◆HONESTY◆ 2
虎徹の料理は意外なほど美味かった。
一人暮らしが長いのだろうか、慣れた手つきでキッチンでてきぱきと動く。
皿に盛りつけられたものは、日本の家庭料理のようだった。
チャーハンに味噌汁、それに野菜の煮物に天ぷら。
あまり食べつけないものだったが、珍しい味にバーナビーも少し心が和んだ。
食べ終わって食器洗いを手伝おうとすると、虎徹がいいからいいからと言って、バーナビーに茶を持ってくる。
健康に良さそうなその茶を飲みながら、ぼんやりソファに座っていると、虎徹が彼用の茶と小さくカラフルな日本の菓子を持って、バーナビーの傍に座った。
「お茶請けって言うんだ。和三盆っていう上質の砂糖で作られているんだぜ。そんなに甘くないから食ってみろ」
「そうですか」
一つ摘んで口に含んでみると、すうっと口の中で蕩けて上質な甘さが咥内に広がる。
「美味しいだろ?」
「ええ」
短く答えると虎徹が嬉しげに笑った。
やはり自分とは違う。
こんな風に他人に尽くして、それで彼は嬉しさややり甲斐を感じるのだろう。
そう思うと小さく溜息が出た。
「なぁ、昼間の話なんだけどさ、何か悩んでる事あるんだろ?なんでもいいから話してみろよ」
こっちが本題だったのだろう、虎徹がやや表情を引き締めて話しかけてきた。
全くお節介にも程がある、と思ったが、そこでふと考え直した。
これだけ世話を焼く事が好きで、しかもそのことが嬉しいらしい彼だったら、自分の我が儘でも何でも叶えてくれるんじゃないか、どうだろうか。
……そう思ったのだ。
検分するように、虎徹を眺める。
そういう目で見ると、虎徹はセックスの相手としては申し分無かった。
引き締まった美しい身体をしているのは、バーナビーもトレーニングセンターでの着替えの時にちょくちょく見ているからよく知っている。
性格もそういう点では申し分ない。
年がかなり上と言うのも魅力的だ。
自分を甘やかして、好きにさせてくれそうな気がした。
そう考えると、バーナビーは無理矢理押さえ込んでいたセックスへの欲望があっという間に再燃するのを感じた。
ヒーローになってからずっとしていないから、それはまるで砂漠に迷い込んだ旅人が水を求めるように、切実なものだった。
―――シたい。
思わず目が虎徹の股間に行く。
彼の逞しく筋肉のついた腕や、敏捷そうな身体、しなやかな動き。
そういうものに目が行けば、身体の中がかぁっと熱くなる。
「そうですね。…実を言うと、すごく困ってる事があるんです…」
思わず口に出していた。
「そ、そうなんだ?おじさんに言ってみろよ、できる事はなんでもするぜ?」
虎徹が安請け合いをする。
バーナビーは口元に薄く笑いを浮かべた。
「実を言うと僕、男の人とセックスをするのが大好きなんです。けれどヒーローになってからはほら、顔と名前が出ちゃったでしょ、だからできなくなってしまったんですよね」
虎徹が何でも言ってみろというにこにこした表情のまま、固まった。
バーナビーは肩を竦めて続けた。
「今まではそういう人たちの集まる場所に行って適当に相手見つけて処理してたんですけど、もう行けなくなっちゃって。それでどうしようかなって本当に悩んでいたんです。最近はいらいらが募って、出動中に暴走しそうになったり…」
「………マジで…?」
「こんな時冗談言ってどうするんですか。僕が真面目に悩みを相談してるのに、ちゃかさないでください」
「そ、そうだね…」
虎徹がぱちぱちと瞬きをした。
「いや、俺、そういうのよく分かんねーんだけど、やっぱすげー辛いのか?」
「あなたはどうなんですか?」
「え、俺?いや、俺はそのー……、そういうのは自分で処理すれば、なんとかなっちゃうんだよね…」
「そうですか、それはいいですね。僕はダメなんですよ、男の人に抱かれないと。…困ったものです」
「……そ、そうか…」
「…あなたがなんとかしてくれると嬉しいんですけどね?」
考え込んだ虎徹にそう言葉を発してみると、虎徹がはっとしたように顔を上げた。
「……オレ?」
「ええ、あなた。頼めそうなのあなたしかいないですし」
虎徹はどういう反応をするだろうか。
バーナビーはそう言って虎徹の顎に手を掛けるとくいっと上向かせ、そこに軽く唇を押し当ててみた。
案の定虎徹は身体を強張らせた。
少し肩を竦め、次に虎徹の股間に手を伸ばし、服の上から膨らみを撫でてみる。
すると虎徹が面白いようにびくっとして、後退った。
「…おじさん、僕の事、抱いてくれませんか?」
直裁にそう言ってみると、虎徹がどう返答したらいいのか分からない、という途方に暮れた顔をした。
「いや、その……それは…」
「…ダメですか?」
畳みかけるようにお願いをしてみる。
「おじさんは僕の相棒なんでしょう?今、相談に乗ってくれたじゃないですか。何でもしてくれるって言ったし。僕の事助けてくださいよ」
表情を固まらせたままの虎徹にのし掛かって、バーナビーは虎徹をソファに押し倒した。
そのまま虎徹の首筋に顔を埋める。
虎徹がいつもつけている柑橘系の爽やかな香水の香りに、虎徹自身の体臭がほんのり混ざった匂いが鼻孔を擽ってきて、ぞくりとした。
―――したい。
セックスが、したい。
中に感じて、掻き回されたい。
貫かれてぐちゃぐちゃにされて、そうして何もかも放棄したい。
今自分が抱えているこのもやもやした気持ちや苛立ちを。
……全て、他人に預けてしまいたい。
首筋に唇を付けて軽く歯を立ててみる。
硬い筋が歯に当たって心地良かった。
右手を伸ばし、虎徹の股間をぐっと掴む
布地越しではあるが、中の性器の感触にぞくぞくっと全身が戦慄く。
すぐにでも、したかった。
下半身が熱く滾ってくる。
自分の股間もすっかり勃起して、布地を押し上げている。
それを虎徹に擦りつけるようにする。
「いやっ、いやいやいや、ちょっと待ったっ!む、無理っ、無理だからっ!」
突然虎徹が大声を出して、バーナビーをばっと振り払った。
虎徹に触れることに夢中になっていたバーナビーは、虚を突かれてソファから振り落とされた。
床に落ち、肩を打つ。
「あ……ご、ごめんっ。…でも無理だからっ…」
慌てた虎徹が後退って、バーナビーから離れる。
打った肩を庇うようにして起き上がって虎徹を見上げると、虎徹がまるっきり自分を拒否するつもりなのが分かった。
急激に興奮が萎んで、バーナビーは砂を噛んだような気持ちになった。
結局、……ダメか。
駄目なのは最初から分かってはいたが、そうかと言ってやはり拒絶されると、ダメージが来る。
肩を庇いながら立ち上がり、虎徹に背を向ける。
一言、
「……すいませんでした…」
そう言って、虎徹の顔も見ずに、バーナビーは彼の家から逃げるように出て行った。