◆茨の冠◆ 29
両手を掛けて、虎徹の太い首筋をぐるりと指の輪で囲むようにする。
喉仏に親指を当てる。
そのまま一気に力を込めて首を絞めてしまえば、―――どうだろうか。
ハンドレッドパワーを使えば、簡単に虎徹の息の根を止めることが出来る。
彼が死ねば、もう彼は絶対に他の人を見たりすることはない。
今こうして最後に見るのが自分であって、そして彼を全部自分のものにすることができる。
未来永劫、虎徹は自分のものになり、自分は悩むことも苦しむことも、反問することも無くなるのだ。
平和な、穏やかな、心の平安を手に入れる事ができるのだ。
「……………!」
ふと我に返って、バーナビーはぞっとした。
背筋が一瞬にして凍った。
息を吸い込んだまま、吐くことができなかった。
頭に一気に血が昇るようだった。
なぜ、そんな事を考えてしまったのか、……自分で自分が信じられなかった。
手がぶるぶると震えた。
戦慄く指は、動かなかった。
その動かない指を操り人形のようにゆっくり、ぎくしゃくと離す。
息を吐く事もできず、そのままじりじりと後退ってどさっとベッドから落ちる。
そこでようやくバーナビーは金縛りが解けた。
はぁはぁと全身で息をする。
冷や汗がどっと流れ出て、全身が震えた。
一体、自分は何をしようとしていたんだ―――。
まさか、……この世で一番大切な存在を殺そうと思ったなんて。
虎徹の事を好きなのに。
愛しているのに。
その愛する存在を殺そうとした……。
―――でも。
好きだから、愛しているからこそ、彼を殺そうとしたのだ。
……そうだ。
彼が他の人間を見たりして自分が苦しむのが、もう、嫌だった。
彼をいつ失うのかと、恐怖に戦きながら生きるのが、耐えられなかった。
でもそんな、………そんな事で、彼を殺そうとしてしまったのだろうか。
自分が信じられない。
―――けれど、そうだ。
その通りだった
大切な人を喪うのがどんなに辛く苦しく耐え難いものか、4歳の時に思い知っていたはずなのに。
それなのに、虎徹を殺そうとした。
なんでそんな事を考えてしまったのか。
自分は、どうしてしまったのだ……。
でも、その喪失感を思い知っているからこそ……。
どんなに喪失感が苦しいか分かっているからこそ、彼が自分から離れてしまう前に自分の手で、と思ってしまったのも事実だ。
そして、そんなとんでもない解決策を思いつき、しかも彼の首に手を掛けてしまった自分に怖気が走る。
自分が信じられなかった。
そんな人間だったのか。
こんな、自分でも自分が未だに信じられないような、そんな……。
自分がそういう人間だとしたら。
……感情のあまりに、自分の行動に自分で責任が持てないような、そんな人間だとしたら…………
悩んだ末にバーナビーは、虎徹との今までの関係を全て精算する事にした。
虎徹を好きな気持ちも、彼と今までのように肉体的接触を持つことも、全てを一切あきらめることにしたのだ。
決心がつくまでの数日、バーナビーはできるだけ冷静に自分の事を考えてみた。
しかし、どう考えてみても自分は異常だと思った。
虎徹は正常だ。
自分は、……おかしい。
これ以上自分がおかしくならないようにするにはどうしたらいいか。
日常生活を普通に送り、大人として一人の人間として他に迷惑を掛けないようにするにはどうしたらいいか。
そして、虎徹を不幸にしないようにするには……。
どう考えてみても、自分がこれ以上虎徹を振り回してはいけない。
それどころか、虎徹の事をこれ以上考えることさえいけない、と思った。
虎徹のためだけではない。
それ以上に、自分のためだった。
自分が虎徹を失う事への不安は、結局の所、どうしても克服できない。
虎徹が自分の知らない間に誰かと仲良く過ごして居たり、どこかの誰かと親密になる可能性がある、と考えただけで、気が狂いそうになる。
それというのも、自分の中に誤った思い込みがあるからだ。
虎徹は自分のものである、という思い込みが。
虎徹は、自分のものではない。
彼は自由で、誰と話してもいい。
誰と仲良くしても、あるいは誰か恋人を作ったとしても、それは全くの自由だ。
それに対して自分は祝福こそすれ、文句をいう筋合いも、ましてや責める権利もない。
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