◆Mimosa◆ 1
「バニー、今日、うちに来ないか?」
その日は出動もなく、虎徹は一日ジャスティスタワーのトレーニングセンターとアポロンメディア社のヒーロー事業部を行き来して、トレーニングと事務仕事に明け暮れた。
終業時刻間際になって虎徹は、隣のデスクに座ってディスプレイに向かっているバーナビーに声を掛けた。
バーナビーが虎徹の方を向いて、微笑する。
「いいんですか?」
「あぁ」
「じゃあ、お邪魔します」
話が決まれば途端にそわそわする。
虎徹は既に帰り支度をして形だけつけていたパソコンの電源を落とすと、立ち上がった。
バーナビーと初めてセックスをして以来、虎徹はバーナビーと定期的に関係を持っていた。
殆どは虎徹がバーナビーのマンションへ行くという形だったが、たまに自分の家に呼ぶこともあった。
頻度としては数日から一週間に一度程度だろうか。
休みが入るとそのままバーナビーのマンションに泊まる事もあった。
バーナビーとは最初にセックスした時から、全く支障がなく自然にその行為ができていた。
我ながら驚くほどだった。
今まで同性を性愛の相手として考えた事が無く、セックスと言えば女性とする物という固定観念を持っていた虎徹にとっては、ある意味カルチャーショックとも言えた。
バーナビーとのそれは心地良く、十分過ぎるほどに快感を得られ、女性とのセックスとはまた違った、いわばより興奮度合いの大きい物だった。
更に、性行為とは相手を労り優しく丁寧に接するものだと思っていた虎徹にとって、バーナビーとのそれは今までの自分の固定観念を覆すようなものだった。
セックス自体が久し振りという事もあったかも知れない。
バーナビーとのそれは、互いの剥き出しの欲情をぶつけ合うような激しいものだった。
自分よりも10歳以上若いバーナビーの性欲に引き摺られて、虎徹も全身が沸き立つような興奮を覚えた。
セックスだけではなかった。
何度も身体を重ね、彼の生の反応や感情を露わにした仕草、自分に甘えてくる様子などに馴染んでくればくるほど、虎徹にとってバーナビーは、ただセックスの相手と言うだけではなくなってきた。
もっと近付きたい、心も触れ合わせたい、大切にしたい、と思う存在になってきた。
客観的に見ても、バーナビーほど外見的に優れた人間はそうそういないだろう。
すらりと背が高く理想的な体型をして、まるでギリシャ神話の神々の彫刻のように端正だ。
肌は抜けるように白く肌理細やかで、ふわふわの美しい金髪に澄み切ったエメラルドグリーンの瞳。
まず、外見だけでも群を抜いた存在である。
更には頭脳明晰で、運動神経も勿論いい。
上品な物腰も板に付いた申し分のない人物である。
もし彼が4歳の時に両親を殺害されておらず、ロボット工学の権威だったという両親の元で健やかに育っていたら、今頃シュテルンビルトの上流階級の中で彼の容貌や頭脳にふさわしい地位に就いていただろう、と虎徹は思った。
勿論今だってヒーローとして人々の耳目を集め、やや意味は違うが有名人となり人気を博しているのだから、やはりバーナビーは特別な人間だ。
彼さえその気になれば、素晴らしい相手がすぐに見つかりそうでもある。
性嗜好が同性愛だからと言っても、別にこのシュテルンビルトでは珍しい事ではない。
確かに数的には少数派に属するが、ここシュテルンビルトでは同性愛異性愛に限らず結婚することもできるし、子供が欲しければ男性同士のカップルでも養子を取る事ができるし、卵子を提供してもらって代理出産も出来る。
バーナビーのように頭脳明晰眉目秀麗となれば、その相手として名乗りを上げる者は引きも切らないだろうし、バーナビーにふさわしい所謂上流の相手も確実にいるだろう。
バーナビーが今そういう相手を持たないのは、ひとえに彼がセックスと感情を切り離しているからである。
彼にとってセックスはただの欲望の処理であって、それ以上でも以下でもない、というわけだ。
そう考えると、虎徹の心は些か沈んだ。
自分だけ、浮かれている、と思った。
実際そうだった。
バーナビーのような素晴らしい条件の整った若者が自分とセックスをしているという事自体、考えてみると妥協の産物だろう。
結局、ヒーローとして名前と顔を出してしまったので、それまでのように自由に振る舞う事ができず、一夜の相手も見つからない。
そこにたまたま自分が秘密を守れる仕事上のバディとして存在し、まぁまぁセックスをしてもいいかと思えるぐらいだった、という事なのだろう。
あの公園で見た、当時のバーナビーの相手を思い出す。
遠目でしか分からなかったが、落ち着いた雰囲気の悪くない人物だった。
あの彼と別れた後、特定の『彼』は結局作っていないようだし、元々あの男性とも身体だけの関係だとバーナビー自身が言っていた。
所謂セックスフレンドとして付き合っていたという事だ。
とすると、今バーナビーが自分とセックスをしている事自体も、そういう関係だと思っているに違いない。
すなわち、セックスフレンドだ。
だいたい、考えてみれば、身体だけのライトな関係でとりあえずやってみないか、と言い出したのは自分である。
だから、バーナビーがそう思っているのは当然だし、この関係でバーナビーが満足しているのなら虎徹としてはそれ以上何も言うことはできなかった。
しかし、虎徹の心は複雑だった。
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