◆蜘蛛の巣◆ 2
「物わかりの良い男だな、君は。ではこれから私の言う事もきちんと聞くように…いいね?」
頷いた男のペニスを、ロイズは更に掴んだ。
虎徹がびく、と息を飲む。
言葉では承諾したものの、実際こういう事を強要された事はないのだろう、初々しい反応だ。
ロイズは薄い色の瞳を細めて、言葉を続けた。
「ではまず、タイガー。…このデスクに座って、足を広げたまえ。そして私の見ている前で自慰をするんだ」
「………は?」
虎徹が大きく目を見開いた。
首を傾げ、今聞いた言葉の意味を反芻し、それから青ざめる。
息をひゅっと吸って、しきりに瞬きする。
「……で、きねぇっすよ…」
「なんだね?」
聞こえない振りをして問い掛けると、顔色を無くした虎徹が右を見て左を見て、それからロイズを窺うように見つめてきた。
表情を変えずに虎徹を見返すと、瞬きをして俯いて、唇を噛む。
暫く葛藤していたようだが、やがて俯いたまま微かに頷いた。
ロイズが掴んでいたペニスを離すと、のろのろと身体を起こし、ロイズの前のデスクに尻を据える。
ロイズに相対するように座り、溜息を吐いて、両足を開く。
「こうですか…?」
筋肉がしなやかについた引き締まった内股が、ロイズの目の前に晒け出された。
男性器はやはり項垂れたまま、黒い陰毛に埋もれている。
陰嚢も縮こまって、デスク面に力無くその二つの玉を投げ出している。
ロイズが目で促すと、虎徹は信じられないというように頭を振って目を伏せ、右手でペニスを掴んだ。
嫌々させられているというのがありありと分かる。
が、そういう態度こそがまた嗜虐心を煽るものだとは、この男は気付いていないようだ。
久々にいい獲物だ、とロイズは思った。
男の性器など、嫌悪感に苛まれながら嫌々触れても勃起するはずがない。
案の定虎徹のペニスは、虎徹が額に汗が滲むほど扱いても勃起しなかった。
「なんだね君は。私の要求に応えられないのかね?」
これ以上ないほど眉を寄せて、虎徹が俯く。
黒茶色の髪がぱさりと乱れて額にかかり、その間からロイズを窺ってくる。
上目遣いのその焦げ茶色の瞳が、懐かない野良猫のそれのようで、ロイズの心の底を疼かせた。
「……すいません…」
「しかたがないね、尻を上げて」
内心ぞくぞくとした歓喜が湧き上がってきていたが、それを微塵も表には出さず、ロイズはビジネスの相手に対するように淡々と言葉を紡いだ。
冷たい突き放すような言い方に、虎徹が唇を噛む。
彼なりに覚悟を決めた上での行動が自分のままならない事に、忸怩たる思いを抱いているようだった。
ロイズはデスクの引き出しをあけると、中から銀色のフィルムに包まれた座薬を取りだした。
ピリ、と音を立てて、フィルムを破く。
虎徹がびくり、と肩を震わせてロイズの行動に反応する。
フィルムの中より白い座薬を取り出すと、ロイズはそれを虎徹の眼前に翳して見せた。
「自分でその気になれないのは、譲歩してあげよう。尻を上げて…?」
「…な、んですか、それ…」
虎徹が明らかに警戒して問い掛けてくる。殊更安心させるようにロイズは微笑した。
「EDの治療薬だよ。即効性があるからすぐに効く。興奮剤も添加されている。安全性は法基準に準拠しているから問題はない」
「………」
「ほら、尻を上げて…」
目の前の白い座薬を睨むように横目で見ながら、虎徹が恐る恐る尻を浮かせた。
右手の親指と人差し指でロケット型をした座薬を摘むと、ロイズはそれを虎徹の奥まった部分へ押し当てた。
油分の多いそれは、指先で押してやるだけでスムーズに挿入できる。
「……っ…」
虎徹が微かに息を飲んで、目を閉じる。
小さなものとは言え、異物感がするのだろう。
目を閉じた顔をロイズはじっと眺めた。
黒い睫が意外と長く、通った鼻筋にかかる様は風情があった。期待に心が騒ぐ。
高価な薬だけあって、効能は覿面だった。
項垂れていた虎徹のペニスが、むくり、とその頭を黒い茂みの中から擡げた。
だんだんと虎徹の息が荒くなってくる。
はぁはぁ、と息をする度に頬が上気し、瞳は膜がかかったように潤んでくる。
自分の身体の変化に戸惑っているのだろう、虎徹は途方に暮れたように股間を凝視していた。
「さて、続きをしてもらおうか」
ソファに腰を掛け直して、目の前に股間を晒けだす体勢となった虎徹に命令する。
虎徹が潤んだ双眸をロイズに向けてきた。
のろのろと右手が動いて、体積を増した性器を握る。
「……う、…」
微かな呻きを上げ、それからきゅっと目を閉じ、虎徹は握りしめた肉塊を扱き始めた。
グチュグチュ、と湿った粘液の音が響く。
全身が上気して、浅黒い肌から虎徹の体臭が立ち上る。
嫌な匂いではなく、嗅いでいるとこちらまで興奮してくるような、そんなどこか甘い、蠱惑的な匂いだった。
しっとりと汗を掻いて、その肌が間接照明に照らされて光る。
内股がひくひくと引きつり、色の濃い性器はすっかり勃ちあがって、剥き立ての果実のような亀頭の頭頂部より、しとどに透明な蜜を滴り落としていた。
予想以上だ。
顎をさすりながら、ロイズは心の中で呟いた。
嫌々ながらやっているようで、その実、薬という免罪符を手に入れた事で、この異様な状況に彼がより興奮しているのが分かる。
ヒーローのような、他人に見られて評価される職業を十年も現役でやっているのだ。
彼自身はそうとは気付いていないようだが、誰よりも自己顕示欲の強い男だろう、とロイズは予想していた。
その自己顕示欲が表に出てしまっては鼻持ちならないただの下品な男だが、虎徹の場合、それは、市民の命を守る正義の味方、という聞き触りの良い言葉に糊塗されている。
おそらく本人は全く考えも及ばないのだろうが、彼はこうして見られることに快感を覚えているはずだ。
どんな状況においても、見られるという事に。
そしてそれが、無理矢理強要されて仕方なく、であれば、素の自分をどれだけ晒しても恥にはならない。
思う存分、薬のせいにして、或いはロイズからの無理強いのせいにして、見られる快感を享受できる。
「…ふっ、…く…っ…」
途切れ途切れに掠れた声があがる。
いかにも硬そうで、雁高の性器がぶるりと脈打つ。
東洋人系のそれは長さにおいて劣ると言われているが、彼のそれは西洋人の標準ぐらいはあった。
その上で東洋人の特徴である硬さを保持している。
その逸物が頭を揺らし、透明な雫を茎へとたらりと垂らしている。
それは陰嚢を濡らし、更にその下までをも、てらてらと光らせながら流れている。
その蜜に濡れた指が、ペニスを握り潰すように強く肉塊に食い込み、その刺激に虎徹が顎を仰け反らせる。
浅黒く滑らかな皮膚に汗が滴り、仰け反った喉仏がひくりと動く。
短くカットされた顎髭が、彼を年相応の年齢に見せていた。
顎髭がなかったら20代の若者に見えただろう。
それでは面白くない。
顎髭のある30代の男がこうして喘いでいるのがいいのだ、と、ロイズは改めて思った。
「っ、…ぅっ…も、…、あ、あっ…!」
呻かないように堪えているつもりなのだろうが、声を殺せない様子にロイズの瞳がすっと細くなる。
鑑賞に堪えうる男だ。これはいい掘り出し物かもしれない。
堅く閉じた瞼の端から、透明な雫がつうっと頬を伝う。
半開きにした唇の中で、赤く濡れた舌が蠢く。
「あ、っ…あ、…も、い、いいっすかっ?」
上擦った掠れ声を上げ、虎徹が目を開けて、涙に濡れた茶色の瞳をロイズに向けてきた。
別にイくのを禁止した覚えはないのだが、彼は律儀にロイズの命令を待っているようだった。
意外と従順な性も持っているのだろうか。それもまた悪くはないが。
「あぁ、構わないよ。そこのティッシュを使いたまえ」
目線でデスクの端に置かれたティッシュボックスを示す。
戦慄く左手がそのボックスをたぐり寄せ、もどかしげにティッシュを何枚か引き出す。
逞しい胸筋が大きく上下する。
上下する度に色の濃い乳首も震える。
乳輪が汗で濡れ、その汗が鳩尾につつっと垂れて、更に引き締まった腹部を流れ臍へと吸い込まれていく。
その下は、黒い陰毛がすっかり濡れそぼっていた。
体液の潤沢な体質のようだ。
これならきっと、アナルの方の具合も良いだろう。
ロイズの許可が出たからか、虎徹は一気に右手の動きを激しくした。
グチュグチュという水音が大きくなる。
右親指と他の四指で作った輪で、硬いペニスの根元から雁首まで搾るように数度扱き、真っ赤に膨れた亀頭に爪を立てる。
虎徹の目が一瞬堅く閉じられ、背中が綺麗に撓って次の瞬間、尿道口より白い粘液が勢い良く迸り出た。
被せたティッシュが瞬く間に濡れていく。
ティッシュでは吸い取りきれず、裏筋を伝って陰嚢へと白濁が滴る。
むっとするような生臭い匂いが立ちこめ、ロイズの鼻孔を甘美に刺激する。
虎徹は数度全身をびくびくと脈打たせて射精した。
ぽたり、とデスクから絨毯へ、白濁がひとしずく落ちる。
それを目で追って、それからロイズは舐めるように虎徹の全身を見回した。
顎を仰け反らせ、今にも倒れそうな不安定な姿勢で彼が絶頂の余韻に浸っている。
ぴんと勃ちあがった乳首がちょうどロイズの方に突き出されていた。
腹筋がひくひくと痙攣し、股間は、先走りと精液と、濡れたティッシュでぐちゃぐちゃな状態だ。
それは、こういう光景を見慣れてきたロイズでさえ一瞬息を飲むほどの、淫靡な光景だった。
掘り出し物、という感が更に強くなる。
やがて虎徹がゆっくりと体勢を戻した。
はぁはぁと全身で息をしながら、気怠そうに上体を丸め、俯いてティッシュボックスから更にティッシュを引き出す。
汚れた股間をひとしきり拭いて、目を上げる。
これでいいか、と問い掛けてくる潤んだ瞳に、ロイズは表情を変えずに軽く頷いた。
虎徹がほっと息を吐いて、微かに頭を振る。
こんな事をしてしまった自分を自嘲しているのだろうか、それとも、快感に戸惑っているのか。
「…あの、も、ういいっすか、ロイズさん…?」
足を開いた体勢のまま、虎徹がおずおずと聞いて来た。
上気した頬に、目尻から流れた涙がまだ一筋痕をつけたままで濡れている。
一見情けなさそうに垂れた眉尻と、少し唇を突き出した表情が、この男の困った時の顔なのだろう、意外なほどに愛らしい。
ロイズを見て、視線を逸らし俯いて股間を眺め、自分の所行を思い出してか頬を赤くして更にロイズを上目使いに窺ってくる。
ロイズは鷹揚に微笑んだ。
「まぁまぁ及第点をあげよう、タイガー。では次だ」
「……へ…?」
ほっとしていた虎徹の表情が強張る。
眉尻を下げたまま眉間に皺を寄せ、快楽にとろりと蕩けていた瞳に警戒の光が灯る。
「なんだね、まさか君、自慰ぐらいで解放されると思っていたのかね?」
まさかそんな非常識な事は思っていなかったろうね、と重ねて言うと、虎徹が口惜しげに唇を噛んだ。
視線が鋭くなってロイズを睨んでくる。
獲物は活きが良くなくては面白くない。その点でも彼は期待に反しない。
ロイズの笑みは深くなった。
「さて、では次に行こうか、タイガ−。デスクから降りて私の前へ跪きたまえ」
「………」
虎徹の瞳の中に浮かんでいた憤りの感情がしぼんでいき、あきらめに変わるのをロイズはじっと見守った。
視線を交わすのに耐えられなくなったのか、虎徹が目を逸らし、力無く頭を振る。
身体を起こしデスクから降りようとして、小さく呻いて目元を上気させる。
直腸から吸収された薬が全身に浸透してきた頃だ。
少しの動きも性欲に直結する。
その証拠に、彼のペニスは、今達したばかりなのに既に半勃ちしていた。
股間が疼くのだろう、庇うようにして虎徹がデスクから降りる。
そして半歩前に出て、座っているロイズの前に膝を突いた。
長めの髪が、しっとりと汗で濡れて額や首筋に貼り付いている。
熟れた果実のように赤い唇が微かに動く。
「次はなにすれば、いいんだ…?」
「言葉遣いがなってないね、タイガー。上司には敬語を使うべきじゃないか?」
わざと焦らすように関係のない話題を振る。
虎徹が悔しげに顔を歪めた。
悪態を吐きたいのを必死で我慢しているようだ。
俯いて肩を細かく震わせて堪えている様が、また、たまらなく嗜虐心を煽ってくる。
ロイズはごくりと喉を鳴らした。
「…次は、なにを、すれば、いいですか…?」
言葉を短く区切って喉の奥から絞り出したような声だ。
感情を入れまいと、故意に平坦な発音をしている。
ロイズは視線を和らげ、出来の悪い部下を説諭するかのように優しく言った。
「では、次に、君に私の物を舐めて貰おうか。私を満足させられるだけのテクニックが君に有ればいいがね?」