◆HONESTY◆ 13
傷ついたような表情をして目線を彷徨わせていた虎徹が、顔を上げて無理矢理笑顔を作った。
「そっか、分かった。忙しいんじゃしょうがねぇよな、じゃあさ、俺、お前が呼んでくれるまでずっと待ってる。基本的に夜はいつも空けてあるから、いつでもいいいから呼んでくれよな?」
そう言って、気を取り直したようににっこり笑うと、自分のデスクに戻っていく。
そんな風ににっこりなんか、しないで欲しい。
バーナビーは涙が出そうだった。
素っ気なく拒絶したのだから、怒ってくれていい。
『なんで今まで自分の事を利用しておいて、用がなくなったらそれかよ』、というように罵倒してくれていい。
そして、『もう二度と行かねーよ』ぐらい言ってくれていい。
そうすれば、自分もあきらめがつく。
なのに……。
傷ついていながらそれを自分に気取られまいと気遣った笑顔をして。
いつまでも待っている、などと言って…。
そういう態度が一番辛かった
そんな風に言われると、どうしたらいいか分からない。
虎徹の優しさが反対に、自分の心を貫く鋭い矢となって突き刺さってくる。
………辛い。
苦しい…。
『じゃあ今日来てください』、そう言いたかった。
言えば必ず虎徹は来てくれる。
そして前と同じように自分を抱き締めて、キスをして、優しいセックスをしてくれるだろう。
虎徹のセックスは、とても優しかった。
労るようにバーナビーを抱き締め、瞼や頬、唇に何度もキスをしてくる。
丁寧に身体をほぐして、自分に少しも痛みなど感じさせないようなセックスをする。
それだけで身体が蕩け、心まで満たされる。
身も心も虎徹の中に溶けてしまうような、――そんな忘我の時間だった。
ぞくり、と身体の芯が疼いて、バーナビーはぐっと眉を寄せた。
ダメだ、考えてはいけない。
彼との甘美な思い出を少しでも考えれば、それだけでもう後ろ髪を引かれて、堪えきれなくなる。
考えなければいいんだ。
封印をして、蓋をしてしまおう。
今の自分に必要なのは、あきらめる事だ。
甘い思い出に引き摺られて元の関係に戻ってしまう事だけは、避けなくては。
そんな事をしたらおそらく、その時は飢餓が充たされていいかもしれない。
が、結局、最後には、永遠の破局が訪れてしまうだろう。
そうならないために、今の寂しさを堪えているのだから。
近視眼的な考え方をしてはいけない。
バーナビーは何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
それからもバーナビーは微妙に虎徹を避けた。
結局、虎徹の事を呼ばなかったし、虎徹もあれ以上は自分に訪問して良いか、などと問い掛けてくることもなかった。
活動の時間なども微妙にずらした。
例えば、虎徹が午後トレーニングセンターに行くというのが分かれば、バーナビーは午前中に行ってトレーニングをし、虎徹と入れ違いになるようにした。
虎徹がトレーニングセンターに行く午後は会社に戻ってきて、デスクワークをする。
そういう風にして虎徹とできるだけ顔を合わせないようにした。
会うのは、出動の時だけだ。
そうしていると、だんだん、自分がなんとか立て直せるような気持ちになってきた。
それは寂しくわびしく、空しいものだったが、それでも永遠に彼を失う事を考えれば、それよりもずっとずっとマシだった。
こうしていれば……、我慢して、我慢して、ここを乗り越えれば……。
そうすれば、彼はずっと自分の仕事上の相棒として、自分の傍に居てくれる。
今は、禁断症状の一番辛い時期なのだ。
ここを乗り越えれば、大丈夫だ。
そうは思ったけれど、身体の方は正直だった。
食欲は全く無くなり、食べても吐き気がして戻したり、或いは一日中頭痛がしたりした。
夜は全く眠れなくなり、睡眠薬の量はどんどん増えていく。
医者には理由を聞かれたが、バーナビーは仕事のストレスで、と言って誤魔化した。
ヒーロー業がストレスの掛かるものであることは医者にも分かっているようで、そう言えば医者は頷いて薬の量を増やしてくれた。
食欲の方も、食欲増進剤のお世話になった。
それでもあまり食べられず、無理矢理栄養ドリンクやサプリメントで補っている有様だった。
そんな酷い有様だったが、バーナビーは他のヒーロー仲間達やマスコミ関係、あるいはヒーローTV関係者には、絶対、自分の不調が分からないようにした。
他人のいる所では自信満々の態度を取り、明るく笑い、いつものバーナビー・ブルックスJr.を演じる。
虎徹と二人きりで会ってしまう時にはそんな風に取り繕ってもいられず、虎徹がバーナビーの痩せてきた身体を見て心配そうに何か言いたげにしてくるのは分かった。
しかし、もし何か話してしまったら、そこで今まで築き上げてきた気持ちが一気に決壊してしまいそうだった。
バーナビーは視線を逸らして、決して話さないようにした。