◆お父さんはヒーロー?◆  1






「よし、グッドラックモードだっ!」
「俺が蹴りっ!」
「じゃあ俺がパンチ!」
「ってオレにやらせろよー!」
「何言ってんだよ、僕がやるよ僕っ!」
「うるさーい!男子、ちゃんと掃除やりなさいよっ!」
6時間目が終わって掃除の時間。
楓はホームルーム教室の掃除をしていた。
今週楓の班は教室掃除だ。
教室は2班合同8人で行う。
クラス人数32人分、机の上に椅子を上げて、その机を前に運び、後ろから綺麗に掃く。
そこにモップを掛けて、今度は机を後ろに運ぶ。
教室の前でゴミを取り、モップを更に掛け、ホワイトボードを拭いてゴミを捨てればできあがり。
…のはずだが、楓の班は何故か男子がサボる。
サボるというより、机が無くなって広くなった空間で、やんちゃな男子が遊び始めるのだ。
特に最近はヒーローごっこというのが流行っているらしい。
全く、同じ年齢とは思えない幼さだ。
楓はこのクラスの委員長をしている。
だから、余計自分の班ぐらいきちんと指導しなければという気持ちになる。
大声で怒鳴ると、取っ組み合っていた男子がびくっとして楓を振り向いた。
「なんだよ、今いい所だったのに」
「いい所じゃないでしょ、掃除やりなさいよ。シンは机運びだったでしょ?パオロはゴミ捨て!」
「ちぇっ…て、鏑木に逆らったらあとが怖いもんなー」
「でもいいとこだったのに、もう少しで犯人逮捕だったのにな!」
「俺のグッドラックモード格好良かっただろ?」
「何言ってんだよ、俺のパンチ!なんたってワイルドタイガーの映像は全部録画してんだぜ、俺」
「僕だってタイガー&バーナビーの映像は全部録画してるよ!」
「それにしちゃ全然なってねーじゃねーか!」
「だって難しいんだもん…」
「なんでいつまでもしゃべってんの!早く行きなさいってば!」
「うわあ、鏑木が怒ったー!」
わいわい言いながら、ゴミ捨て当番の男子がゴミ箱を持って教室を走り出て行く。
その後ろ姿を睨んで、それから楓は残った男子を睨んだ。
「机運び!」
「…はい!」
ぎろっと睨まれて男子が竦む。
「犯人より鏑木の方が怖い!」
「…さすが楓ちゃん、すごいねー」
背後でモップを掛けていた女子が声を掛けてきた。
「っていうかさ、なんで男子ってああなのかなー。もう…」
「まぁでもさ、今ヒーローすごい人気だもん。特にタイガー&バーナビー。格好良いよね」
運び終えた机の位置を綺麗に直しながら、楓は肩を竦めた。
「私そういうの興味ないもん…」
というのは表向きで一応楓もヒーローのバーナビーの隠れファンではあった。
一度実際に助けてもらった事があるからだ。
でもだからと言ってわざわざヒーローテレビを録画をするとか、映像を見るという事まではしない。
まぁ、たまに雑誌にバーナビーが載ってたりすると書店でぱらぱら見るぐらいである。
ついでに言うとコンビを組んでいるというワイルドタイガーの方には全く興味がないので、殆ど見た事がない。
「はい、じゃあ、帰りのホームルームしまーす」
本日の日直当番が司会をして、帰りの会が始まる。
掃除の報告、一日の反省、それから明日の連絡を担任の先生から聞いて、みんなで『さようなら』、と挨拶をすると、楓はバッグを肩に掛けた。
「なー、おいおい、さっきの続きやらねー?」
校庭に出て帰ろうとすると、背後で先程の同じ班の男子が騒いでいるのが耳に入ってきた。
振り返ると、掃除の時間だけでは飽き足らないのか、また取っ組み合いを始めている。
(もう知らない。放課後だし、教室じゃないし)
「楓ちゃん、今日帰りにアクセサリー見に行かない?可愛いの見つけたんだー」
「…うん、そうしようかな…」
なとど友人と話しながら、歩く。背後からはしきりに煩い声が聞こえる。
「じゃあ俺スカイハイ!」
「じゃ、オレ、ロックバイソン」
「オレ、ワイルドタイガーな!」
「僕は最初っからバーナビー!」
「それじゃ犯人いなくなっちゃうじゃん!」
「お前犯人!」
「えー、酷いよ、さっきもオレ犯人だったし」
「よし、犯人逮捕だ!バーナビー行くぜ!」
「スカイハイが逮捕するっ!」
(あー煩いっっ……もう…)
どうして男子ってああいうのが好きなんだろう…。
校門近くになっても相変わらず背後で煩く男子が取っ組み合いをしている。
付いてこなければいいのに、と思っても帰る方向が同じなのだから始末におえない。
うんざりして振り返れば、小柄な男子をみんなでよってたかって羽交い締めにしている。
「もう、いい加減にしなさいよ!」
と楓は思わず一喝してしまった。
男子がびくっとする。目を見合わせる。
「……よし、じゃあ、鏑木が犯人だ!」
「えー、鏑木怖いよ!」
「怖いからいいんじゃないか!」
「犯人逮捕、ロックバイソン行け!」
「…オレ遠慮。バーナビーお前行けよ」
「っていうか、いい加減にやめなさいよ!」
「鏑木が怒ったー!」
男子がはやしたてる。
ぴき、と楓の額に青筋が立った。
「あのねぇ!」
本格的に怒鳴ろうとして身構えると、その時校門の外から、
「楓…?」
というとても聞き覚えのある声がした。
「あれ…?」
ぱっと振り向くと、校門の門扉に凭れて、ハンチング帽を被って緑のシャツに白いベストの人物が立っていた。
にこにこして自分に笑い掛けてくる。
「あれ、…お父さん…?」
「え、楓ちゃんのお父さんなの?」
思わず声を上げると、一緒に歩いていた友人が楓につられて虎徹を見上げた。
虎徹は門扉から身体を起こすと、右手に買い物袋をぶらぶら提げたまま左手を挙げた。
「今日休みで帰ってきてたんだ。買い物ついでに寄ってみたらちょうど下校時間みたいだったからな、楓が出てこないかなって待ってた」
虎徹が瞳を細めて言う。
それから楓の後ろの男子たちを見てまたにっこりした。
「女の子をいじめるのは感心しないなー。なんてな、でも、男の子は元気な方がいいよな、みんな元気でよろしい。…あ、楓の父です、楓がお世話になってます。…楓と仲良くしてやってくれよな?」
男子に向かって笑顔全開で手を振る。
突然割って入った大人に、男子たちが動きを止めてぼおっと虎徹を見上げた。
「お父さんったら、もう、いいから早く帰ってよー!」
「えっ?…パパ、邪魔だった?」
「もう……」
いつまでも父に子供だと思われているのが恥ずかしい。そしてそれを友人達に知られるのがすごく恥ずかしい。
「あ、ごめんね、なんかお父さん来ちゃったから一緒に帰る。また明日ー!」
友人に慌てて挨拶すると、楓は虎徹の手をぐっと引っ張った。
「あ、うん、じゃまた明日ねっ!」
友人の声を背に、そのままぐいぐいと引っ張りながら、自宅までものも言わずに父を引き摺る。
「パパ、なんか駄目な事したかな?」
「もう、いいよ!」
取り敢えず溜息を吐いて父を見上げる。
いつものごとく少し情けない顔をしてじっと自分の機嫌を伺うようにしてくる父に、楓は顔を振って肩を竦めた。










次の日。
虎徹は前の日実家に泊まってそのまま朝シュテルンビルトに帰って行った。
なんでも突然休みが取れたから帰省したらしい。
(帰ってくるのはいいけど、いっつも突然なんだから…)
しかも相変わらず自分を子供扱いする。
(帰ってくるのは嬉しいけど、というかすごく嬉しいんだけど…)
なんか甘えたかったのに甘えられなかったし、かといって、喜ぶのもしゃくに障るし…というので楓は複雑な心境だった。
その心境のままむっつりとして登校する。
教室に入って自分の机の所に座りバッグをどさっと机におく。
昨日の男子一団が既に登校していて、ひとところに固まってなんかひそひそと話をしていた。
(あー、なんかあいつらにも何か言われるかな、全くお父さんったら…)
自分の父を見られてしまったのがちょっと恥ずかしい。
父はいい人だが子供っぽいところがあって、そこが楓としたらもうちょっときちんとして欲しい所だったのだ。
「おはよう、楓ちゃん」
友人が登校してきた。
「あ、おはよ。昨日はごめんねー」
「ううん、全然。それよりさ、楓ちゃんのお父さんって格好良いね?」
「え、格好良い?」
「うん、だって、うちのお父さんなんかお腹ぽっこりで太ってるのにさ、楓ちゃんのお父さんすっごくスタイルいいじゃない。すらっとしてて、お洒落で」
「そうかな…」
「うん、素敵だった。今日も迎えに来るの?」
「…え…でも、お父さん、もう帰ったから来ないよ」
「帰った?」
友人があれっという言う顔をした。
「一緒に住んでないんだ。お父さん、シュテルンビルトに出稼ぎいってて。たまに帰ってくるんだけどね」
「そうなんだ。都会に住んでるんだね。でも一緒に住んでないのちょっと寂しいね」
「まぁ、ちょっとはね。でもあんな感じだから頼りにならないっていうかさ−」
その時、固まってひそひそ話していた男子のうちの代表格の一人がおそるおそる楓の所にやってきた。
昨日、一番騒いでいたやつだ。
身体が大きくて、同年代の男子の中では体格が一番良く、乱暴者だが、男子の中では人気がある。
ソイツが、おずおずと、でも頬を紅潮させ眼をきらきらさせて言った。
「あのさ、鏑木……お前の父ちゃんって、ワイルドタイガー!?」




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