◆お父さんはヒーロー?◆  3






急に心臓がどきどきする。
瞬きするのももどかしい感じだ。
画面では二人がインタビューを受けていた。
『ワイルドタイガーさん、バーナビーさんって格好いいですよね』
『あー、うん、ホントホント。バニーはホント格好いいんだよなぁ。何やらせても完璧だし、事務仕事だってすっげー早いんだぜ、こいつ。ホントすげーよ。どうやったらこんなになんでも才能のあるヤツが生まれてくるもんだか知りたいもんだ』
『ははっ、本気に取らないでくださいね。タイガーさんはいっつもこういう感じで僕をおだてているんですよ』
『そうなんですか?』
『あー、いやいやいやバニーちゃん、俺ホントのことしか言わないから』
『バーナビーさんから見たタイガーさんはどうですか?』
『そうですね…』
バーナビーが顎に手を掛けて少し考え込む。
『タイガーさんはとても気配りのできる人ですね。人間って、勿論いろいろな能力があるのは望ましい事でしょうけど、一番重要なのは人に対する思いやりとか気遣いなんじゃないかなって、僕はタイガーさんとコンビを組むようになってから思いました。僕がジェイクを倒すことができたのも、タイガーさんが僕の事を信じて支えてくれたからです。タイガーさんがいなかったら今の僕はいませんでしたよ』
『うわぁ、またまたそんなぁ、褒め殺し?バニーちゃん』
『いやだなぁ、そういう変な風にとらないでくださいよ、僕だってたまには貴方のこと褒めたくなるんですから』
『あはははっ、なんて、お二人ったら本当に仲が良いですよね』
(……………)
画面の中のワイルドタイガーの声が、楓の耳に直接入ってくる。
どう聞いても、聞き間違えようのない……父の、声だ。
しゃべり方、イントネーション、声の響き。
人間は、相手が分かってくればその相手の声や足音だけでその人が分かる。
いくら画面越しとは言え、自分が父の声を聞き間違えるはずがない。
見た雰囲気も、まるっきり父だった。
座り方、足の組み方、しゃべる時の仕草。
笑った時の顔。
服装は言うまでもない。
見た事の無いジャケットを着てはいるが、ネクタイはいつも父がしているものだ。
確かこれは母がプレゼントしたもので、父はとても大切にしていて、同じのを買い足して何本か持っている。
それに、椅子の肘掛けについた左手にはいつもの腕時計とパワーストーンのブレスレット、そして右手には白に緑の縁取りのついた通信機が嵌められている。
今までどうして気付かなかったんだろうか。
(どう見ても、これ、お父さん……)
今まで全く興味がなくて、見てなかったからなんだろうか。
あるいは、本当にこんなにそっくりでも、父ではない別人なのだろうか。
いや、こんなにどこからどこまで同じ人間が二人いるなんて、思えない。
(それにお父さん、シュテルンビルトに住んでるんだし…)
お仕事なんだか分かんないし…。
この間、怪我して入院してたし…。
「………」
楓が難しい顔をして考え込むと、光太が、
「こういうのもあるぜ、ちょっと見てみねぇ?鏑木きっと見てねーだろ?」
そう言って、更にもう一枚、新しいディスクを挿入した。
「…さて、3戦目です。スタジオはすっかり夜になっております。ワイルドタイガーが到着しました。これからジェイクとの一騎打ちが始まります!」
アナウンサーが深刻な声でそう言って、ぱっとスタジアムが映る。
中央にヒーロースーツを着たワイルドタイガーが映っている。
「これ着てると分かんないよ?」
「まぁそうかと思ったけどさ、結構これ、タイガーの戦いの中で重要なんだ。ちょっと見てくれよ」
「そう?」
そう返事をして画面を見ると、画面には奇天烈な色に髪を染めた一人の男が出現して、突如ワイルドタイガーと戦い始めた。
「これ、ジェイクだぜ」
ジェイクとの戦いというのは、当時話題になっていたので知っているが、実際に見た事は無かった。
画面の中では、ワイルドタイガーがハンドレットパワーを駆使して目にも止まらぬ攻撃を繰り広げている。
ネクストの能力というのをまじまじと見て、楓ははっきり言って驚いた。
一瞬にして画面の端から端へワイルドタイガーが移動し、ジェイクに攻撃する。
が、全くジェイクには敵わず、反対にジェイクのビームを受けて、画面の端にまで吹っ飛ばされる様が映る。
どう見ても、ジェイクの圧倒的な一方的な戦いだった。
ワイルドタイガーは向かっていってはやられ、やられてはまた向かっていき、まるでボロ雑巾のようにぼろぼろに扱われていた。
見ていると、胸が破裂しそうになってきた。
もう、見たくない。
けれど画面の中では更に悲惨な戦いが続いている。
わいわい騒いでいた声もやんで、男子たちも黙ってそれを見ている。
ワイルドタイガーが壊れた人形のように吹っ飛ばされ、ぐったりとして動かなくなる。
しかし、彼はまた気力を振り絞って起き上がり、絶対かなわないのに、――と楓だって思うのに――、ジェイクに向かっていった。
最後に、まるで子供が玩具を気分任せに壊すように、ジェイクに一方的にいたぶられているワイルドタイガーの所で画面は終わった。
「これさぁ、ここで中継切れちゃったんだぁ、この後、更にタイガーやられてすっげー重傷で、ICUに運ばれたんだよなぁ…」
光太の独り言が胸にずきっと突き刺さってきた。
絶対かなわない敵に、それでも立ち向かっていくワイルドタイガーの姿は、楓には衝撃的だった。
「でもやっぱりタイガー格好いいよな、絶対あきらめないもんな」
「うん、彼はデビューした時から絶対にあきらめないヒーローなんだ!そこがやっぱ格好いい所だよね!」
胸がドクンドクン、と鳴る。
どうにも表現しようのない気持ちが湧き起こってきて、楓は俯いた。
(お父さん、あんな酷い目に遭っていたなんて……)
全然、知らなかった。
……だってお父さんあの時…
…プレゼント持って行くからって電話してきたのに、来られないって言ってきたからムカついて、『ほらね!』って捨て台詞吐いちゃったんだ……。
その後、病院に入院している父を見舞った。
包帯を巻いて点滴に繋がれていたけれど、すごく元気そうだった。
自分を見て、にこにこして
「楓ー心配いらないぞー?ちょーっとテロに巻き込まれちゃっただけだからなー」
なんてへらへらしながら言ってきたので、心配して損した、と思ったのだ。
入院もちょっとだけですぐ退院したみたいだから、たいした怪我じゃないと思っていた。
――けど。
「この時ワイルドタイガー瀕死で、ICUに運ばれてなんかすげー大変だったらしいよな」
「でもネクストだからなんかすぐ治ったみたいだけどな。普通の人間だったら死んでたよなぁ」
何気ないパオロの言葉がぐさぐさっと胸に突き刺さる。
……『死』んでた……?
『死ぬ』、という言葉に楓は敏感だ。
朧気でしかない、母の記憶。
それから、母がいなくなったあと、ずっと沈んでいた父の記憶。
そんなものが突然頭の中に再現される。
母が死んだ時自分はまだ4歳だったから、よく分からなかった。
けれど父がものすごく苦しそうだったのは覚えている。
子供ながらに、父を何とか慰めなくては、と思って一生懸命だった自分を思い出す。
……猛烈に腹が立ってきた。
(もし、お父さんがヒーローだったって事を隠して死んじゃったりしたら、私…)
……わたし……!
―――酷いじゃない!!
勿論、楓にも、なぜ父が仕事のことを隠していたかは分かる。
心配を掛けまいという父なりの優しさなんだろう。
でも、もう自分だって、10歳になる。
いつまでも子供扱いされて、隠されるなんて、嫌だ。
酷い。
しかも、こんなテレビが中継されていたのだってよく知らなかったし、興味がなかったから見なかった。
祖母はどうしたのだろう。
こんなのを見たら心配で心配でどうしようもなかったはず。
祖母が自分に父の事を隠しているのはきっと父が頼み込んだからだと思うが、祖母だってこんな映像を見てどんなに心配だったかと思うと、そんな祖母の気持ちも知らず一人で蚊帳の外に置かれた自分が情けなくて、そして更に腹が立った。
(……私ってそんなに頼りにならないのかな?)
お父さんにとって、私って………
鼻の奥がツン、とした。
(やだ、こんなとこで泣いたりしたら、みんなに笑われちゃう)
俯いて必死に堪える。
「鏑木さん、大丈夫?」
シンが心配そうに覗き込んできた。
「ん……、大丈夫っ。っていうか、……私、明日、シュテルンビルトに行ってくる!」
「…ええー!?」
泣きそうな気持ちを振り払うように楓が顔を上げてそう言うと、みんなが一斉に驚いた。
「今、これ見たんだけど、やっぱりこれお父さんだと思う。もしお父さんじゃなかったら、こんなにお父さんに似てる人何人もいるってことになるし、そんな事考えられないし。だから、私明日シュテルンビルト行って確かめてくる。私に隠してたなんて、酷いよね!」
楓の剣幕にみんな目を見開いて顔を見合わせた。
「…でもさ、シュテルンビルトすっげー遠いよ…?一人じゃ行けないと思うんだけど…」
遠いのは分かっている。
以前フィギュアスケートの大会で行ってきた。
専用のバスに乗って会場まで行ってまた帰ってきただけだから、市内なんてよく分からなかったけど、遠いのは分かった。
シュテルンビルト市自体はすごい大都市で、びっくりするぐら大きかったのしか覚えていない。
「そうだけど、でも……行く!」
明日は土曜日で学校は休みだから丁度いい。
それにこんな気持ちで普通に過ごすなんて、できない。
どうしても父に会いたい。
会ってどうするというわけでないけれど、とにかく会って何か言わないと気が済まない。
「あ、じゃあさ、シゲポンに頼まねー?」
パオロが手をぽんと叩いて言ってきた。
「うん、シゲポンならいいかも」
シゲポンというのは、楓たちのクラス担任の先生のあだなだった。
本名は茂・ウィルソンといい、20代後半のなかなかの好男子で、ちょっと熱血過ぎて一人で暴走気味な時もあるが、クラスのみんなの事をいつも考えて一緒に遊んだり笑ったりしてくれるから、みんなシゲポンの事が好きだった。
「シゲポンってさ、ヒーローファンなんだよね。マンスリーヒーローとか毎月買ってるし。いろいろグッズなんかも持ってるんだよね」
「へーそうなんだ?」
「じゃあさ、これからちょっとシゲポンとこ行って頼んでみねー?」
「よし、じゃ行こうぜ!鏑木、行こう!」
「あ、う、うん…」
男子たちがやがや話し合っていろいろ決めている。
いつもの頼りのない、掃除をさぼってばかりの男子とは違った一面に、楓はちょっとびっくりした。
図書室を出て職員室に行く。
入ると、シゲポンが机でみんなが書いた作文の添削をしていた。
「先生ー」
入って声を掛けると顔を上げて、
「よっ」
と片手を上げてにこっとする。
「どうした、みんな遅くまで残ってるじゃないか、帰ったかと思ったよ?」
「あの、先生にお願いがあるんですが…」
「…ん?」
パオロが切り出した。
「……実はこういうわけで、明日、シュテルンビルトに行きたいんですけど…先生、お願いします、俺たちのこと連れて行ってくれませんか?」
パオロが代表して事情を話す。
一通り話し終えると、シゲポンが顎に手を掛けて考え込んだ。
「そうだったんだ…。そういや鏑木のお父さんには会った事がないなぁ。いつも鏑木の家はおばあさんが来るもんな。入学式の時とかもおばあさんだったよな、そう言えば…」
「そうなんです。いっつもおばあちゃんで、うちお父さん来た事無いんですよね…」
「でも、もし鏑木のお父さんがワイルドタイガーなら、それはすごく素晴らしい事だと思うよ?」
シゲポンが楓の顔を覗き込んでにっこり笑って言った。
「僕はヒーローの中ではワイルドタイガーが一番好きなんだ。彼はヒーローとしての信念がはっきりしていて、他人のために一生懸命尽くす人物だよ。市民のために命を張って頑張っていて、すごく格好いいんだ。きっと人の役に立つとか命を助けるって事が生き甲斐なんだろうね。じゃなくちゃ、10年も現役でヒーローをやれるはずがないよ。……そうだな、じゃあ、ちょっと待ってて?」
シゲポンが携帯を取り出して、どこかに電話を掛ける。
「……はい、そういうわけなので明日数名引率してそちら様に窺いたいと思います…」
などと話をする声が聞こえて、それから電話を切るとシゲポンが大丈夫だよ、と言うようにウィンクした。
「アポロンメディア社にOKが出たよ」
「うわ、シゲポン仕事はえー!」
「僕はもともとほら、ヒーローファンだからね。結構プライベートでもシュテルンビルトに行ったりするんだ。だから道もよく知っているし、心配はないよ?」
「うわーい!」
「よし。じゃあ明日はアポロンメディア社に、タイガー&バーナビーの小学生突撃取材っていう形でいいかな?」
「すっげーシゲポンさすがぁ!おれたちの担任!」
「はははっ、持ち上げたって何も出ないけど、とりあえず本物には会えるかもね。鏑木もそれでいいかい?」
「あ、はい、分かりました」
「おうちの人が君のお父さんの事秘密にしてるっていうんだったら、おうちには僕の家でみんなで勉強するって事にしとけばいいよ。だったらおばあちゃんも安心だろ?」
「…すいません」
「いやいや僕も気になるからね…とりあえず、明日、じゃいいかな?」
「はーい」
「オッケーでーす!」
「じゃあ、先生明日よろしくお願いしまーす!」
明日の朝早く担任の家に集合することにして、楓たちはその日はそれぞれ自分の家に帰宅した。
(……明日かぁ…)
――果たして、ワイルドタイガーは、父なのか…。
それとも、信じられないほどの他人の空似で全くの別人なのか。



考えるとどきどきして、楓はその夜殆ど眠れなかった。





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