◆すれ違いあっちこっち◆ 11




そういう風に過ごして2週間あまりが経った。
相変わらず数日に一度ぐらいの頻度で出動がかかり、バーナビーは着実にポイントを稼いでいった。
以前に比べて心に重く圧し掛かるような苦悩が無いからか、身体も軽くきびきびと動く気がするし、犯人確保の回数も増えたように思える。
虎徹との連携もうまくいき、彼を手助けしたり、二人でお互いにポイントを稼いだりもできる。
ヒーロー出動以外の仕事、例えば取材でも、バーナビーは前にも増して苦もなくこなせるようになった。
インタビューがあればにこやかに、所謂ハンサムと形容される容姿に惜しげもなく笑顔を振りまいて、インタビュアーや、画面の向こうで見ている女性達を魅了する。
写真の撮影やCM出演も、前なら仕事は仕事と割り切って面白くも楽しくもなく淡々とこなしていたものだが、それらも自分からアイディアを出したりして前向きに取り組むようになった。
ヒーロー事業部での事務仕事自体は、事業部に詰める時間が無くなったので、たまに帰った時に特急で仕上げる。
そんな風に忙しい時間を過ごしていると、夜になって独り自宅マンションに帰ってもすぐに寝てしまう日々が続いた。
今まで虎徹の事で悩んでいた時には、仕事もやる気が出ず、結局早めに帰宅することが多かった。
帰宅したらしたで、自宅で一人煩悶したり、虎徹の事を考えてしまって悶々としていたりして悪循環だった。
が、今は好循環。
忙しいし、帰ればすぐに寝てしまうし、そもそも催眠術で虎徹の事をふっきれたのだから、眠りも心地良い。
虎徹とはヒーロー出動時ぐらいにしか会えない日が続いたが、その方が前よりも出動時に親しく話せる気がして、バーナビーは返って良かったと思った。
取材兼CM撮影が忙しく、アポロンメディア社に出社せずに直行直帰を繰り返す事もあった。










CM撮影でシュテルンビルトを離れて3日ほど出張した後、ヒーロー事業部に久し振りに顔を出したある日。
ロイズがいい所に来た、というように話しかけてきた。
「バーナビー君、今日はもう仕事無いんだよね?」
「あ、はい、…そうですね、予定はないです」
「じゃあ、丁度良かった。帰って良いから、帰りがけに虎徹君の所に寄ってもらえる?」
「…虎徹さん、ですか?」
「そう」
ロイズが頷いた。
「実は虎徹君、ここ数日風邪引いてこじらせたみたいで、休んでるんだよねぇ。まぁ、ヒーロー出動もかからないから良かったんだけど。君もいなくて虎徹君もいない、じゃ話にならないからねぇ。で、この書類届けてもらいたいだんけど。ついでに君、虎徹君の様子見に行ってみてよ」
「…風邪、ですか」
そう言えばヒーロー事業部に虎徹の姿はなかった。
バーナビーのように取材が入っていなくても、トレーニングセンターでトレーニングをするのがヒーローの日課だから、そっちの方に行っているのかと思っていたが。
「ずっと休んでるんですか?」
「そうそう、一応朝欠席の電話はしてくるんだけど、なんか辛そうでねぇ。もし医者とか行く必要があるなら、連れて行ってくれる?虎徹君ってそういうとこ自分じゃ行かなそうでしょ?」
「そうですね…分かりました。様子見てきます」
「じゃ、よろしくね?」
虎徹が風邪というのも珍しい。
考えてみると出会ってから今まで、彼が風邪を引いた所をみた事がなかった。
普段健康に自信のある人間ほど、一旦病気になるとこじらせる事が多い。
大丈夫だろうか…。
バーナビーは帰りがけ、コンビニエンスストアでペットボトルや簡易栄養食等を買い求めてから虎徹のアパートに向かった。










ピンポーン。
車を道路の端に停め、階段を上がってアパートの呼び鈴を押す。
暫くして扉の施錠が外れる音がしたので、バーナビーは自分で扉を開けて中に入った。
すると扉を開けようとしていた虎徹と思い切り間近に目が合った。
「……虎徹さん……?」
そう言えば虎徹とここ1週間ぐらい、顔を合わせていなかった。
その間に、虎徹はずいぶん面変わりしていた。
自分を見て驚いたように目を丸くしている彼は、数キロは痩せたように見えた。
くたびれてよれよれになったパジャマを引っかけ、髪はぼさぼさで顔色が悪い。
「……バニー?」
よく聞くと声も掠れている。
「…虎徹さん、大丈夫ですか?」
「あ、いや、…うん、大丈夫。…ってか、まだ仕事中じゃないの?」
虎徹がバーナビーを見上げておずおずとした調子で、でも目に喜びの色を浮かべて言ってきた。
「ロイズさんに頼まれて書類を持ってきました。ついでにあなたの様子も見てこいと言われて」
「あ、そうなの…」
ロイズの名前を聞いた途端に、喜色が浮かんで琥珀色になっていた目が沈み、茶色に戻る。
「…すいません、寝ていましたか?」
「…あー。うん、ちょっとね…」
「とりあえず、また寝ていてください。医者には行ったんですか?」
「や、そんな、医者行くとかそんな酷くないし、面倒だから…」
「面倒って、虎徹さん…」
やや呆れながらも、中に入る。
「部屋、きったないよ、ごめん…」
確かに、部屋は雑然としていた。
飲みかけの珈琲やミルク、食べかけのピザなどがそのまま散乱し、着替えもソファに放り投げられたままである。
「虎徹さんはとにかく寝ていてください。ロイズさんからあなたを看病するように言われてますからね?」
「……そう…」
階段を上がってロフトにあるベッドに、虎徹を無理矢理寝かせる。
虎徹をベッドに追いやって、バーナビーは階下の片付けから始めた。
ゴミをまとめて袋に詰め、掃除をする。
キッチンを綺麗に洗ってから、買ってきたリゾットを電子レンジで温め、熱湯を入れればすぐにできるポタージュをマグカップに作り、トレイに乗せてロフトへと持って行く。
虎徹は大人しくベッドに横になっていた。
「バニーちゃん、ごめん…」
「いいえ、別に、このぐらいバディとして当然ですよ。僕が出張に行ってなかったら、もっと早く来れたんですけどね…」
「……そ、……」
「はい、起きてください。食べられますよね?あなたろくに食べてなかったでしょ?」
と言うのはキッチンの様子を見れば察しがついた。
リビングに食べかけで放置されていたピザは、配達された日時が一昨日だ。
きっとそれから食べていないに違いない。
虎徹を見ると、頬がこけ、いつも綺麗にカットしてある髭が伸びて無精髭になっていた。
「熱はないんですか?」
「…あー、うん、大丈夫。最初ちょっとあっただけ。なんだろね、なんかちょっと起きられなくてさぁ…」
差し出したリゾットを受け取ってスプーンで掬い、もそもそと食べる虎徹を、バーナビーは眉を寄せて見つめた。
「ありがとね、バニーちゃん。あったかいと美味しいねぇ…」
などと言っているが、あまり食欲はなさそうだ。
「たいした量じゃないんですから、全部食べてくださいよ」
そう言って、バーナビーは再び階下へ降りて片付けを再開した。
シャワー室も洗い、洗面器にお湯を張り、タオルを持ってロフトに上がる。
半分ほど食べたリゾットとポタージュを前に、虎徹がややぼんやりとしていた。
「…虎徹さん?」





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