◆茨の冠◆ 3
店の中で声を掛けてきた時の男の上品な雰囲気や仕草に騙されたが、どうやらこの男はある意味囮であって、主役はホテルの前で待ち構えていた下品な集団のようだった。
複数プレイで相手をいたぶるのが好きなのだろうとは想像が付いた。
その日の予定が駄目になってしまったのが分かって、バーナビーはがっくりすると共にやや腹が立った。
「すげぇ美人じゃねぇか。よぉ、よろしくな?複数、好きだろ?」
待っていた男がタバコを踏み潰して立ち上がると、にやにや笑いながらバーナビーに近付いてきた。
店からバーナビーを連れ出した男も笑っている。
バーナビーは肩を竦めた。
「……いえ、複数は好きじゃないので、帰ります」
「…はぁ?ここまで来て帰るっちゃねぇだろうよ、なぁ?」
男たちがげらげらと笑う。
乱暴に手を掴まれて引き寄せられようとして、バーナビーはぱっと手を払った。
「…あぁ?コイツ、抵抗するつもりだぜ」
「けっ、面倒くせぇ、やっちまえよ。どうせ誰も来ねぇだろ」
こんな男達が数人かかってきてもバーナビーは全く負ける気はしなかったが、それでも些か面倒だった。
どうしようか。
逃げるか。それとも応戦するか。
と迷っていると、ホテルの前で待っていた男が焦れたのか、バーナビーを拘束しようとしてきた。
「…よせ!」
腕を曲げて男の鳩尾に肘を入れる。
「くそっ、こいつ抵抗しやがる。やっちまえ!」
別の男がバーナビーの腹にパンチを繰り出そうとする。
「こらぁ、何やってんだぁ!」
その時、背後から不意に大きな声が聞こえた。
腹にパンチが食い込もうとしたのを避けて声のした方を見ると、見知らぬ男性が公園の方から走ってくるのが目に入った。
「はぁ?なんだよこいつ」
「おい、そこで何やってる!!」
あっという間に近寄ってくると、その男性はそのままバーナビーに殴りかかろうとしていた男にタックルをかました。
――ドタッ!
走ってきた男性と男と両方ともが倒れて、倒れた拍子に殴りかかろうとしていた男が後頭部を打ったのか、『うっ』と呻いた。
走ってきた男性はさっと立ち上がって、他の男達を睨む。
「……おい、この兄ちゃん離してやれ」
「けっ、テメェ…!」
男達の視線がバーナビーではなく、走ってきた男性の方に向けられる。
バーナビーはやや呆気にとられて、その男性と自分を連れてきた男達が殴り合いをするのを見た。
走ってきた男性は強かった。
目にも止まらぬ身のこなしで軽いフットワークを使いながら、瞬時にパンチを繰り出す。
たちまちのうちに、待ち構えていた男を含めた4人が道路に意識を失って倒れ込む羽目となった。
男性が息を弾ませながらバーナビーの所に近寄ってきた。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
バーナビーは押し黙ったまま、その男性をじっと見た。
彼は年の頃は30代ぐらいだろうか。
ジョギングの途中でもあったのか、上下スェットを着て運動靴を履いた格好だった。
日系人のようだが所謂典型的な日本人とは違い、185cmある自分とあまり変わらない、かなり背の高い人間だった。
やや乱れた黒髪の下から覗く茶色の瞳が人懐つっこい印象を与え、いかにも善良そうな雰囲気だ。
特徴的な顎髭があって、それが彼を年上に見せているが、顎髭が無ければ自分とさして変わらなく見えるかも知れない。
すらりとした体格で、身体能力は自分と同じぐらいだろうか。
夜にジョギングをしている所を見ると、身体を使う職業の人間なのだろうか。
先程のしなやかな素早い動きは、とても一般人とは思えなかった。
バーナビーがじと見ていると彼がにっこり笑った。
「災難だったな、兄ちゃん。もう大丈夫だからさ、こんな所にいちゃ駄目だぜ?ここ、変な人が集まる所だぞ?」
彼としては気を利かせ自分を安心させようと言ってくれたのかも知れないが、その、変な人が集まる所という台詞にかちんときて、バーナビーはむっとした。
その変な人に自分も入っているという事に改めて気付かされたからだった。
きっとこの目の前に居る男は、地面で伸びている男達と自分がこれからホテルに入ろうとしていた、などとは微塵も思わないのだろう。
よく見ると、彼の左手の薬指にきらりと光る銀色の指輪がはまっている。
既婚者か。
そう思うとなんとなくむかむかした。
「……余計なお世話ですよ」
思わずそんな言葉が出てしまっていた。
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