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「虎徹君、君とバーナビー君に取材の申し込みが殺到しているよ」
「へぇ、そうなんですか?以前さんざん取材受けたし、もう俺の事とか取材しても何にも面白い事なんて出てこないっすよねぇ?」
「そうでもないんじゃない、虎徹君。君、1年前には殺人犯として指名手配なんかされちゃったし。その後は単身乗り込んできて大立ち回りして見せるし、マーベリックを追い詰めたしねぇ。その後引退しちゃったから、市民の皆さん、君のことが知りたくて欲求不満のままなんだよねぇ。だから、ここで君が復活してきたからには、取材が殺到するのは当然だよ」
「ええーっ、1年前の事なんて、もう話したくないっすよ。だいたいあの事件はすっかり解決してるじゃないっすか?」
「そこは、過激な話題に飢えているシュテルンビルト市民だからね。君が復帰したのに黙ってるわけないでしょ。まぁ、せいぜい頑張りなさいよ?」
「おいおいバニーちゃん、どうしたらいい?俺、そういうの勘弁してよ、なんだけど」
「しょうがないですね、虎徹さん。…まぁ、1年前の事件についてはそれなりにマスコミから質問されるって、覚悟はしておいた方がいいですよ?」
「バニーちゃんまでそういう事言う?…もう、ホント、勘弁して欲しいんだけど…」
派手なグッドラックモードを決めて華麗に復活したタイガー&バーナビーの二人。
次の日のシュテルンビルト新聞各紙は、一斉にその記事をフルカラーで載せた。
美しい七色に光りながらキックとパンチを決める二人の姿が各紙に躍る。
記事も一様に二人の復帰を歓迎しつつ、1年前シュテルンビルトを震撼させたマーベリック事件について言及していた。
というのも、そのマーベリック事件の立役者がタイガーであり、そのタイガーが、1年前は何もコメントしないままシュテルンビルトから去っていってしまったからだ。
ここであの事件の主役だった彼から、なんらかのコメントを引き出したい、とマスコミ各社が思うのも無理はない。
そういう本人は辟易としていて、その件に関しては勘弁してくれ、という雰囲気なのだが。
「君、1年前のあの時に、本名も顔も、全部知れ渡っちゃったからねぇ」
ロイズが顎をさすりながら言った。
ヒーロー事業部には今、各マスコミから取材やテレビ出演のオファーが殺到している。
タイガーの肉声を聞きたい、彼の素顔をもう一度画面で見たい、という要望が市民から多く寄せられているらしい。
そうは言っても、虎徹自身はそれは避けたい所だ。
ヒーローはあくまで本名も素顔も隠す。
それが鏑木虎徹の信条だ。
もう既に知られていたとしても、隠したい…が、隠す、と言うネガティブな意味合いでは決してない。
アイパッチをする事で、自分がヒーローという、素の自分ではない自分にチェンジする。
それは偉大なるヒーロー、レジェンドのスタイルを踏襲したものである。
レジェンドを尊敬し崇拝する、虎徹ならではのこだわりだった。
「まぁ、君、すっかり本名と名前が出ちゃったからねぇ。その点ではバーナビー君と同じ立場になっちゃったよねぇ」
ロイズがソファに座って、優雅に足を組み直しながら言う。
虎徹はそのロイズの前、自分のデスクの椅子に座って、デスクに背を向けて足をぶらぶらさせながら言った。
「でも、レジェンドはとにかくアイパッチしてましたからね。俺はレジェンドを尊敬してるから、たとえ市民のみんなが俺の名前とか顔知ってても、アイパッチは着けますよ」
「虎徹さんは、名前も顔も出ちゃったのは本意じゃないですもんね。…それにしても、あの時は、……虎徹さんが殺人犯として、指名手配されるなんて。…しかもその時僕は虎徹さんを覚えて無くて、本当に殺人犯だと思ってたなんて…」
「あぁ−、バニーちゃん、あれは不可抗力!どうしようもなかったから、バニーちゃんのせいじゃないって!」
バーナビーが俯いていかにも申し訳ないというように肩を落としたので、虎徹は慌てた。
確かに1年前、虎徹は身に覚えのない殺人犯として追われ、バーナビーやヒーロー仲間から攻撃された。
しかしあれはマーベリックが仕組んだ事であり、バーナビーはいわば被害者だ。
「そうそう、私だって、虎徹君のこと知らないって言って冷たくあしらったんだから、しょうがないよねぇ?」
「あっ、でもロイズさんに知らないって言われた時は、俺結構傷つきましたよぅ!あんなに冷たいロイズさんとか初めてだったし…」
「私も被害者だったんだから、しょうがないでしょ。まぁもう解決したんだし、過去の事は水に流して。バーナビー君も気にしないように」
ロイズが肩を竦めて手をひらひらと上向けた。
「虎徹さん、…本当に辛かったですよね。…みんなから追われて…。顔も名前も出ちゃって。僕なんか真剣にあなたのこと攻撃してしまったし…」
「いいっていいって!今こうして平和なんだからさ。だろ、バニー?」
「……そうですけど。…虎徹さん、名前とか顔とか出たから、この1年間、大変だったんじゃないですか?」
「いや、そうでもねーって。すぐ田舎に帰っちまったしなぁ。田舎じゃ、元々俺の事みんな知ってる連中ばかりだしさ。だから別に平気だったぜ?」
「そうなんですか…?僕なんか、きっと自分が殺人犯ってニュースで言われて名前とか顔写真が出たらすごくショックで、きっと立ち直れないかも…。虎徹さんは本当に強くて格好いいです…」
「いやいやバニーちゃん、そんな褒めても何にも出ないよ?」
バーナビーが心底申し訳ない、という風情で言ってくるのがこそばゆくて、虎徹は慌てて手を振った。
確かに、自分が殺人犯として指名手配された時は呆気にとられて、途方に暮れた。
なんとかして誤解を解きたくて、いくら説得しても、話し合おうとしても、ヒーロー仲間もバーナビーもまるで取り合ってくれなかった。
あの時の絶望感といったら―――今思い返しても、鳥肌が立つ。
けれど、もう過ぎたことだ。
それに、バーナビーは自分がバーナビーを「「バニー」と呼んだら思い出してくれた。
あの時は天に昇るかと思うほどに嬉しかった。
自分がこんなにバーナビーの事を信頼し、頼りにし、掛け替えのない存在だと思っていたとは、……と、改めて思い知らされたものだった。
それを考えると、今は本当に幸せだと思う。
そんな事を考えてしみじみとしていると、ロイズが虎徹の顔を覗き込んできた。
「とりあえず、取材なんだけどね、アニエスのだけ受けといたからね。他のはちょっと保留。マスコミに君のことどのぐらい露出していいか現在懸案中だから、今の所は一件だけね。明日はアニエスのいるOBCに行ってよ、虎徹君。バーナビー君もね」
「へいへい、了解っす」
「それって、僕と虎徹さんが前に受けたみたいに、またフォートレスタワーで食事とかですかね?」
「お、それも悪くねーな!食事してぇ」
「虎徹さん、食い意地張ってますよ…」
バーナビーが呆れたように言いつつ、顔は笑顔になっている。
そんな彼の表情を見るとまた嬉しくなって、虎徹は自分も笑顔を作った。
「まぁ、明日が楽しみだな!」