいけなかった。
どうしても、彼を失うことはできない。
彼を失わないためには、今ここで自分が寂しさや苦しさに負けてしまってはいけない。
今まで頑張ってきた戒めを、破るわけにはいかなかい。
虎徹が一度俯いて、項垂れた。
それから思い切ったように立ち上がる。
そして大股に歩いて数歩、自分の隣に来た。
バーナビーは緊張で身体を堅くした。
「なぁ、バニー」
「……はい?」
できるだけ平静を装って、顔を上げる。
虎徹が真剣な顔をしていた。
「今日さぁ、お前んち、行っていい?」
その言葉に一瞬、嬉しさで心が跳ね躍った。
今までもう何回も虎徹を自宅に呼んで、セックスをしてきた。
が、それはいつもバーナビーの方から虎徹を誘うのであって、こんな風に虎徹が自分から来たい、と言ってきた事はなかった。
以前だったら、その言葉を聞いてどれだけ喜んだ事だろうか。
いや、今だって心が躍っている。
彼の方から言ってきてくれるなんて、それだけで、涙が出るほど嬉しい。
――けれど、絶対にダメだった。
「いえ、…すいません。…今日は用事があるので…」
目線をずらしてそう言うと、あきらかに虎徹が落胆するのが分かった。
「あ、そう…じゃあさ、明日は…?明日行っていい?またメシ作るからさ、俺」
虎徹が必死なのが分かる。
バーナビーの心は引きちぎられそうに痛んだ。
そんなに必死になって欲しくなかった。
「いえ、明日も用事があるんですよ、すいませんね、おじさん。あの、家に来てもらいたい時は僕の方から言いますので…」
振り切るようにしてそう言うと、虎徹が傷ついたような表情をして俯いた。
心にぐさり、と鋭い矢が突き刺さったように痛んだ。
彼にこんな顔をさせたくはない。
彼にはいつも笑っていてほしい。
それなのに………。
自分がこんな顔をさせている、と思うと心に更にぐさぐさと矢が刺さってきて、鮮血が噴き出すようだった。
けれど、いくら血が噴き出そうと、ここで自分にかけた戒めを破ることはできなかった。
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