◆茨の冠◆ 34
バーナビーは虎徹に告白をして別れた後、会社を数日休んだ。
アポロンメディア社の方には、体調不良という事にした。
個人的な取材等が何件か入っていたが、ロイズの方から謝罪してもらい、キャンセルもしくは延期という事にした。
バーナビーが休みを取る事はそれまでに殆ど無かったから、有給休暇も溜まっていたようだった。
そのためロイズの方でも、スケジュールのやりくりに支障はあったとしても休み自体をとがめるような事は無く、体調が治るまでゆっくり休んでいていいよ、と反対に見舞いの言葉も掛けられた。
休んで一日目や二日目は、まだ虎徹の事が恋しくて恋しくて苦しかった。
強い薬を飲んでは無理矢理眠り、朦朧として起き上がってはまた苦しくなる。
無理矢理に再度眠り、……そういうふうに確かに病人のような生活で数日過ごした。
胸をかきむしるような苦しい数日が過ぎると、ようやく、バーナビーは落ち着いてきた。
数日間殆どものを食べていなかったから、身体はふらふらとし、無理矢理薬で眠っていたせいで頭も重かった。
しかし、それでも身体を引きちぎられるような、そんな苦しみは少しずつ治まってきた。
結局5日ほど休んで、バーナビーは会社に復帰した。
5日の間、最初は虎徹の事を考えて苦しみぬいた。
だが、一番の苦しい時期を過ぎれば、呆然としながらもなんとか自分で立ち上がるだけの気力を取り戻せたように思えた。
「バーナビー君、ちょっとやつれたんじゃない? 大丈夫?」
ヒーロー事業部に出勤すると、ロイズがバーナビーの顔を見て眉を寄せた。
「君がそんなになるなんて、かなり悪かったんだね。ちゃんとお医者さんに行った?」
「はい、もう大丈夫です。すいませんでした」
「まぁスケジュールの方はね、延期してもらったから大丈夫ですよ。とりあえず今日明日は身体が本調子じゃないでしょうから、たまっているデスクワークとトレーニングあたりで様子を見てくださいね」
「はい」
「君が休んでる間に殆どヒーローの出動がなかったから助かりましたよ。……出動、できる?」
「勿論大丈夫です。できなかったら出勤しませんよ」
「だよね。君はいつもきちんとしているから安心ですよ」
ロイズが表情を和らげて言って、部長室に戻っていく。
ヒーロー事業部には虎徹はいなかった。
経理担当の女史が一人、いつものように仕事をしているだけだ。
どうやら虎徹は午前中からトレーニングセンターに行っているらしい。
バーナビーは少しほっとした。
女史にも挨拶をして、それからデスクに腰掛ける。
机の上にはバーナビーには珍しく、提出書類が溜まっていた。
早速書類整理にとりかかり、同時に社内メールで廻ってきていたいろいろな案件を片付ける。
軽めの昼食を摂り、午後の仕事に取りかかる。
昼休みが過ぎたあたりで、虎徹がヒーロー事業部に戻ってきた。
やや俯き加減にヒーロー事業部のパーテーションの陰から部屋に入ってくる。
バーナビーがデスクに座っているのに気が付いたのか、はっとしたように顔を上げる。
歩いていた身体がぎくりとした様子で止まって、表情を引き締めてバーナビーを見てくる。
バーナビーが顔を上げて虎徹と目線を合わせると、一瞬迷うように琥珀色の目が揺れ、忙しなく瞬きをした。
それからこわごわといった感じでバーナビーを見てくる。
バーナビーは虎徹を見据えて、にこやかな笑顔を作った。
「虎徹さん、こんにちは」
普段通りの穏やかな、落ち着いた口調で声を掛ける。
「バニー………」
虎徹が瞬時目を見開いた。
思わず、我知らず出てしまったという声で名前を呼んで、それから眉を寄せ、視線を僅かに逸らす。
逸らしては、窺うように目線を合わせてくる。
バーナビーは更に笑顔を作って言った。
「休んでいて申し訳ありませんでした。ご心配をおかけしたでしょうか? ちょっと体調不良で。でももう大丈夫です」
「…………」
虎徹は何も言わなかった。
バーナビーは虎徹の様子を気にするようなそぶりも見せずにデスクの方に向き直って、画面に向かった。
虎徹が自分の左隣のデスクに腰を掛けた。
ちらちらと自分を窺ってくるのが分かる。
どうしたものか、という逡巡が見て取れる。
しかし、バーナビーが虎徹の方を見ずにデスクワークに集中する様子を見せると、そのうちに虎徹もバーナビーの方を見る事は無くなってきた。
時折ため息をついて、パソコンのディスプレイに向かう虎徹は、どこか途方に暮れたようにも見えた。
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