◆茨の冠◆ 10









あれ、という顔をしたのは分かった。
が、それが何故かという理由までは全く考えていなかった。
その後、その期のキングオブヒーローを決める表彰式と祝賀会があった。
バーナビーはマーベリックに連れられて、その祝賀会にも出席した。
そつなく大企業のお偉方や他のヒーロー仲間とも取り繕った表面上の笑顔で接した。
しかし、ワイルドタイガーは祝賀会に出てこなかったので、彼の素顔を見る機会も、話す機会も無かった。
だから、全くバーナビーは気付いていなかった。










気付いたのは、彼の素顔を見た時だった。
それは、初めてコンビを組んで出動した日だった。
初めての出動は全く酷い有様だった。
ワイルドタイガーが放ったワイヤーは絡まるし、彼はいちいち口煩く反論してきた。
自分の考えていた活躍も出来ず、バーナビーはイライラと憂鬱とを抱えてアポロンメディア社に戻ってきた。
むすっとしたままヒーロースーツを脱いで、シャワーを浴び、更衣室に戻って服を着替える。
その時に初めてバーナビーは、同じようにシャワーと浴びたらしく、腰にタオルを巻き頭をがしがしと別のタオルで拭きながら戻ってきたワイルドタイガーの素顔を見たのだった。
一目見て、分かった。
この人は、あの時の…………!
驚愕で瞬きも出来ず、目を見開いたまま彼を見つめる。
その視線に気付いたのか、俯いて頭を拭きながら歩いてきた彼が、顔を上げてバーナビーを見た。
驚きに固まっているバーナビーの顔を見て、『あ、分かったのか』という表情をして、気まずそうに視線を逸らす。
それから誤魔化し笑いをしてきた。
「あ、あの−、もしかして思い出した?俺のこと…」
おずおずとした様子で隣に来て、ロッカーを開けながら横目でバーナビーを窺ってくる。
「あのー、うん、お前さぁ、半年ぐらい前にその、あの、….会った、よな?」
やや自信が無かったのだろうか、言いにくそうに言葉を切りながら、虎徹がぼそぼそと切り出した。
やはりそうだ。
この人は、半年前に自分が強引にホテルに誘ってセックスをした相手じゃないか……。
裸になれば、それが一層よく分かった。
理想的に筋肉の付いた、スタイルの良いすらりとした身体。
声も、よく聞けばそうだ。
……なんで気付かなかったのだろうか。
いや、……まさかあの時の彼がヒーローのワイルドタイガーだったなどと、普通なら思いも寄らない。
しかし、考えてみるとあの半年前の時も、この身体を見て普通の一般人ではないだろうと思った事をバーナビーは思い出した。
しかし、まさかワイルドタイガーだったとは。
素顔を見た事がなかったから、全く分からなかった。
トップマグ社に所属していた時のワイルドタイガーのヒーロースーツは、マスクですっぽりと覆い隠す物であり、目の色と顎程度しか分からなかったというのもある。
それに、バーナビー自身が素顔の彼に興味がなかったというのもある。
そう言えば―――。
初めて会った時、空から落ちてきた彼を受け止めてフェイスガードを上げた時の彼の戸惑ったような表情を思い出す。
もしかして、あの時に気付いていたのだろうか。
「……よく覚えていましたね、おじさん…」
そう言うと虎徹が『やはり』というような顔をして、琥珀色の目を見開いた。
「や、やっぱり…?そうなんだ…。実はさ、うん、…その、お前が何も言ってこないから、忘れたのかなって思ってたんだけど、人違いって事は、ないとは思ったんだ…。うん、……お前みたいにさ、格好良くて綺麗な子、そうそういないしなぁ…うん…」
「実は、あなたの素顔を見るのが、今、初めてなんです。すいません、気付きませんでした」
「あ、そ、そうなの…?そう言えばそうかな。……素顔出した事ねーもんな、俺」
後頭部をがしがしと掻いて虎徹が笑う。
「俺はさぁ、その、うん、お前がてっきりその、忘れてたんだと思って、ちょっとほっとしてたってのもあるかな?はは…」
誤魔化し笑いをしながら虎徹が俯き、上目使いにバーナビーを窺ってきた。
「…………」
何と言って返したら良いか分からなかった。





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