◆茨の冠◆ 20








その空白は真空のようなものだった。
真空は、それだけで存在はできない。
すぐに何か、空気なり水なり他の物質が入ってきてしまう、そういうものだ。
心の中もそうだった。
今まで両親の一件が心の中で大きな部分を占めていたのに、そこがぽっかりと空白になった途端、そこには周りからいろいろなものが押し寄せてきたのだった。
そして、その空白の代わりに入って来たのは、『虎徹』だった。
それは、必然だったかも知れない。
今まで距離を取って付き合ってきた人間は皆、バーナビーから離れていった。
その中で虎徹だけが、バーナビーが冷たくしようが何をしようが挫けずにバーナビーを励まし、近付いてきてくれた。
ジェイクの一件も、虎徹が助けてくれなければ解決できなかっただろうし、片が付いた事で一番喜んでくれたのも虎徹だった。
仕事上の相棒としても、彼のように自分に臆せず近づいてきてくれる人は今までにいなかったし、プライベートの相手としても彼は最高だった。
丁寧で優しい愛撫や、自分を大切にし慈しんでくれる態度。
気が付かない間に、そういうものにいかに影響を受けていたか。
心の空白の部分に虎徹がすっぽりと入り込んできて初めて、バーナビーはそれを自覚した。
今の自分の心の中は、虎徹でいっぱいだ。
それはつまり、恋愛感情だった。
好きだ、という気持ち。
バーナビーが、今までに経験した事のない感情だった。
虎徹といつも一緒に居たいという気持ち。
彼が視界の中に入っていないと不安になる気持ち。
とても心細くなって、不安で落ち着かなくなる。
しかし、虎徹の傍にいれば嬉しい。
心の底から安心する。
彼が自分に話しかけてくれると、ほっとする。
安らぐ。
笑いかけてくれると、心の中まで暖かくなるような気がする。
彼がそばにいるだけで、彼のエネルギーを感じて自分まで幸せになるような気がする。
けれどその一方、彼がいないと寂しくなる。
不安になる。
彼が他のヒーロー達と仲良くしているのを見ると、いらいらとする。
いらいらするだけではない。
自分を差し置いて他のやつと仲良くするなんて許せない、と思ってしまう。
そういう気持ちになる事に関しても、バーナビーは最初自分では気が付かなかった。










ある時、二人でトレーニングセンターに行った時のことだった。
ロックバイソンが虎徹に話しかけてきた。
虎徹がそれに応じて、二人で仲よさそうに顔をつきあわせて話し始める。
その中で、虎徹がロックバイソンに、今日飲みに行かないかと誘いを掛けていた。
それを聞いた瞬間、バーナビーは頭の中がかぁっと怒りで熱くなったのを感じた。
むかついた。
瞬時、許せないと思った。
勿論、ロックバイソンと虎徹が元々個人的に付き合いがある親友同士だとい言う事はよく知っている。
よく知っているし、自分と知り合う前から頻繁に飲みに出掛けている間柄だという事も知っている。
しかし、知っていてもそれは関係無しに感情が爆発した。
むかついて感情が我慢できず、思わずロックバイソンと虎徹を睨んでしまった。
睨んでからはっと我に返った。
なんでそんな事をしてしまったのか、と動揺した。
気づかれなかったのをいいことに、さりげなく目を背け、平静を装って会社に戻ってきてしまった。
戻ってきて気を取り直して仕事をしようと思ったが、全く身が入らなかった。
パソコンの画面を立ち上げて、画面を見ても集中できない。
全く気分転換ができない状態だった。
ひたすら、虎徹の事が気になった。
今頃何をしているんだろう、と思った。
虎徹をトレーニングセンターに置いてきてしまった。
自分がいない所で、虎徹はロックバイソンと仲良く話をしているのだろうか。
あるいは、他のヒーロー達とも。
虎徹は誰とでも仲良くできる性格だ。
他のヒーロー達とも仲が良く、いわばヒーローの仲介役のような役割も担っていて、誰からも好かれている。
自分だけ一人寂しく、会社のデスクに座っている。
今頃虎徹は、他のヒーローたちと賑やかに楽しく過ごして居るんだろう。
自分はこんなに不安で寂しい思いをしているのに……。






――許せない……、と思った。
自分が寂しい思いをしている時には、何を差し置いても虎徹は自分の傍に居て自分を慰めなければならない。





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