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「ジャクソン室長、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
ベン・ジャクソン。45歳。
ベンがここ、アポロンメディア社研究開発部メカニック室長に就任してそろそろ1年になる。
以前はトップマグ社のヒーロー事業部で部長をしていたが、ヒーロー事業部撤退によりリストラ、ポセイドンライン社のタクシー運転手に転職をして1年。
そしてここ、アポロンメディア社研究開発部メカニック室長にヘッドハンティングされて現在に至る。
メカニック室長ではあるが、ベンはメカニックは全くの専門外だ。
ここに就任したのは、偏にベンがワイルドタイガーの元上司であり、アポロンメディア社元CEO、アルバートマーベリック事件で彼を追いつめた立役者であったからである。
特にメカニック主任の斎藤が、ベンを強力に推薦した。
メカニック室長自体は、元々社内の別の部から定期異動で廻ってくる、所謂管理職巡りの一環としてのポストだったので、ベンが就任しても全く問題がない。
それどころか、ベンが来てから斎藤も元気づけられたのか、前よりも熱心にメカニックの研究に勤しむようになり、室内の意気も高まって良い業績を上げていた。
「ジャクソン室長、ミスター鏑木がお見えです」
出社すると、メカニック副室長がベンに話しかけてきた。
「え、虎徹が…?」
「はい、応接室に通してあります」
「そうか、分かった、ありがとう」
虎徹が来ていると聞いて、ベンは意外に思った。
虎徹とは毎日ぐらいに顔を合わせているが、それは主にベンが用事でヒーロー事業部へ赴くからである。
虎徹がメカニック室へ来るのは、殆どが斎藤の呼び出しだ。
呼び出し内容も、ヒーロースーツの実験やメカニックについての調整であり、自分に用があってくる、という事はまず無い。
わざわざ来なくても、午後になればヒーロー事業部へ行くのにな、なんだろう…。
そう思ってベンは応接室に向かった。
「あ、おはようベンさん」
「あぁおはよう。どうした、虎徹?朝からお前が来るなんて、珍しいじゃねぇか?」
「あー、そういえばそうかな…。ん、ちょっと、聞きたい事があって…」
応接室に入ると、所在なげに豪華なソファにちょこんと腰を下ろしていた虎徹が顔を上げて、ほっとしたように笑顔を作った。
向かいに腰を下ろす。
秘書がコーヒーを運んでくる。
「失礼します」
上品な声で言って秘書が出て行くと、虎徹は落ち着き無く周囲を見回した。
落ち着こうとしてかコーヒーをがぶり、と飲んで熱さに吹き出しそうになり慌てて飲み込む。
暫く熱さに苦しんでいたようだが、暫くしてようやく落ち着いたのか、ふう、と小さく息を吐いて話を切り出した。
「実はさ、ちょっと気になること聞いて…」
「ん、なんだ?」
「あのー、ベンさん、前にさ、…んと、俺が能力減退の話、ベンさんにした時だけど」
「あぁ、…減退の事か?」
虎徹がどこか深刻そうな感じなのはその話のせいか、と思ってベンは聞いてみた。
「どうした、また減退が始まったのか?」
「…いや、そうじゃねーけど、一応現在は1分で落ち着いてるんだけどさ…。そうじゃなくて、その、レジェンドの方だよ」
「レジェンドか?あぁ、そういえばあの時、八百長の話とかもしたな…」
ヒーローズカフェで二人で話した事を思い出す。
虎徹が顔を上げてベンを窺うように見てきた。
琥珀色の瞳が忙しなく瞬いて、視線が揺れる。
「ベンさんはさ、レジェンドの家族について、なんか知ってる?」
「家族……いや、家族については知らねーな…」
「そっか…」
虎徹が小さく息を吐いた。
「家族がどうかしたか?確かにレジェンドには家族はいたはずだが…一般人だから、今でも普通に暮らしてはいるはずだな…」
「いや、実はさ、昨日、俺、シュテルンビルト市立大学教授のトレルチって人と話したんだ、取材で」
「ネクスト研究で有名なトレルチさんか?名前はよく知っているが」
「うん、それで、帰りがけにトレルチ教授からさ、レジェンドには妻と息子がいて、その息子が、…なんと、司法局のユーリ・ペトロフ裁判官だって教えてもらったんだよ」
「……ペトロフ裁判官?」
「うん。……ベンさん、初耳?」
「あぁ、初めて聞いた。…それは全く知らなかった。ペトロフ裁判官なら、俺も、お前がトップマグ社にいた頃に裁判で見た事あるが…」
虎徹の言葉にベンは驚愕を隠せなかった。
「ベンさんも知らなかったのか、とすると…この事知ってる人って殆どいねーな…」
虎徹が眉を寄せ顎に手を掛けた。
「あぁ、俺はお前が能力減退した時に、いろいろつてを廻って調べてみたんだが、レジェンドの八百長については専門家はある程度知ってはいたが、裁判官が息子とは誰も知らないはずだ…」
「だよなぁ…」
虎徹が顎髭を撫でて考え込んだ。
「どう思う、ベンさん?俺、結構裁判官とは面識があるし、裁判官の前でレジェンドファンって言った事もあると思うんだ。その俺が気付かないぐらい、レジェンドと自分の関係隠してるって事だよなぁ…」
「…そうだな。…マーベリックがレジェンドのデータを殆ど抹消、もしくは改竄したものしか残ってない現状だからな、今となっては家族の事も全く知られてなくてもおかしくねーしな。レジェンドが八百長してた当時、一緒に家族として住んでいて、そういう父親の姿を見ていたとしたら、そりゃ、誰にも言いたくねぇのも分かるな…」
あとは……と、言い続けようとして、ベンはカップを手に取るとごくりと一口コーヒーを飲んだ。
「裁判官に何か言いたいのか、虎徹…?」
「いや、その、特には…。でも裁判官に、レジェンドのことを聞きたい気はするんだ。八百長とかの事もだし、その、データ改竄とか抹消について、家族としてどう思ってんだろうとか…」
「なるほど、そうだな。考えてみたら、息子ならレジェンドの裏も表も知ってるわけだ。今のレジェンドの扱われ方については、何か考えるところがありそうだな。.…もしかして裁判官も、その辺り疑問に思って自力で調査してるのかもしれねーぜ?」
「……?」
「司法局の裁判官、それにヒーロー管理官ともなれば、司法局の膨大な極秘資料からヒーロー管理の極秘資料まで全て閲覧できる立場だ。これ以上にヒーローの秘密について知り得る立場はねぇだろ」
「あ、そうか…」
「あぁ、もしかしたら、というか可能性的に高いが、裁判官は、マーベリックが絡んだ八百長とか、ジェイクのこととかもだが…ウロボロスとかについてもかなり知ってるかもしれねぇな…」
「ウロボロスについても、か…」
虎徹が真剣な表情をする。
「だよな。…レジェンドが八百長しててその記録が残ってないのとか、その辺りの裏事情とか調べてそうだもんな。マーベリックとウロボロスの関係とかも、もしかしてある程度知ってるかも」
「…ああ。マーベリックが裁判に掛けられる前にルナティックによって殺されてしまったのが悔やまれるな。生きていたら、たとえマーベリックが裁判に耐えられる身体ではなかったとしても、ある程度の事実は解明されたはずだ…」
「……そっか…そうだよな…」
「ルナティックってのも謎だな。…未だに正体が分かってねーんだろ?」
ベンがそう言うと虎徹がうーんと唸った。
「あぁ、分かってない。何度か対決したし、一度はマスクが破れて素顔が見えそうになった事もあったんだけどな…っていうか、ベンさん!」
「ん?」
「俺、ルナティックで腑に落ちねー事あるんだ。あの時、ほら、俺が殺人犯としてヒーロー仲間に追い詰められた時」
「あぁ、俺が助けてやった時な?」
「そうそう、あの時、ベンさんに会う前にさ、俺、ヒーロー仲間に追い詰められた上に偽タイガーに攻撃されて捕まりそうだったんだ。その時、何故か分からないけどルナティックに助けられたんだよな」
「……ルナティックが、お前を殺そうとしたんじゃなくてか?」
「そうなんだ!なんでか分からないけど、俺の事、偽タイガーから守ってくれた。あの時なんか難しい事言っててよく分からなかったんだけど、どうやら俺が殺人犯じゃない、って分かってたみたいだった!」
「…俺以外に、お前が犯人じゃないって思ってたやつがいて、そいつがルナティックだったって事か」
「そうなんだ、なんで、ルナティックは俺を助けたんだろうか…」
「うーん……その辺も謎だな…。お前の事は助けたが、戦意のないマーベリックは殺した、か…」
「……うん…」
「お前には死んでもらったら困る事があった?マーベリックについては、やつの正義で殺したか、それとも、マーベリックがその後裁判にかけられる事になって何か事実が発覚するのを恐れたか…」
「って、事はルナティックもウロボロスと関係があるって事か…?」
「どうだろうな、そのあたりも全く分からねぇな。裁判官の秘密と言い、いろいろ調べなくちゃならねぇことがありそうだ。よし、虎徹。俺もちょっとまた伝手頼って調べてみるぜ」
「悪いなベンさん。俺は裁判官に接触してみようかな…」
「まぁ、裁判官がお前に何かしゃべるとは思えねぇが、彼をレジェンドの息子だと思って接してみると、何か今まで気付かなかった事が分かるかもしれねぇな」
「うん、そうだよな」
虎徹が頷いた時、不意に虎徹の右手首のPDAが派手に鳴り出した。
『緊急連絡、緊急連絡、ヒーローはただちにジャスティスタワーに集合。ヒーローはただちにジャスティスタワーに集合!』
「っと、招集かかってるぞ、虎徹」
「本当だっ」
虎徹が慌てて立ち上がる。
「あ、ベンさん、ありがとうな。ちょっとすっきりした。とりあえず、裁判官に会ってみる」
そう言って、走って応接室を出て行く虎徹の後ろ姿を見送ると、ベンも立ち上がった。
「…そんじゃまず、古いダチにでもあたってみるか…」



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