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一方、ヒーロー事業部に戻った虎徹は、バーナビーと共に急ぎジャスティスタワーに向かった。
ジャスティスタワーにはヒーロー専用のトレーニングセンターがある。
ジャスティスタワーと言えばそのトレーニングセンターぐらいにしか用のない虎徹だが、トレーニングセンターはジャスティスタワーのほんの一部分、言ってみればおまけ、ぐらいでしかない。
タワーの主要部分は司法局及びヒーロー統括管理局であり、市長以下七代企業のCEOが集まる会議室をはじめとする、公的な施設の集合体である。
虎徹たちは、その会議室に集められた。
CEOや市長はいなかったが、既にヒーロー達が集まっており、ヒーロー以外に、OBCスタジオのアニエス、それにヒーロー管理官のユーリ・ペトロフ、更にはシュテルンビルト警察ヒーロー合同捜査室より責任者が集まっていた。
ヒーロー管理官であるユーリ・ペトロフを見て、虎徹はどきっとした。
朝がたベンと話した事を思い出したのだ。
裁判官が、レジェンドの息子…。
あらためてそういう認識を持って彼を眺めると、成る程、髪の色や肌の色など似ている気がする。
レジェンドの素顔を見た事は無いが、もしかしてレジェンドが顔出しをしていたら、すぐに分かったのではないか、と虎徹は思った。
まじまじと見ていたからだろうか、ユーリがなんですか、というような表情をして虎徹を見てきたので、虎徹は慌てて視線を逸らした。
やばいやばい、まだ彼と接触する勇気が出たわけではない。
自分が彼の秘密を知っている、という事を悟られないようにしなくては。
「では、皆さん、お座りください」
虎徹とバーナビーの後にロックバイソンが来て、ヒーローが全員揃ったところで、ユーリが一同に声を掛けた。
ガタガタと椅子を動かして、円卓に皆が座る。
ユーリは警察の人間、それからアニエスと隣り合わせで座っていた。
この場はどうやらユーリが仕切るようだ。
「何かしらねぇ?」
虎徹の隣に座ったネイサンが小声で話しかけてきた。
「警察が来てるって事は、何かきっと捜査の依頼よぉ?なにかしら…。それにしてもあの警察官、ちょっと素敵…」
「おいおい、こういう時に冗談言うなよ…」
「あら、冗談じゃないわよ。本気。…帰りにあの人の名前聞いてみるわ」
などとぼそぼそ話していると、目の前のテーブルの上に電子画面がたちあがり、そこに見知らぬ男の映像が映し出された。
「皆さん、スクリーンをごらんください」
ユーリの冴え冴えとした声が会議室に響く。
虎徹も、ネイサンとは反対の隣に座ったバーナビーも、画面を見つめた。
スクリーンに映ったのは刑務所に入っているらしい男の姿だった。
刑務所に入る際に撮られる写真だ。
身長が分かる黒い横線の入った壁を背にして自分の名前が書かれた身分証明のカードを手に持って立っている男。
オレンジ色の囚人服を身につけたその男は、年の頃は20代半ばぐらいか。
短い茶色の短髪に茶色の暗い瞳、まっすぐにこちらを凝視している表情にはなんの感情も浮かんでいなかったが、一見どこにでもいそうな青年だ。
「…今スクリーンに映っている男の名前はサミュエル・スペンサー。15人を殺害した連続凶悪殺人犯です。若い金髪の女性のみを狙い、強姦して拷問を加えた後に殺害するという快楽殺人者です。つい先日まで、ラジングトン刑務所に服役していました。刑期は500年です」
「………」
会議室がざわめく。ユーリが更に続けた。
「この男はネクストです。サイコキネシス系能力を持ち、女性を拘束する時にその能力を使っているようです。今までラジングトン市郊外の同刑務所に収容されていましたが、そこにはネクスト専門の施設がないということで、シュテルンビルトのネクスト専門の刑務所へと移送される事になり、その移送途中に脱走しました。現在シュテルンビルト市内に潜伏していると思われます。ここまでいいですか?」
ユーリが画面から顔を上げてヒーロー一同を見回す。
皆真剣な顔をして頷いた。
「この件については、市民の恐怖を煽らないために、極秘裏に私服警察が既に動いています。が、警察だけでは捜査しきれず、今回ヒーローにも捜査協力要請が来ました」
「あ、ここからは私が説明するわね?」
ユーリがそこまで言った所で、アニエスが口を開いた。
深刻な内容にもかかわらず相変わらずどこか嬉しげな感じで生き生きとしている。
「今回は潜入捜査、だから、みんなも私服でお願いするわ。当然ヒーローTV中継は無しね。でも、みんなひとりひとり、PDAに特殊機能を付加して、画像と音声が長時間録画できるようにします。その画像を元に、脱走犯が逮捕できたら、後日ヒーローTV特番として編集して放映する予定よ。ポイントもその時に活躍に応じて付く予定。いいかしら?」
「…いいけど、なんか危ない感じがするな…」
ロックバイソンが口を挟むとアニエスが頷いた。
「そうね、いつものヒーロー活動よりずっと危険だと思う。…ペトロフ管理官とも話したけど、今回の潜入捜査は任意でって事になってはいるわよ。危険だから辞退したいって人は自由。誰かいる?」
「ドラゴンキッド、あなたとか辞退した方がいいんじゃないかしら?危ないわよ?」
ネイサンが隣のドラゴンキッドの方を向いて言うと、
「僕だってヒーローだから、大丈夫。こういう時にみんなの役に立てないなんて、残念すぎるよ」
ドラゴンキッドがまさか、という強い調子で言った。
他の面々もみな当然参加する、という表情だった。
「では、お願いします」
ユーリが再び口を開いた。
「ただ、あくまでもヒーローは脱走犯の特定程度で結構です。相手はネクストであり、今までに15人も殺人を犯している凶悪殺人犯です。サイコキネシス系能力を効果的に使ってくれば、タイミング的にはあなたたちでも拘束されてしまう可能性もあります。十分注意してください。連絡はPDAから随時。自動的にここ、ジャスティスタワーと警察の関係各所には繋がるようになっています。なお、潜入捜査ですが、独りずつではなく、二人組で行動お願いします」
「……二人組なのか?」
スカイハイが首を傾げてユーリに問う。
「えぇ、私服の捜査ですので、さりげなく市民の一人として街に出て欲しいのです。その際一人だと長時間街で待機するというのも不自然になりますからね。それに独りで相対するには危険な相手です。誰と組むかは、こちらで決めさせていただきました。いいでしょうか?」
ヒーロー達が特に異を唱えないので、ユーリが続ける。
「では、…ファイアーエンブレムとロックバイソン」
「えっ、ネイサンとかよ…」
ロックバイソンがやや青ざめ、ファイアーエンブレムは反対ににまっと笑った。
「あらぁ、いい選択だわぁ、最強二人組じゃないー?よ、ろ、し、く、ね?二人でデートみたいに街に繰り出せばいいのね、楽しみだわぁ…?」
座が一気にがやがやする。
「スカイハイと折紙サイクロン」
「お、私は折紙君とか。よろしく、そしてよろしく!」
スカイハイが機嫌よさそうに言う。
対する折紙サイクロンはやや頬を赤くして小さい声で宜しくお願いします、と呟いた。
「バーナビーとドラゴンキッド。そして、ワイルドタイガーとブルーローズでお願いします」
「……えっ、虎徹さんとブルーローズ…」
「え、タイガーと?」
「あー、裁判官さん、俺たちの所の方がもしかして一番危険かな?」
ブルーローズと、と言われて虎徹は真っ先にユーリに質問した。
ユーリが細い眉を寄せてゆっくりと口を開く。
「そうですね、脱走犯は金髪の女性のみを狙う特殊嗜好があります。なので、ブルーローズは特に注意をしておいた方がいいかもしれません」
「了解…って事で、よろしくな、ブルーローズ!」
「え、えぇ、ま、別にアンタがいなくたって、私独りで十分捜査できるけどねっ!」
「まぁ、そう言うなよ。とにかく捜査だからな、十分気をつけねーとな?」
「そ、そんなの分かってるわよっ」
などと言いつつも、ブルーローズの機嫌は明らかにいい。
その横顔を眺めつつ、バーナビーは内心複雑だった。
「バーナビーさん、よろしくお願いします」
テーブル越しにドラゴンキッドがにこにこして見上げてくる。
「はい、こちらこそ。できたら僕たちで犯人を検挙したいですね?」
なんとなく対抗心が生まれた。
深刻な捜査で、そんな事を思うのは不謹慎かもしれないが、でも、ブルーローズには負けたくない、という気持ちが湧き上がってしまう。
「では、捜査は今日の午後から。午後1時より開始します。あなたたちの捜査範囲については、こちらの画面をご覧ください。シュテルンビルト市内、各所に散らばってもらいます……」
そんなヒーローたちのざわめきを余所に、ユーリが淡々と続ける。
(虎徹さんと、ブルーローズ…。虎徹さん、ブルーローズの気持ち、よく分かってないだろうから大丈夫だと思うけど、でも、ブルーローズと二人きりなのか…。いや、そんな事より、一番危険が大きいブルーローズの相手が虎徹さんで、大丈夫だろうか…。今、1分しかネクスト能力がないのに…)
画面に見入るヒーロー達、特に虎徹とブルーローズを横目で眺めて、バーナビーは複雑な心境を抑えきれなかった。



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