◆4◆
次の日。
虎徹とバーナビーは、午前中の指定された時間にOBCスタジオを訪れた。
スタジオはよく来ている所だから馴染みがあるとは言え、人の出入りが激しいので、バーナビーはともかく、虎徹は些か緊張していた。
「あら、珍しく時間通りなのね、タイガー」
スタジオに入ると、スタッフ達と打ち合わせをしていたらしいアニエスが虎徹を見て、機嫌良さそうな笑顔を浮かべた。
機嫌良さそうにしてはいるが、相変わらず毒舌だ。
「珍しくって事はねーだろ?いつでも俺は時間通りだぜ」
「あ、そう?まぁ、自分でそう思ってるなら世話無いわねぇ。バーナビーはいつも時間よりも前に来るわよ?」
「うっせーなぁ…。とにかく来たんだから、いーだろ」
打ち合わせの部屋に通され、ソファに座る。
そこには先客として、40代半ばぐらいの落ち着いた雰囲気の男性が座っていた。
グレイの地味なスーツを着こなしたダンディな男性だ。
「こちら、ネクスト研究家で知られている、シュテルンビルト市立大学教授のエルンスト・トレルチさん」
「あ、初めまして」
先客を紹介されて虎徹とバーナビーが威を正して挨拶をすると、教授がにこやかに笑って挨拶を返してきた。
「貴方たちの事はよくテレビや雑誌で拝見しています。お会いできて嬉しいです」
「いえいえ、こちらこそ」
先客がいるとは知らなかったので、恐縮してぺこぺこと頭を下げる。
「今日はトレルチ教授とあなたたちでヒーローについての思いとかネクストについてとか、そういう内容で話してもらいたいのよね。無理に難しい話をしようとか思わないでいいから。特にタイガー、あなたは無理しなくていいわよ?難しい話はバーナビーにお任せでね?」
「なんだよ、それって俺にはできねーって感じじゃねーかよ」
「あら、できるの、タイガー?」
「……いや、できねーと思うけど…」
「だったらいちいち反論しないこと!…ところでタイガー、あなた、一年前の事件ですっかり顔が出ちゃってるんだから、今更アイパッチ着けなくていいんじゃないの?」
虎徹が外に出る時は必ず着けてるアイパッチの部分を凝視しながらアニエスが言ってきた。
「なんで未だにしてるのか、ちょっと腑に落ちないのよね」
ロイズに引き続きまた言われて、虎徹は意気込んで返答した。
「いや、これは必要なんだ。これしてる時はヒーローだっていう意識になれるしな。それになんたってレジェンドがしてただろ?俺はレジェンドを尊敬してるから、ヒーローだっていう意識がある以上は外に出る時にはこれを着けるぜ」
「あぁ、そう。…なるほどね、まぁ、そういう話も含めて、3人で話してちょうだい。じゃあ、場所を移動するわよ?」
アニエス達スタッフの中継車に同乗し、3人はフォートレスタワービルの高層にあるカフェに向かった。
そこは、2年以上前になるが、虎徹とバーナビーがコンビを組んだばかりのころ、やはり取材という事で二人で訪れたカフェだった。
あれから2年以上経っているのか…。
その間に自分とバーナビーの関係は劇的に変化したし、自分を取り巻く周囲も変わった。
そんな事を思い出して感慨に耽っていると、バーナビーが、
「虎徹さん、ここ、懐かしいですね」
と話しかけてきた。
「ほら、今日もやっぱりビルがたくさんありますよ?」
「やだな、バニーちゃん、もうその話はいいって…」
以前、自分がふてくされてバーナビーの質問におかしな答えをしたのを話題にされて、虎徹は思わず頬を赤らめた。
「あの時は本当、この人ってなんてふざけた人なんだろうって、まぁちょっと呆れましたけどね?」
「いやぁ、俺だってさ、バニーちゃん。あの時はさ、なんでこいつこんなに態度がでかいんだとか思ってたからなぁ…」
「ふふっ、懐かしいですね」
バーナビーが瞳を細めにっこりと笑い掛けてくる。
思わず答えて自分も笑うと、トレルチ教授が、
「お二人は本当に仲が良いんですね」
と、声をかけてきた。
確かに本当に仲が良い、と言えるようになったと思う。
そう言えるようになるまでの2年間、筆舌に尽くしがたいような、いろいろな事を経験した。
ジェイクとの闘い、能力の減退、マーベリックの奸計。
時には喧嘩をしたり、意見の相違ですれ違ったり、よかれと思ってしたことが裏目に出たりもした。
そんな風にお互い離れたり近寄ったり、また離れたり、紆余曲折を繰り返した。
けれど、今はこうして前よりもずっと、いや、そういういろいろな事があったからこそ、更に絆が深くなっている。
こうして一緒に居るのが自然で、一緒に居なくても常に一緒に居る、という意識にまでなっている。
バーナビーもきっとそうだろう。
彼を見ると『同じ事を思っていますよ』、というようにバーナビーが笑顔を向けてくる。
そういう彼の顔を見ると、心の奥がぽっと暖かくなって、満ち足りた気持ちになる。
「いやねぇ、二人で世界作ってないでよ、タイガーったら」
「いやいや、でも、コンビの仲が良いのは本当にいい事ですよ。特にタイガーさんはネクスト能力が減退しているにも関わらず前向きに、果敢にヒーローやっていらっしゃいます。そういう姿勢が人々に勇気を与えていますからね。私としてもネクスト能力を研究する上で、タイガーさんの例は非常に興味深いです。貴方がヒーローをやっているという事は、シュテルンビルトのみならず、全世界の人々の希望になっていると思いますよ?」
思い切り褒められて、背中がぞくぞくする。
そんな風に持ち上げられたり褒められたりしたことが滅多にないので、嬉しいのに居心地が悪くてたまらなくなる。
虎徹は目線を落ち着き無く揺らして、助けを求めるようにバーナビーを見た。
バーナビーが苦笑しながら肩を竦めてそっぽを向く。
「バニーちゃーん……」
「僕だってそう思いますからね、虎徹さん?トレルチ教授の意見に賛成ですよ」
「い、いやさぁ、…バニーちゃんも褒めてくれんのは嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしいよ…」
などと和やかに話し合いながら取材は進行し、所定の時間を録り終えて、3人は再びOBCスタジオに戻ってきた。
カフェで昼食を食べてきたから、後はアポロンメディア社に帰るだけだ。
取材も大過なく終わったし、トレルチ教授のネクスト論を拝聴したりして、勉強にもなった。
「バーナビー、ちょっといい?」
帰ろうかと打ち合わせ室で立ち上がりかけた所に、アニエスがバーナビーを呼びに来た。
「はい?」
「タイガー、ちょっと待っててくれる?バーナビーだけ打ち合わせがあるのよ。別の取材のね?」
「あ、そ。…うん、分かった。じゃあバニーちゃん待ってる」
「すいません、虎徹さん」
そう言ってバーナビーがアニエスと出て行く。
「トレルチ先生はどうします?そろそろ帰りますか?」
打ち合わせ室に残ったのは、虎徹と、教授の二人だった。
「そうですね、そろそろ帰ろうとか思うんですが…。ちょっとタイガーさん、二、三お話いいですか?」
そこでトレルチが、虎徹に秘密の話でもするかと言うように声を潜めて話しかけてきた。
「…はい、なんでしょう?」
「タイガーさんは、現在ネクスト能力が減退しているじゃないですか。その能力の減退についてなんですが…」
「はい…?」
「先程、タイガーさんは自分の尊敬するヒーローとして、レジェンドを上げていましたが、そのレジェンドも能力が減退していた、という事は知っていますか?」
教授が小さな声で囁いた。
突然シリアスな話になって、虎徹は緊張した。
「あ、はい。…実は聞いた事があります。とても信じられないんですけど。…でも、自分の能力が確かに減退してますから、そういう例があってもおかしくはないだろうとは思いました。…けど…まさか、あのレジェンドが…っていう気持ちです」
「そうですか。知っていらっしゃったんですね…。この話は普通の人間では知り得ない高度な秘密ですので、タイガーさんもそれ相応の専門家から聞かれた事と存じます。この辺の情報が人に知られていないのは、どうやらあのマーベリック氏が隠していたからのようですね…。彼が亡くなってから、そういうデータを以前に見聞きしたという人は出てきてはいるのですが、肝心のデータは現在残っていません」
「そうですか…」
「では、タイガーさん、…レジェンドが最後の頃、ヒーロー活動において八百長をしていた、という事は知っていますか…?」
八百長という言葉が出てきて虎徹はどきっとした。
思わず顔が強張る。
「……あ、はい。……それもやはり、能力の減退の話と一緒に聞きました。能力の減退よりも、俺はそっちの方が信じられません。レジェンドはそんな事をするような人間じゃない。今でも本当は信じられないんです…。すげーショックでした…」
「…そうですね。現在映像に残っているレジェンドは、いかにもヒーローの中のヒーローで、市民の誇りですからね。銅像まで建っていますし。ここでそのレジェンドのイメージを180度ひっくり返すような事実が出てきたら、大騒動になります。…八百長についても、どうやらマーベリック氏が絡んでいたようです」
「やっぱりそうですか…。マーベリックが…」
「ところで、タイガーさん、そこまで知っているならもう一つ…」
「……?」
「レジェンドのご家族、どうなったか知ってますか?」
「いや…?」
突然、レジェンドの家族について聞かれて、虎徹は戸惑った。
そういえばレジェンドの家族について考えた事はなかった。
彼とて普通の一般市民でもあるわけだし、それなりの年だったから、当然家族はあっただろう。
虎徹が眉を寄せると、教授が一瞬躊躇して、それからゆっくりと口を開いた。
「レジェンドには妻と息子がいたのです。…その息子さんは、現在司法局の裁判官をしている、ユーリ・ペトロフ氏ですよ」
その言葉を聞いた時、虎徹は一瞬呆然とした。
「えっ、なんですって!!!」