◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 5







「こんちはー」
「あ、ワイルドタイガーさんですね、ようこそいらっしゃいました」
スタジオには車で行った。
駐車場に車を駐めてスタジオの入っているビルの受付に顔を出すと、予め連絡が行っていたらしく、受付の若い女性ににこにこされながらインタビュー用のスタジオに通される。
その日は、アポロンメディア社に移籍してから初めての取材だった。
更にそのテレビ番組は、バーナビーが爆弾発言をしたのと同じ番組だった。
違う所と言えば、バーナビーの場合は生放送だったが、虎徹の場合は録画、という事だ。
録画なので少しはほっとしたが、一人でインタジューに応じるなどという経験をした事がない虎徹は緊張していた。
とりあえずスタジオに行く。
アイパッチは着けていたが、ヒーロースーツを着ていない普段着の状態で単独取材を受けるのも、ヒーローになってからの10年間で初めての事だ。緊張する。
案内されてソファに座ると、周囲はカメラマンなど雑多な人々が仕事をしていて、純粋にすごいと思った。
先日テレビで見たインタビュアーがにこやかな笑顔で入ってきた。
同年代の女性だ。何を突っ込まれるかと緊張が増す。
開始の合図と共にカメラが回ってインタビューが始まった。
「初めましてワイルドタイガーさん、今日はお越しいただきありがとうございましす」
「あ、いや、その…はい、こちらこそよろしくお願いします」
「あれ、緊張していらっしゃいますか?」「
「はぁそりゃぁ、その、俺、こういうのは初めてなんで…」
「そう言えばそうですよね。タイガーさんはヒーローを長年していらっしゃいますけど、今まで私たちは出動中のヒーロースーツを着たタイガーさんしか見た事無いんですよね。こうして私服のタイガーさんとお話できるなんて、光栄です」
「…そりゃ、どうも…」
ごにょごにょと話す。
アイパッチを着けているとは言え、カメラがズームインして自分の顔を大きく映してくるので恥ずかしくなって、虎徹はおどおどと目を伏せた。
「ところで、早速本題なんですけど…」
(……きた…)
心臓がきゅっと縮んだ。平常心平常心…何度も心の中で唱える。
「コンビを組んでいらっしゃるバーナビーさんが熱烈告白されましたよね。私あの時バーナビーさんのインタビューをしていて驚愕したんですけど。…タイガーさんはお受けになるんですか?」
インタビュアーが虎徹を覗き込むように身体を乗り出してくる。
僅かに後退りながら虎徹は目線を逸らした。
「あーいや、……そのー…その話はなしって事で。…会社から返事するなって言われてるんすよ…。すんません…」。
「取り敢えず、付き合ってはいらっしゃらないんですか?」
「付き合うも何も…。寝耳に水っていうか、俺も知らなかったし…はぁ…」
「タイガーさん、お困りなんですね?」
「いや困るっていうか、バニーは大切な相棒ですからね…なんて言ったらいいか…」
カメラが迫ってきて目の遣り所に困る。
目線を左右に彷徨わせながら口籠もり、髪をくしゃっと掻き回して後頭部を掻く。
それから落ち着かなく瞬きをして、インタビュアーを上目遣いに見る。
『もう許して』、という感じに窺うと、インタビュアーが『あら』、という顔をして笑った。
「タイガーさんって、可愛い方なんですねぇ。…バーナビーさんがおっしゃってた意味がちょっと分かった気がします」
「……は?」
「いえいえ、こっちの話です。じゃあ、タイガーさんが困っていらっしゃるみたいだから、話題変えますね。最近のヒーロー出動情勢っていかがですか?」
やっと普通の話題に戻ったのでほっとして、虎徹は顔を上げた。
インタビュアーが笑い掛けてきたので、応えてちょっと含羞みながら笑う。
彼女が更ににこにこし、それ以降は和やかに番組を収録する事ができた。










「あらあら、最近すっかりタイガー人気だねぇ」
数週間後。その日もヒーロー事業部で椅子に身体を投げ出してぼんやりしていると、斜め向かいのデスクで雑誌をぱらぱらと眺めていた経理のおばちゃんに皮肉気味に言われた。
「ああー、そうかな…」
まぁ自分でもちょっと戸惑っている。何故か分からないが、どうやら巷で人気らしい。
最初は、あの大人気ヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.が熱烈に愛している同性の相棒、という事で結構下世話に興味本位で見られていたのだが、雑誌やテレビで顔出しを頻繁にするようになったら、風向きが変わってきた。
『大人の魅力満載、ワイルドタイガー!』とか。
『ワイルドタイガー、…30代の色気』とか。
『大人の色気と子供の可愛さが同居した究極の可憐さ』とか、よく分からない言葉まで付けられた。
確かに、今までマスコミに顔を出した事がなかった。
アイパッチ自体も、アポロンメディア社に移籍して新しいヒーロースーツを着るようになってから支給されたものだ。
その前は、アイパッチを着けて私服で表に出るなんていう事自体無かった。
青いトップマグ社のヒーロースーツを着ている姿しか衆目に晒して無かった訳で、その点、物珍しいのかもしれないが。
(にしてもなぁ……)
「これなんて、凄いじゃない?アンタ色っぽく撮れてるねぇ?」
おばちゃんがにやにやしながらグラビア雑誌を放り投げてきた。
「おばちゃん、それ見たのっ!恥ずかしいからやめて……」
虎徹は思わず悲鳴を上げた。
そのグラビア雑誌は先日、ワイルドタイガーの特集をするから、という事で、写真を撮られたものだった。
虎徹は生まれて初めて自分が主役で、専門のスタジオで写真を撮られることになった。
さすがに専門のカメラマンは上手で、緊張している虎徹に対して巧みに言葉を掛け、気分をリラックスさせてくれたり時折笑いも交えながら、終始和やかに撮影してくれた。
虎徹もまぁ、こんな気楽な感じならラクかぁ、と思っていたのだが、できあがった写真を見て、さすがに羞恥で顔が赤くなった。
表情の大アップがある。
虎徹はそのグラビア雑誌を、トレーニングルームでトレーニングをしている時にネイサンから見せられた。
ネイサンが、『まぁ、タイガーったら色っぽいわねぇ』と絶賛していたので、(はあ…)、と思って見たのだが、確かに自分ではないように色っぽく写っている。
どれどれ、と他のヒーロー仲間も覗き込んできて、ひとしきり話題になった。
『こりゃカメラマンが上手だからだよ』、と言っておいたが、非常に恥ずかしい。
「これなんかよく撮れてるじゃない、アンタって黙ってるとかなり色っぽいねぇ?」
おばちゃんが雑誌の該当ページをひらひらさせて虎徹に示した。
それは、虎徹の顔を上の方から見下ろして撮ったもので、最初は目を伏せ、伏し目がちにしている所から連続で何枚か、最後には目を上げてカメラを見上げている表情だ。
「この睫なんてほんと長いわぁ…それにアンタの目って色がすごく綺麗ねぇ。今こうしてると普通に茶色なのに、この時ってなんか金色に光ってるんじゃない?」




「いや、そりゃ、カメラマンの腕が良いからじゃね?」
「それだけじゃないよ。唇もぽってりとしちゃって、まー可愛いねぇ…」
などと言われて微妙に気持ち悪くなった。
その写真が出版された直後、テレビの某バラエティの『巷の人にインタビュー』という人気番組で、その写真を見てワイルドタイガーの魅力について一般人に聞くというコーナーがあった。
それを虎徹はマスコミ関係者からそういう放映があると教えられて見たのだが、その時も同じような事を一般人が言っていた。
『ワイルドタイガーって、最近格好いいわよね』
『ワイルドタイガーって前は変なスーツ着てたけど、実際はこんなに色っぽい人だったのねぇ…』
などと、街行くおばちゃんたちがかしましくインタビューに答えている。
『ワイルドタイガーって素敵…』
写真雑誌を見せられてうっとりするマダムもいれば、意外な事に自分と同じぐらいかそれより上の男性がかなり自分を支持していた。
『いや、ワイルドタイガーは素晴らしい身体をしているよ。僕もこんな風に鍛えたいもんだね』
と、40代前半と見られる男性が示したのは、表情写真の後に、『じゃあ、身体撮りまーす』と言われて、スタジオにある器具を使ってトレーニングをする様子を撮った物だ。
Tシャツに短パンという所謂普通のスタイルで撮った物で、虎徹は全然気にしていなかったが、写真で見るとなんとなく自分ではないような、変な感じがする。
その他、ちょっと大人向きショット撮りますね、と言われ、シャワー上がりというテーマで撮られた。
アイパッチはしたままだが、シャワーを浴びて髪の毛も濡れたまま、腰にはバスタオルを巻き、しどけなく籐椅子に座って足を組んでいる写真だ。
ぼんやりと宙を見ている
こんなのどこに需要があるんだよ、と思ったが、テレビのインタビューを見ると、この写真を見た女性も男性もみな一様にうっとりとして見入っているから、需要があるんだろう。
『本当に水も滴るいい男って感じよねぇ、素敵だわ…』
『この写真のタイガーは色っぽいね。濡れた唇とか髪の毛がいい。身体が水滴を弾いているのは肌に張りがあるからだろうね。筋肉もすごく綺麗だ。腰は細いし引き締まっているし。彼がこんなに魅力的だったとは思いもしなかったよ』
などと、テレビで言われて、恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちになった。
その写真をおばちゃんが見ていたので、虎徹は顔を真っ赤にした。
「アンタもともとは素材はいいんだからさ、もっと堂々としててもいいんじゃないの?まぁでもカメラマンって魅力的に撮るの上手だわね」
「そりゃプロだからなー。何割か増しに撮ってんだよな、あーやだやだ…」
こんな風にマスコミに出てしまうのは、自分としては不本意だった。
バーナビーは元々顔出し本名出しでマスコミ活動もメインに据えているから、良いかもしれない。
が、自分は添え物なんだし…。
(あぁ、やだな…恥ずかしい…)
などと少し躊躇した含羞んだような態度も、何故か人気の的らしい。
虎徹自身はあまりテレビや雑誌に出たくないのだが、かなりオファーが来ているらしい。
ロイズがその中からセレクトして出演するものを決めているようだが、正直勘弁してくれとも思う。
ただ、ちょっとマシなのは、出演してもバーナビーの事を聞かれなくなった事だ。
バーナビーはあの爆弾発言後も雑誌の取材などに応じているが、その度に『僕が一方的に好きなだけなんで、タイガーさんを困らせないでください』と発言してくれている。
そのおかげで、マスコミの方でも、虎徹にその話を振ってくることはなくなった。
どうやら世間一般的にも、バーナビーが一方的に虎徹を好きなのであって、虎徹は困って返事を保留中、という風に思われているらしい。
『最近タイガーさん、結構雑誌に出てくるようになって人気ですもんね』
『えぇそうですねぇ、僕としてはタイガーさんの魅力にみんなが気付いてくれて嬉しい反面、僕だけが知っていたタイガーさんの魅力をみんなが知る事になっちゃうのでちょっと残念というか、複雑な気持ちです』『でもバーナビーさんの言ってる事分かりましたよ。本当にタイガーさんって可愛くて色気のある方ですね』
『そうでしょう?あんなに可愛い人はいませんよ。それに優しくて思いやりのある方なんです。一緒に仕事ができるっていうだけで幸せです』
などと今日も雑誌の1ページにバーナビーのインタビューが載っている。
些か辟易しながら読んでいると、ロイズが部屋に入ってきた。
「虎徹君、いたのかい」
「あ、はい。今日は特に何もないんで、事務仕事でも片付けようかなと…早いとこ片付けて提出しますんでちょっと待ってください」
「あぁ、まぁ遅くなっても大丈夫だよ。それよりね、最近は君もすっかりマスコミで稼ぐようになったから、なかなかいい傾向だよ。今度二人でコマーシャルに出る話も来てるからね、ちょっと考えておいてね」
と、前だったら確実に怒っていたであろう提出書類の遅延については言及せずに、にこにこ機嫌良く話しかけてくる。
「えー、…俺もっすか?」
「君たちタイガー&バーナビーでしょ。コンビでやるからいいんだよ」
「そうですかねぇ」
「あ、それから君ねぇ、テレビのコメンテーターの話も来てるから、ちょっとその資料読んでおいて」
ロイズが分厚い資料をぽんと虎徹のデスクに置いた。
「はぁ…?そんなの俺にできますかね」
「大丈夫大丈夫。君、ほら、ヒーローについて一家言のある人でしょ。その辺をしゃべってくればいいんだよ。みんな君のヒーロー観とか聞きたいみたいだからね。君なりに自分で考えて発言していいから」
「……はぁ」
デスクに置かれた分厚い資料を見ると、そのテレビ番組は『ヒーローの変遷』というドキュメンタリーで、今までのヒーローTVからシュテルンビルトでのヒーローショーの流れ、あるいはヒーローの活動について、司法局との関連や犯罪の推移との関係、などという真面目な側面から分析するというものだった。
これのコメンテイターの一人という事で、ワイルドタイガーの出席となっている。
「へぇ、こういうのもあるんだ」
「そうそう、最近バーナビー君ときみの効果でヒーローについての注目度も上がってるし、ここでまたヒーローについて周知度が高まれば視聴率も上がるし、言う事無いよ。この番組は、君の好きなように発言して大丈夫だから、君も気楽に出演しなさいよ」
「へーい」
これならば番組の中で、バーナビーとの話を振られる可能性はまずない。
虎徹はちょっと嬉しくなってその資料を読んだ。






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