◆すれ違いあっちこっち◆ 6




それからというもの虎徹は、バーナビーを意識するようになったらしい。
あれからバーナビーも、その事に対しては虎徹に何も言わなかった。
虎徹も意識して避けているのかその話はせず、普段通りの、自分たちの元の関係に戻ろうとしているのが分かった。
バーナビーは勿論虎徹の事が好きだったが、それは密かに自分の心の中で思っている秘密だった。
それをたまたまた催眠という形で実現させてはみたものの、だからと言ってそれが自分の本心だとは虎徹には一言も言っていない。
虎徹の方だって、まさかバーナビーがそういう感情を抱いているとは、予想もしていないだろう。
あくまであの『恋人同士』という設定は、バーナビーが虎徹をからかうために作ったものであり、その設定に催眠ですっかり乗せられてしまった、と虎徹は思っているに違いない。
それはそれで、仕方がない。
しかしバーナビーとしては、一度彼の身体を知ってしまっただけに、これからまた元と同じような関係、というよりもさらに接触を避けてくる虎徹に対して、飢えのようなものを感じていた。
トレーニングセンターなどで身体が触れたり、ヒーロー事業部で虎徹にパソコン操作を教えていたりして偶然身体が触れたりすると、虎徹が大仰に反応をする。
「僕が怖いんですか?」
パソコン操作でマウスを握っている虎徹の手に自分の手を被せるようにしたらさっと虎徹が手を引いたので、バーナビーはいらっとしてそう言った。
「ま、まさか…」
そう言いながらも虎徹はおどおどとして、視線を左右に揺らしている。
どう見ても、自分の事を怖い、と態度で示している。
バーナビーはますますいらいらした。
目の前に、この間味わった身体がある。
それなのに、避けられている。
避けられればますます、虎徹が欲しくなる。
「怖くないんだったら、今日、僕の家に来てくれますよね?」
さらっと言ってみると、虎徹が茶色の目を大きく見開いた。
「な、なんで?」
「別に。少し話し合った方がいいかと思って。なんとなくこの間から変じゃないですか、僕たち」
そう言うと、虎徹が眉を寄せて少し後退った。
「虎徹さん、僕が怖くないなら、来られますよね?それとも怖いから来られないんですか?」
「い、行けるよ」
売り言葉に買い言葉という感じで虎徹が答える。
答えてからはっとしたように目線を揺らすが、既に遅い。










その日、仕事が終わった後、バーナビーは虎徹を車に乗せて自分のマンションに向かった。
買い求めてあった何本かの焼酎を出す。
グラスに氷を入れてそこに焼酎を入れ、チーズやウィンナー、サラダなどの軽食を皿に盛って一緒に出す。
マンションに入って、びくびくとした感じで周りを見回し、勧められたソファにこわごわと座った虎徹が、バーナビーの差し出した焼酎のグラスを手にして、度胸を付けるようにごくん、と一口飲んだ。
ふぅ、と息を吐いて、唇をごしごしと手の甲で拭く。
酒を飲んで気を大きくしたいのだろうが、それでもやはりバーナビーを警戒しているというのがありありと分かる。
でもまぁ、部屋に連れ込んでしまえばこっちのものだ。
バーナビーはまずしおらしく俯いて、
「虎徹さん、この間はすいませんでした」
と謝ってみた。
「や、別に…」
途端に虎徹が視線を左右に動かす。
「あなたを騙して抱いてしまいましたね」
「べ、別にいいて、その…この間のことはさ。どうせ俺男だし、減るもんじゃねーし」
虎徹が顔を赤くして、ぼそぼそと答える。
目線を揺らして自分と視線を合わせないようにし、赤くなった頬を気にして俯く。
気を紛らわすようにグラスを手にすると、氷ごと焼酎を口の中に流し込んでごくんと飲み、けほけほと咳き込む。
そんな風に慌てたり狼狽したりする様子を見せれば見せるほど、可愛いだけなのに。
「痛かったですか?」
「だからさ、もう、そういう話はいいって…」
虎徹が困ったように呟いて、目を伏せた。
ほの赤い頬が黒髪に隠れる。
俯いてから上目使いにおずおずと見上げてくる目つきがたまらなく扇情的で、バーナビーはどくん、と心臓が跳ねるのを感じた。
「痛くしていたら申し訳ないと思って…」
「や、その、だからさ、あー…痛くなかったから、うん。そう、あの、……気持ちいい方が勝ってて、痛いとかわかんなかったし…」
バーナビーがしおらしくすると虎徹としては居心地が悪いのだろう、慌ててそういうふうにこっちを気遣う言い方をしてくる。
更に顔が赤くなって、耳まで染まっている。
「もういいよ、ふざけてただけだろう?俺がさ、催眠術馬鹿にしてたのも悪かったしさ、……それにしてもお前もこんなおじさんと、その…セ、ックスとか…」
口籠もって頬を真っ赤にする。
「その、ホント趣味わりーよ、っていうかホントよくできたよ。うん。…俺なんかとやっちゃったりして、ホント、その−。ごめんな?……気持ち悪かったんじゃねーの?」
やはりこの人は何も分かってないな、とバーナビーは思った。
自分が密かに虎徹を好きな事も。
その好きは、恋愛感情の好きで、この間のように虎徹を自分の腕の中に抱きたいという欲望を伴ったものであることも。
――─何も、気付いていない。
気付いていないのは、いいことなのか悪いのか。
自分の気持ちを言う勇気は、まだなかった。
でも一度抱いてしまったこの彼の身体は、どうしても欲しかった。
「虎徹さん、今日もしたいです。……駄目ですか?」
「え、だ、だからさ、そういうふうにさ、俺のこと、からかうなって…」
一瞬、虎徹が目を見開いて、それから冗談はほどほどに、という感じで手をひらひらとさせた。
冗談だと思い込んでいる様子にじれったくなって、バーナビーはソファの背をがたんと倒し、上から体重を掛けて虎徹に圧し掛かった。
「へっ?」
虎徹がびくりとして上を向いた所に、唇をすっぽりと重ねる。
「んっ……!」
虎徹の身体が微かに震える。
それを強く抱き締め、角度を付けて深く唇を合わせ、口を開いて舌を虎徹の中に差し入れる。
彼の咥内は今まで焼酎を飲んでいたからか、ひんやりとして酒の味がした。
焼酎を舌先で味わっていると、舌先が痺れてじぃんとする。
そこからも興奮が全身に行き渡るような気がする。
震える身体を抱きすくめながら、彼の身体の線をなぞるように脇腹から尻にかけて撫で回す。
「や、…、…っんっっ!」
虎徹が鼻に掛かった呻きを上げた。
その声が耳元すぐ近くで聞こえれば、聴覚神経が刺激され、ぞわっと耳の中の産毛が逆立つようだった。
我慢できず、虎徹の舌を捉えてねっとりと絡めて吸い上げ、チュッ、と水音を立てながら口付けを続ける。
降ろした右手は尻を撫で、そこから股間へと動かして、ズボン越しに彼の性器を握り込んだ。
「………っっっ!」
虎徹の身体がびくん、と跳ねる。
逃げようとするのをしっかりと抱きすくめて拘束し、反対に自分の股間をぐっと押しつけて、興奮しているのを虎徹に知らせる。
「……バ、ニ…」
唇を少し離すと、呆然と言った感じで虎徹が言葉を紡いだ。
「駄目ですか?虎徹さん?」
哀願するような調子で言う。
虎徹が困惑して、琥珀色の瞳を揺らす。
自分がこういう風に強請れば虎徹は拒否しない、というのをバーナビーは既に学習していた。
案の定虎徹は目線を左右に揺らし、頬を赤らめてはいたが、逃げようとしていた身体をおずおずとバーナビーに擦り付けてきた。
「……虎徹さん、ありがとうございます…」
「べ、別に…その…、いいよ。………溜まってんだろ、バニーちゃん、若いんだし…」
そう言うともう覚悟を決めた、という感じで虎徹が自分からバーナビーに唇を押しつけてきた。





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