◆すれ違いあっちこっち◆ 13
(…………)
どうしたらいいのか分からなかった。
混乱した。
虎徹にこんな風に告白されるとは。
考えてみたらこれは以前、自分がこういう風に虎徹と相思相愛になれたらどんなにいいだろうと夢まで見ていた場面ではないのか。
けれど、身体が動かない。
催眠がかかっているからだろうか。
分からない………。
―――どうしたらいいのだろう。
「なぁ、バニー…。俺のこと、好きになって…?もう一度、やりなおしてぇ。…駄目か?」
虎徹がこんな事を言ってくるなんて、信じられない。
けれど、彼の声が聞こえる。
「……こんな我が儘ばっかり言ってる俺だけど、お前の事、欲しいんだ…。全部欲しい。お前が素っ気なくなって俺のこともうどうでもいいんだって思ったら、体調も悪くなっちまってさ、お前と会えないのが寂しくて、どうしようもなくて、そんで風邪、ひいちまったみてぇ。……ホント、俺って、お前よりずっと年上なのにどうしようもねぇよなぁ。人間やめたくなったよ…」
そんな風に言われて、どう返したらいいのか、分からない。
これは、現実なのか。
もしかして、自分の都合の良い夢なのではないだろうか。
「虎徹さん…」
「でも分かったんだ。お前が俺にとってどんなに大切な存在かって」
しかし、虎徹の声は続いた。
「……お前って、俺にとってバディで相棒ってだけじゃねぇんだ。……あのさ、催眠術かかってる時、俺、お前の事恋人って思い込んでただろ?あれ、あの時すげぇ幸せだった、考えてみたら。あの時は催眠だったから、騙されたとか思って腹は立ったし、まさかお前の事好きだなんて自分でも分かってなかったからな、あんな態度とっちまったけど。……でも、今はもう、自分の気持ちが分かった。俺はお前が好きだ。お前に愛されたい…。もし、もし、もう一度チャンスがあるなら、…俺のこと好きになってくれねえか、バニー…?……駄目か?…もう、俺のこと、好きじゃねぇ?少しも…?」
切羽詰まった調子で言われて、頭の中が更に混乱する。
夢じゃないのか、現実なのか。
本当に、今、虎徹が言っているのか。
……本当に…?
信じられなくて、恐る恐る、虎徹を見る。
虎徹が、じっと自分を見つめていた。
飴色に濡れた瞳が、とろりと涙を浮かべて自分を見ていた。
金色の虹彩に、自分のシルエットが映っている。
(…………………)
真摯な色をした瞳が、先ほどの発言は嘘ではない、と告げている……。
「虎徹さん…」
バーナビーは思わず手を伸ばして、虎徹の腰を抱き寄せた。
虎徹がバーナビーに身体を擦り寄せて、肩口に顔を埋めてきた。
「バニー、…っ…」
小さく嗚咽を漏らし、肩を震わせる。
戸惑いつつも、その虎徹の髪を撫で、背中を撫でる。
「虎徹さん、…………泣かないで…」
背中が細かく震えている。
がっしりとしてたくましいと思っていた背中が、心細そうに震えている。
(……虎徹、さん………!)
不意に心の中に、虎徹を愛おしいと思う気持ちが溢れてきた。
今まで心の奥底に封印されていた何かが解けて破れて、突如爆発したようだった。
後から後から湧き起こってきて、バーナビーは息を飲んだ。
―――虎徹が、……愛しい。
可愛い。
可愛くてたまらない。
なんだろう、この気持ちは。
もしかして催眠が解けたのだろうか…。
分からない。
けれど、今腕の中にいる彼が、愛おしくてたまらない。
それと同時に、突如得も言われぬ幸福感が込み上げてきて、バーナビーは全身が震えるほどの感動を覚えた。
虎徹が自分を好きだと言ってきてくれている。
こうして自分に告白をしてくれている。
確かに彼は言った。愛していると――。
……自分は、どんなにその言葉を夢見ていただろうか。
彼の身体を貪りながら、その行為の奥底で彼の心を欲しがっていた。
心が、気持ちが、愛情が欲しかった。
心が手に入らないのなら身体も要らない、そう思って手放したのだ。
でも、今彼が自分の腕の中にいる。
自分の事を愛していると言っている……!
「虎徹さん、……本当ですか?」
「バニー?」
顔を上げて虎徹を覗き込むと、虎徹が目線を逸らさずにバーナビーを見つめてきた。
「本当に、……僕のことを、好きですか?」
「本当だ、好きだ。お前の事が好きだ、愛してる…」
低く通る声が、自分を包む。
「虎徹さん……僕も、好きです」
「……え?」
まさか自分がそういう返答をするとは思っていなかったのだろう、虎徹が一瞬驚いた表情をした。
「よく分からないんですけど、ファイヤーエンブレムさんにかけてもらった催眠、解けちゃったみたいです」
「……ほんと?」
「ええ。だって、あなたのことを好きだっていう気持ちが、今、復活しましたから」
「ほんとに?ほんと?」
「本当です、虎徹さん。…僕、本当に前からあなたの事を愛していました。あなたの事が欲しくて、…だから、あの時あなたにあんな催眠をかけてしまったんです。本当に失礼な事しましたよね…」
「……え?い、いいんだ、そんなの。だって、あれがなかったら俺、自分の気持ちに気付かなかったと思うし。……それに、…ああいうきっかけがなくちゃ、お前とさ、その……」
そこで虎徹はぽっと頬を赤らめて俯いた。
「えっと、セ、セックスとか、できなかったと思う…」
「虎徹さん……」
「俺、ホント、気持ち良かったし。…ん、男同士なんて初めてだったけど、本当に良かった…。良かったからこそ、反対に怖かったのかもしれない…。お前に自分の気持ちが行くのが。だって、俺なんて、もうこんな年でおじさんだろ…?それに比べてお前は若くて格好良くて人気者だしな。だからさ、あんな風にお前と関係持って、そんで好きだなんて言われても、俺、どうしたらいいのか分からなかった…。もしお前の事好きになっちゃったりしたら、そんなのさ…最後はきっと俺が捨てられるって思った…。最後はきっと俺がみじめな思いするだけだろうって…」
「そんな事ないですよ!」
「あ、ごめん、今は分かる、そんな事ないって」
バーナビーの剣幕に虎徹が嬉しげに瞳を細めた。
「でもあの時は………ごめんな?とにかく俺は、お前が本気なのが怖かったんだ。…だからきっと逃げたんだ…。……でも分かった。今はホント、もう、分かりすぎるほどに分かった。怖くてもなんでも、俺、お前の事が好きだから、どうしようもねぇよ。こんなおじさんで、年取ってて、ホントかわいげも何もねぇ俺だけど、でもお前に愛されたいし、お前に抱かれたい…」
一気に言って、目を伏せて恥ずかしそうに視線を揺らす。
「……なんてな、恥ずかしくってさ、普段は絶対言えねぇけど。……でも、今俺病気だもん、いいよな?…バニー、好き、愛してる。……な、俺のこと…抱いてくれねぇ?……駄目…?」
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