◆お父さんはヒーロー?◆ 2
「……は?」
男子の言っている意味が分からない。
楓が思いっきり不審な表情をすると、きらきら輝いていた男子の顔がさっと固まり、きょろきょろ戸惑いながら後退った。
「あれ、違う…?」
「違うっていうより意味分かんないんだけど…?」
「お前の父ちゃん、…ワイルドタイガーじゃねーの?」
「ワイルドタイガーってあのヒーローのでしょ?なんでうちのお父さんが?」
「あれ…?」
男子が後を振り向く。
「おい、違うって言ってるぞ!」
「えー、そんな事ないよ、絶対鏑木のお父さん、ワイルドタイガーだって!」
と答えたのは、光太という名前の、典型的ないたずらっ子系男子だ。
「だってオレ、ワイルドタイガーの録画全部持ってるもん。何回も見直してるし。ヒーロースーツ着てる時のだけじゃなくて、私服でテレビ出てるときのも持ってるし!」
「あ、僕も持ってる。僕も何回も見直してる。昨日の鏑木のお父さん、絶対ワイルドタイガーだったよね?」
「うん!絶対!だってまず服装がさ、テレビに出てた時と同じだったし。それに髭もおんなじ恰好だった。目の色も!髪型もっ」
「それって鏑木の父ちゃんが単にワイルドタイガーのファンで、同じ格好してるってのじゃなくてか?」
「違うよ!だって…ねー?」
色白の男子が顔をぶんぶん振った。
「だって、鏑木のお父さん、右手にヒーロー専用のPDA嵌めてたもん!昨日見た!それから!それから声が同じだった!僕、ワイルドタイガーの声、どこにいても聞き分けられるもん!声聞いた途端、昨日びくりしたもん!」
「……鏑木、お前の父ちゃん、ウィルドタイガーじゃないってんならさ、何の仕事してんの?」
「え、……知らない…」
先程から男子達の会話を聞いて、楓はだんだんと表情を険しくしていた。
そういえば……なんとなく心当たりがある。
確かに、父はいつも右手に白に緑の縁取りのある通信機を嵌めている。
なんだろうと思って聞いた事があるが、その時は、会社との緊急の通信に使うんだと、言っていた。
けど…。あれってヒーロー専用なの?
「あ、そう言えばさ、ほら、ジェイクとワイルドタイガー闘って、タイガー重傷負ったよな!鏑木、あの時お前の父ちゃんどうだったんだ?」
「……重傷?」
「そうそう、ワイルドタイガー、ICUに運ばれたんだよな!ジェイクとの戦いは見た事ない?」
「…見てない。でも、話は知ってるけど…」
「その時、お前の父ちゃん何してた?」
「……え、なんか、怪我して入院してた…」
「ほら!やっぱりじゃん!きっとそれ、ジェイクと闘って怪我したからだよ!」
シンという名前の色白の男子が嬉しそうに言った。
「あのときタイガーすっごい苦戦してぼこぼこにやられちゃったんだよね。僕見てて息止まりそうになったもん。でも、その後すぐに治ってまたバーナビーとコンビ組んで活躍したからホントほっとしたんだよねー。ねぇねぇ、鏑木さん、お父さんにサイン貰ってきてくれない?っていうか、一度お会いしたいなー。お話しできるだけでいいんだけど…」
シンがぽっと頬を染めてもじもじしながら言ってきたので、楓ははっきり言って困惑した。
確かに、父が実際はシュテルンビルトで何の仕事をしているのか知らない。
考えてみると、仕事でシュテルンビルトに単身赴任をしている、という事実だけで全部分かっているような気になって、それ以上の事を考えた事は無かった。
一緒に暮らしている祖母が特に父について心配しているような様子もない。
もしかしたらそれも、楓には知らせないように隠しているからかも知れないが。
休みが不定期でたまにしか会えないとは言え、楓が会う時の父はいつもにこにこして機嫌が良さそうで、自分の事をあまりよく分かってなさそうなお気楽そうな所が癪に障るが、それは置いといても、何か危険な仕事をしているようには見えなかった。
「って言うかさ、もし鏑木の父ちゃんがワイルドタイガーだったとしたら、鏑木に隠してるって事なのか?」
「うーん……でも、本当にお父さんかどうか分かんないし…」
「あ、オレさ、今日いっぱいディスク持ってきたんだ。なぁなぁ放課後に見ない?鏑木もさ、映像見た方がより分かると思うんだよな」
そう言って、光太が鞄の中に手を突っ込んでごそごそと漁り、ディスクの束をごっそりと取り出した。
「うわぁ、すげぇ」
「ふふん、でもこれだってコレクションの一部なんだぜ?最近のやつでこれだけ」
「さっすが光太だせ!お前のコレクションってホントハンパねーよなー!」
「でもいいなぁ、そんなに持ってて。僕もさぁ、タイガー&バーナビーの映像は全部録っているつもりなんだけど、結構録り逃しがあるんだよね」
シンがディスクの表面に書かれた録画のテレビ番組の日にちや内容を見て、羨ましそうに言った。
「鏑木、放課後なにか予定あるのか?」
「ううん、ないけど」
「じゃあさ、図書室行って、これ見ないか?」
「……うん、分かった。じゃあそうする」
「よーし、じゃあ取り敢えず放課後までこの話お預けな」
「うん…」
楓としてはどうにも心の中がもやもやしていたが、ちょうどその時朝のホームルーム開始のベルが鳴ってしまった。
委員長である楓がぼんやりしていたのでは、クラスが成り立たない。
教室に担任の先生が入ってくる。
「きりーつ!」
日直が号令を掛けて、みんなが一斉にがやがやと自分の机の所に戻り立ち上がる。
「おはようございまーす」
「はい、おはよう」
そう言ってその日も平和な学校生活が始まったのだった。
その日の放課後。
楓と親友の理紗、それから、ディスクを持ってきたワイルドタイガーの大ファンだという光太、身体が大きく朝一番最初に楓に声を掛けてきたパオロ、色白でちょっとオタク系な小柄なシンの計5人は、図書室の視聴覚ルームに集まっていた。
学校の図書室には視聴覚用の個別ブースがあり、そこで映像資料を見る事ができる。
部屋は扉を閉めれば完全防音になり、ブースは上半分が透明な硝子でできていて、中を司書が常に見る事ができるようにもなっているし、数人で入っても大丈夫なようにヘッドフォンも追加で借りることができる。
完全防音だからという事で、楓たちはヘッドフォンはつけずに映像を見ることにした。
「じゃあ、まず基本から。タイガー&バーナビーがヒーローテレビの中継で闘ってるとこな」
光太がそう言って、ディスクを一枚デッキに挿入する。
『ヒーローティービーラーイブ!ただいまタイガー&バーナビー出動でーす!おっとー、のっけからタイガーがハンドレッドパワー発動させましたぁっ!すっごいですねぇー!あっという間に犯人一味を追い詰めてー、車から引きずり出そうとしておりまーす!っと、そこにバーナビーが参戦したぁ!見事なコンビネーションですねぇ!タイガーが正面から車を止めてガラスを叩き割り、背後からバーナビーが逃げだそうとする犯人を華麗なキックで昏倒させましたぁ!』
実況だからか、結構アナウンサーの声が煩い。
「うわぁ、やっぱ格好いいよなぁ、いつ見ても格好良い」
「うん、最近は特にコンビの息がぴったりですっげぇ格好いいんだぜ!」
「あ、でも僕、最初のなんか息が合わなくて二人でがたがたやってた時も好きだったよ、なんか面白かったもん」
「あ、俺も俺も、なんかああいうのも悪くなかったよな!」
などと男子達ががやがや騒ぎながら見ている。
(………)
「ど、どう?鏑木さん…こっちの緑のヒーロースーツの方、これ、ワイルドタイガーね」
「…分かんないよ。だってお父さん、こんなのいつも着てないし」
「そ、そりゃそうだけどさぁ…」
「これ、顔も何も見えないじゃん」
タイガー&バーナビーがヒーロースーツを着てヒーローテレビで中継されているのは、楓も何回か見た事はある。
たまにニュースでちらっとやったりするからだ。
でも、頭の先から足の爪先までしっかりとスーツに覆われた様子では、誰が誰だかはっきり言って全く分からないし、ハンドレッドパワーを発動させた彼ではますます常人離れしていて、とても父とは思えない。
「そっかぁ、やっぱこれじゃ分かんねぇよなぁ。でもホント格好いいんだけどな」
「うん、このスーツもさ、すごく格好いいんだよね!僕、バーナビーとワイルドタイガーのフィギュア、10個持ってるよ」
「なんだそれ、買い過ぎじゃねーのか、シン。お前んち、親が金持ちだからいっぱい買ってもらってんだろ」
「えー、別にそういうわけじゃなくてさ、ほら、いろいろ限定モデルが出るじゃない。つい我慢できなくて」
「ったくよぉ、オレんちなんて、フィギュア1個ずつしかねーのに」
「あ、でも俺、スカイハイのは3つ持ってるぜ」
「パオロはスカイハイのファンなんだよねっ」
「スカイハイ超格好いいだろ?」
「ねぇ、楓ちゃん、どうなの、これお父さん?」
親友の理紗が聞いて来た。
「え、全然分かんない…。だってこれって殆どさぁ、着ぐるみ着てるようなもんじゃない?」
「だよねぇ…」
などと話をしていると、光太がそのディスクを取り出して別のディスクを挿入した。
「じゃあこっちどうかなぁ、これは私服のタイガー&バーナビーのヒーローインタビューなんだ。二人で普通に顔も映ってるかよーく見てくれよ」
「え、顔が映ってんの?」
「ああ。でもバーナビーは元々顔割れしてるヒーローだから素顔だけど、ワイルドタイガーはアイパッチつけるからな?」
「ふうん…」
ぱっと画面が映し出される。
インタビュアーが右端にいて、その向かって左側にタイガー&バーナビーの二人が並んでいるのが楓の目に飛び込んできた。
向かって右側が金髪のバーナビー・ブルックスJr.だ
彼の顔は知っている。
書店などでよく見かけるマンスリーヒーローに、頻繁に顔が載っているからだ。
実際シュテルンビルトのスケート会場で助けてもらった時に、マスクを上げた顔を見たこともある。
そしてその向かって左、――収まりの悪い黒髪に、目元は黒いアイパッチ、ジャケットを着てちょっとかしこまって座っている人物を映像で見て、瞬間、楓はトクン、と心臓が跳ねた。
(あれ……これって…………)