◆茨の冠◆ 24
取材は夕方からだった。
夜は何時に終わるか分からない。
突然の取材は滅多に無いのだが、今回のものは対談の相手との兼ね合いやスケジュールの予定もあって、その日でないと駄目というものだった。
仕事だからどうしようもない。
思わず顔が強張る。
虎徹が眉尻を下げてバーナビーの肩を叩いた。
「取材じゃしょうがねぇよな?また今度にしようぜ。ちゃんと約束するし、……な?」
きっと虎徹には、表に出さないまでもバーナビーががっくりしたのが分かったのだろう。
そう言って慰められると、悔しいやらがっかりした気持ちが虎徹にばれて恥ずかしいやら、気持ちがぐちゃぐちゃになる。
夕方、アポロンメディア社を後にして指定されたスタジオに赴いて取材を受ける間も、バーナビーは落ち着かなかった。
折角虎徹が承諾してくれたのに。
虎徹と二人きりで過ごせたのに。
そう思うと悔しいのと、しかし自分に取材が入ったせいで自分が断ったのだから誰を責めるわけにも行かないというのと、それでもやはり虎徹が何をしているか気になってイライラするのと、そんな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、自分の中で整理が付かなくなる。
ただただ、イライラした。
そのイライラを表情に出さないように気をつけるだけでも、疲れる。
疲れるけれど誰に文句を言うわけにも行かず、インタビュアーにそつのない笑顔を向けながら、バーナビーは必死で自分を抑えていた。
取材が終わったのは、夜の9時過ぎだった。
終わってすぐにバーナビーは、スタジオの下の自分の車の置いてある駐車場で虎徹にメールをした。
数分待ったが、メールは返ってこなかった。
すぐに返事が返って来ない事などいつもの事だった。
メールを出してすぐに返事が返ってくる事の方が、虎徹相手ではまず無い。
虎徹の場合、特に何かをしていなくても、そんなに頻繁に携帯を見るわけではない。
テレビを見ているとか風呂に入っているとか家事をしているとか、何かをしていたらメールに気付いても返事が30分や1時間ぐらい遅れることもざらだ。
メールに気付いていない可能性だって、十分にある。
そうは思うのに、でもバーナビーは、突然不安になった。
居ても立っても居られない、脂汗が滲み出るような不安が心の底にぶわっと噴き出してくる。
血の気がすうっと引くような気がした。
全く原因のない、何の根拠もない不安なのに、それなのにどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
理性があっという間に吹っ飛んで行ってしまって、後にはただイライラして焦るばかりの自分が残る。
じっとしていられない。
不安でイライラして、何も手につかない。
数分待ってみて、我慢できずにバーナビーは虎徹に電話をした。
電話はツウツウーと相手を呼び出すだけで、やはり虎徹は出なかった。
彼が電話に出ないことだって、いつもの事だ。
電話の前で待機しているわけでもなし、日常生活を送っていればすぐに電話に出られる方がおかしい、と思うのに、駄目だった。
突如心の中が全部不安で黒く塗りつぶされてしまって、足が竦んだ。
心臓がどきどきとして、不安で不安で目の前が霞むような気がした。
胸が苦しくて、息が出来ない。
冷や汗が背中を震わせる。
そんな感じだった。
しかし、取材が終わったのだから、自宅に帰らなくてはいけない。
ようやく自分を抑え、なんとか車を運転して自宅に帰る。
コンシェルジュに挨拶されたのも気付かない程に切羽詰まって部屋に戻り、また電話をする。
出ない。
『虎徹さん、いますか?』
一言、メールもする。
返ってこない。
『いませんか?』
更にメールをする。
こんなに何度もメールをするのは尋常ではないと自分でも思ったが、せずにはいられなかった。
電話を掛ける。
何十回コール音が鳴っても、虎徹は出ない。
――どうしてだ。
何をしているんだ。
もしかして、どこかで事故にでも遭っているのだろうか。
交通事故とか。
何か事件に巻き込まれているとか…。
すっと背中が冷える。
………どうしよう。
もし彼が事故にあって重体だったりしたら。
いや、いくらなんでもそんな事があるはずがない。
そんな事があったら、会社から自分に連絡が入るはずだ。
だから、そんな事は絶対にない。
でも、……じゃあなぜ、彼は電話にもメールにも出ないんだ。
もう、最初に電話をしてから1時間以上経っている。
風呂に入ってるとしても、いくらなんでももう上がったはずだ。
寝ているんだろうか。
いや、自分に返事をしないで寝るとは思えない。
彼はそんな人間ではない。
――じゃあ、何故?
せめて、メールで、家にいるよ、と一言返してくれれば安心するのに。
こんなにメールをしたり電話をしたりしたから、嫌気が差したのだろうか。
嫌われたのだろうか。
どうしよう…
もし、嫌われてしまったら……。
どうしよう、……どうしようどうしよう。
嫌われて、しまったんだろうか……!
いや、そんなはずはない。
彼は大人だ。このぐらいで自分を嫌うような人間じゃない。
そんなはずはない。
………でも、不安だ。
なぜ、連絡がないのか。
―――やっぱり、事故に遭っているのだろうか。
誰かとトラブルがあって、出られないんじゃないだろうか。
町の人を助けて、危険な目に遭っているんじゃないだろうか。
彼なら可能性はある。
もし、危険な事件に巻き込まれていたりしたらどうしよう。
いや、そんな事は無い。
それだって彼のPDAからすぐに所在が分かって連絡があるはずだ。
――そうだ、PDA。
あれで調べればいいんじゃないか。
自宅に戻ってから二時間近く経って、漸くバーナビーはそのことに思い当たった。
戦慄く手でパソコンを開き、自分のPDAとパソコンを繋ぎ、それから虎徹の居場所を検索する。
自分たちコンビの間だけで所在の分かる特殊な方法を使って検索をすると、虎徹はシルバーステージの繁華街にいるようだった。
何をしているのか。
所在が分かったという安心感に思わず力が抜けて、ぼんやり所在地の画面を眺めていると、不意に電話が鳴った。
はっとして携帯を掴んで出る。
虎徹だった。
出た瞬間、賑やかな笑い声とざわめきが電話の向こうから聞こえてきた。
「よっ、バニーちゃーん、ごめんごめん、なんかいっぱい電話くれたみたい?」
虎徹のいかにも機嫌良さそうな声が耳に入った。
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