◆Without Your Love◆ 3
ある日のこと。
その日もいつものように珈琲を飲みながら僕たちは雑談をしていた。
最近の店の品揃えや客の話、大学で研究していた内容などを話し、彼がそれを興味深そうに聞く。
暫く会話をして、彼が、じゃあそろそろ帰る、という時に、
「そうだ、デビット、もし大丈夫ならなんだけど、今度飲みにいかねーか?」
と誘ってきた。
「飲みにですか?」
「ここじゃほら、長話もできねーからな。ちょっとなんていうかな、若者の意見を聞きたい事があるんだ。……どうかな?」
言いにくそうに言葉を選びながら、彼が僕を窺う。
「ええ、大丈夫ですよ、勿論」
「いつが空いてるんだ?」
「一番近いところで今度の土曜日ですかね。…その日はバイトいれてませんから」
「あ、そう、良かった。じゃあ土曜日の夜、8時にこの店の前で待ち合わせって事でいいかな?」
「はい、分かりました」
バイトは10日に一度程度休みをもらっている。
その休みがたまたま今度の土曜日だった。
休みだからといって特に何をすることもない。
家で普段しない洗濯や掃除などをするぐらいだったから、僕は二つ返事で承諾した。
土曜日の夜8時になって、僕がコンビニの前に立っていると、いつもの部屋着ではなく、私服を着た彼が、『ごめんごめん、遅れたかな』、と言ってやってきた。
「いえ、僕が10分前ぐらいから待ってましたから」
「ん、そっか。じゃ行こうか?」
彼が手を上げてタクシーを呼んで、僕たちはタクシーに乗った。
タクシ−は10分ほど走って、ブロンズステージの繁華街の外れに着いた。
ブロンズステージには、雑多な種類の飲食店が建ち並ぶ賑やかな繁華街がいくつもある。
ブロンズという階層上、たいてい柄の悪い酔客がいたりするものだが、彼が案内してくれたバーは、そういう柄の悪い客は一人もいなかった。
店内はこじんまりとしながらも、茶色の木を基調とした落ち着いた雰囲気の店だ。
カウンターと、一つ一つ衝立で仕切られたボックス席が四つあるぐらいの、小さな店だった。
一番端のボックス席に座ると、彼が手を上げて『いつものやつ』、それから『君、何が良い?』と聞いて来た。
「あ、僕はなんでも」
「じゃあ、ちょっと軽めの…酎ハイのバナナとかでいいかな?それといつものおつまみ」
ボックス席は仕切りが高く、そこで話し込んでもまず周囲に聞かれるという心配はない所だった。
「良い雰囲気のお店ですね?」
周りを見回して言うと、彼がほっとしたように表情を和らげた。
「そうだろ、結構ここ気に入ってんだ。家からも遠くねぇしな」
店員が酒を運んできた。彼が受け取ってグラスを僕に差し出してくる。
「はい、こんなんでいいかな?えー、酎ハイなんだけど、俺バナナ好きだからさ」
そう言う彼は、焼酎のお湯割りだった。
「虎徹さん、焼酎好きなんですね?」
「ん、俺んち、実家がさ、酒屋やってんだ。日本酒メインの」
「へぇ、そうなんですか…」
グラスを受け取って彼に向かって掲げて見せると、彼が自分のグラスを僕のそれに近づけた。
「じゃあ、一応、乾杯」
「はい、乾杯」
カン、と軽い音を立ててグラスをぶつけ合わせてから、ゆっくりと口に含む。
バナナの甘い味が殆どアルコールを感じさせない。アルコール度数は高いと思うが、僕は喉越し良く飲むことができた。
その日の彼は、いつも部屋着ではなく、洒落た服装をしていた。
彼の浅黒い肌に良く似合う、深緑色の落ち着いたシャツ。
黒に銀の飾りボタンが配されたブランド物と思われるネクタイ。
それをきっちりと締め、その上に白いベストを羽織っている。
下は、身体の線にぴたりとフィットとしたボトム。
それを穿いていると、彼のスタイルの良さが際立って見えた。
腰が細く、臀部は驚くほど小さくて、そこからすらりと長い脚が伸びている。
やはり、普通の会社員には見えなかった。
スタイルだけ見れば、服飾モデルのような感じでもあった。
モデルにしては、髪に気を遣っている様子もないし、髭も生えているから違うのだろうが。
酒と一緒に運ばれてきたチーズやウィンナーの盛り合わせにサラダ、フルーツなどを摘みながら、酒を少しずつ傾ける。
グラスを半分ぐらい飲んだ頃に、彼がちょっと躊躇して目線を泳がせてから、おもむろに口を開いてきた。
「…あのさぁ、君ぐらいの年の男の子が、俺ぐらいの年の男に、好き、だとか、うん、その…そのー…セックスしたい、とか言ってくるのって、どう思う?君的に…。マジでそう思ってるのかな、それとも俺、からかわれているのかな…。男同士だしなぁ…」
突然彼がかなりプライベートな打ち明け話をしてきたので、僕は内心驚いた。
「……そういう事、言われたんですか?」
「うん。…そう…」
そう言ってテーブルに肘を突き、グラスを口につけてちょっと飲んでから、小さく溜息を吐く。
目線をテーブルに落として瞬きをする。
そうすると、伏せられた黒い睫がとても長く綺麗で、僕は思わず彼のその表情に見とれた。
「誰に言われたんですか?」
俯いていた彼がぱっ、と目を上げてきた。
睫が上がり、その下から金色に光る瞳が、じっと僕を見つめてくる。
濡れたようなその瞳に、僕は思わず息を飲んだ。
「…会社の後輩っていうか、まぁ、同僚なんだけど。…一緒に組んで仕事をしているヤツ。年は…24歳かな。すごい格好良くてイケメンなんだ。だから、俺みたいなさぁ、おじさんに、なんでそういう事言ってくるのかなって思ってなぁ…」
ぼそぼそと言いながら、落ち着かないのかチーズを摘んでは口に入れている。
かなり困惑している様子だ。
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