◆HONESTY◆ 15
「そ、そんな事ないです…」
できるだけ平静を装おうとしたが、声は震えてしまった。
虎徹がバーナビーを間近で見て、射貫くような視線を向けてきた。
「…でも、俺の事呼ばなくなったじゃねーか。……なんでだ?俺はもう用済みか?」
虎徹の感情を押し殺した声が、耳元に響く。
それだけでバーナビーは、自分が必死に守ってきた戒めがいとも簡単に解けてしまうのを感じた。
――駄目だ。
でも……、こんな風に抱き締められ、問い掛けられて……。
……どうして平静でいられようか。
「用済みならちゃんとそう言ってくれよ。そうじゃねぇと俺はどうしたらいいか分からねぇ…。俺はもう、要らないのか?」
もしここで要らないと言ったら、どうなるのだろうか。
彼は自分から手を離して、帰ってしまうのだろうか。
……それは嫌だ。
そんな事、耐えられない。
今こうして自分を抱き締めている彼が、いなくなる。
この温もりを失う。
……と考えただけで、もう、パニックに陥りそうだった。
返答できずにただただ震えていると、虎徹が更に言葉を続けた。
「お前が俺を呼んでくれなくなって、俺は寂しくてどうしたらいいか分からなかった。お前はいつもと同じ様子で平然としている。もう、俺が必要なくなったんだったら、それはそれで良いことだとは思った。だって、もともと、お前の家に来るってのはさ、お前を助けるために始めた事だったもんな。……でも、……俺は駄目だった」
虎徹が顔を少し離してバーナビーの顔を覗き込んできた。
「バニー、こっち向けよ…」
真摯な、低く響く声で言われて、逆らう事ができなかった。
のろのろとスローモーションのように顔を動かして、バーナビーは虎徹を見た。
虎徹の深い茶色の瞳が、自分をじっと見つめていた。
目線が合うと、もう離せなかった。
息も詰まるような緊張に震えながら、バーナビーは虎徹の目を見た。
必死な、激しい感情を籠めた瞳だった。
虎徹がこんな風に余裕のない様子を見せてくるのは、初めてだと思った。
彼は自分よりも10歳以上年上で、尚且つ仕事の上でも10年のキャリアのあるベテランという事もあってか、自分の前では常に余裕のある表情をしていた。
それが表向きのものであったとしても、内面を見せたりはしなかった。
飄々とした、あるいはへらへらとした態度を取って、必死な表情を見せることはまずなかった。
けれど今、自分を見つめてくる虎徹の顔は、真剣で必死だった。
「バニー……悪い。俺、お前が好きなんだ…」
虎徹が静かに囁いてきた。
「今まで気付かなかったけれど、お前に避けられて、…それで分かった。もし嫌なら拒絶してくれよ。お前が本気で拒絶したら俺はお前に勝てない。忌々しいけれどお前の方が体格も良いし強いからな。……バニー、好きだ。お前が好きだ…」
そう言って虎徹はバーナビーの顎に手を掛けてきた。
バーナビーを見つめたまま、唇を重ねてくる。
深い、何もかも見通すような琥珀色の瞳が迫ってきて、バーナビーは思わず目を閉じた。
ふっくらとした、それでいてややかさついた唇の感触がする。
柔らかく押しつけられ、少し触れ合ったままで上唇を食まれた。
動けないでいるうちに、舌が歯列をなぞってきて、舌先がとんとんと歯列を叩いてくる。
無意識にバーナビーは唇を開いていた。
虎徹の舌がぬるり、と咥内に侵入してくる。
尖った舌先がバーナビーの上顎の裏側をなぞり、舌を探ってくる。
思わず彼の舌に応じて舌を伸ばしてしまうと、その舌を絡め取るように彼の舌が巻き付いてきた。
「んっ……ぅ…」
虎徹の舌がそれ自体生き物のように蠢いて、バーナビーの舌を刺激してくる。
味蕾が擦れ、ぞくぞくとした戦慄が走り抜ける。
舌の横をつつかれ、裏側を舌先でなぞられて、バーナビーは息も出来なかった。
虎徹と今までも何度も口付けをしたきた。
けれど、こんな風に全身が震え、熱く溶けるような感覚は初めてだった。
『お前が好きだ』
そう言った虎徹の声が、頭の中で何度も繰り返される。
夢にまで見た言葉だ。
本当だろうか。
信じられない。
これは、夢なのではないか。
自分がそうであって欲しいとあまりにも望んだから、都合の良い白昼夢を見ているのではないか。
本当は彼は今目の前に存在せず、自分は一人きりで妄想に耽っているだけなのではないか。
そんな風な恐怖が込み上げてきて、バーナビーは虎徹にしがみついた。
彼が自分の目の前に確かに存在する、という事を、確かめたかった、
両腕を虎徹の肩に回し、抱きつけば、そこには確かに暖かな体温を持った身体が存在している。
夢ではない。
しかもそれは、自分が心の底から欲していた相手なのだ。
胸がいっぱいになって口も聞けなくなって、バーナビーは唇を噛んだ。
嗚咽が漏れてきそうだった。
必死で耐えるが、視界が潤んだ。
目をぎゅっと瞑ると目尻から涙が溢れて頬を伝った。
虎徹の肩に頬を押しつけて、彼に顔を見られないようにして、バーナビーは肩を震わせて泣いた。
虎徹が慈しむようにバーナビーを抱き締めてきた。
「バニー…愛してる…」
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