◆After a storm comes a calm.◆ 2
―――なんで、そんな事を言ってしまったのか。
とにかくその時、寂しそうなバーナビーの横顔を見ていたら、思わず口からそういう言葉が出てしまったのだ。
「……え?」
ぼんやり窓の外を眺めていたバーナビーが振り返って翠の美しい瞳を大きく見開いて、虎徹を見つめてきた。
「虎徹さんが…?」
「……う、うん…」
『なんでこんな事言っているんだ』という声が頭の片隅で聞こえてきた。
が、言ってしまったからには後には引けない。
虎徹は引き攣りながらも笑顔を見せた。
「お、俺じゃ、やる気にならねーかな?」
ぱちぱちと何度も瞬きをして、バーナビーが虎徹をまじまじと見つめてくる。
「いえ、その…、そんな事ありませんが…。でも、虎徹さん、男とした事ないでしょ?」
訝しげに問い掛けてくる。
「あ、うん…ない…」
そりゃあ勿論ない。
だいたい、自分が今口にした言葉だって、なんでそんな事言ってしまったのか、信じられないぐらいなのだ。
引き攣った笑みのままバーナビーを見る。
バーナビーが形の良い眉頭を顰めた。
「いいんですか? 僕に抱かれてくれるんですか、虎徹さん? ……あなたが相手をしてくれるんだったら、僕としても助かりますが」
助かるなどと言われて虎徹は一瞬どきんと心臓が跳ねた。
―――どうしよう。
今更ながらに、心臓がどきどきとなる。
急速にアドレナリンが分泌され、体温が上昇するのを感じる。
「そ、そりゃあその……。だってさ、バニーちゃんが苦しそうなの見てるのやだもんな、俺…。俺で役に立つなら、いくらでも……っていうか、その、…マジ俺、できるかどうか分かんねーけど…」
『できます』と断言する事ができなくて、ごにょごにょと口を濁しながら歯切れ悪くそう言うと、バーナビーがすっと手を伸ばして虎徹の手を握ってきた。
一瞬、びくっとして、虎徹は目を上げてバーナビーを見た。
バーナビーの翠の虹彩が虎徹に確認を促してきた。
虎徹は目線を合わせたままおずおずと頷いた。
「虎徹さん、後悔しないで、くださいね?」
バーナビーが低くゆっくりとしたテンポで、一言一言区切るように言ってきた。
「お、おう…大丈夫だ…」
実を言うと、心の奥底で既に後悔が湧き起こっているような気もした。
しかし、今更ここでやっぱりダメなどと言うのは男の沽券に関わる。
一度口にしたことを軽々しく翻すなんて、そんな事虎徹のプライドが許さなかった。
……実際の所は……。
――本当にできるんだろうか。
いや、でもまぁ、自分が抱く方ではなくて抱かれる方だとしたら、興奮しなくても大丈夫かもしれない。
しかしそれではバーナビーに失礼なのではないか。
だが、とりあえず、抱かれる方なら勃起できなくてもいいわけだ。
(………)
などと頭の中でぐるぐる考える。
バーナビーが虎徹の手を握り込んで、そっと撫でてきた。
指の腹で虎徹の指の股を探るように擦ってくる。
それがいかにもこれから性的接触を持ちますよ、という雰囲気を醸し出してきて、虎徹は息を飲んだ。
バーナビーがいつものバーナビーではなかった。
「虎徹さん……、虎徹さんが痛い思いをしないように気をつけます。……じゃあ、シャワー浴びてきてもらえます?」
「あ、う、うん…」
目線に捕らわれて動きがどうしてもぎくしゃくする。
なんとか立ち上がると、虎徹はシャワールームへと向かった。
シャワーから出ると用意してくれたのだろうか、バスローブが置いてあった。
素肌にそれを羽織る。
急にどきどきしてきた。
本当にこれから、バーナビーと……。
自分から言い出した事なのに、信じられない。
どこか非現実的だ。
おずおずと戻ると、寝室への扉が開いていた。
「ちょっとここで待っていてくださいね。僕もシャワーを浴びてきます」
寝室に顔を覗かせると、ベッドサイドに座っていたバーナビーが立ち上がった。
「う、うん…」
自分と入れ替わりにバーナビーが寝室を出て行く。
後ろ姿を見送って、虎徹ははぁと息を吐いた。
ベッドを見る。
ベッドヘッドにコンドーム。
それとジェルが用意されていた。
どっちも高級ブランド品で、使った事もなければ見た事もないような高そうな品だ。
まんじりともしないでそれを見つめる。
コンドームもジェルももっと廉価なものなら自分でも使用していたから見慣れたものではあるが。
急に生々しく感じて、虎徹は赤面した。
どうしよう。
突然羞恥心が湧き起こる。
恥ずかしい。
今ならまだ間に合う。
このまま帰ってしまおうか。
やーぱり無理、と書き置きをしておけばいい。
バーナビーに失礼な事をしてしまうが、でもまだ引き返せる。
「………」
いや、ダメだ。
そんな事できるわけがない。
ここまで来ておいて、自分から抱いてくれと言い出したのに土壇場になって逃げ出すなんて、そんな卑怯な事はできない。
もしそんな事をしたら、バーナビーの信頼を一気に失ってしまう。
折角信頼してくれてきたのに。
今までの努力が無駄になるどころか、もっと悪くなる。
そんな事になるぐらいなら、バーナビーに抱かれた方がいい。
ずっといい。
「……はぁ…」
思わず溜息が漏れる。
まんじりともしないで待っていると、寝室のドアが開いてバーナビーが入ってきた。
シャワー上がりの湿った艶やかな金髪、明るい翠の瞳。
形の良い唇。
端正な表情。
鎖骨が見え隠れしているバスローブ。
バーナビーが虎徹の隣に座った。
「これ、使いますね?」
(………)
差し出されたコンドームとジェルをただただ見つめる。
「じゃあ、…仰向けに寝てください」
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