◆お父さんはヒーロー?◆  4






「うわ、楓ちゃん、なんか格好いい!」
「あはは、そうかな…。ちょっと変な感じ。理紗も別人みたい」
「ちょっと服装変えると随分雰囲気って変わるよねー」
次の日の朝、楓たちは早起きしてクラス担任であるシゲポンの家に集合した。
今日はこれから車に乗って、いよいよシュテルンビルトに乗り込むのだ。
シュテルンビルトに行くに当たって、楓たちはシゲポンの家で各自変装した。
と言うのも、先日学校にやってきた虎徹にちょっとの時間ではあるが、シゲポン以外は顔を見られているからだ。
念のため、いつもは着ないような一張羅を着たり、髪型を変えたりした。
楓はパオロの服を借りて男子に変装した。
半ズボンを穿き、帽子を被って髪は帽子の中に入れてしまう。
そこに眼鏡を掛け、それから風邪を引いているという事にしてマスクを掛ける。
そうすると顔が殆ど隠れた上に、男子の格好をしているから、まず気付かれる心配もない。
「ははっ、鏑木絶対分かんねーよ、それなら」
「うん、これでこっそりワイルドタイガーの事観察できるよね!」
「俺の服汚すなよ?」
「もともと汚れてるんじゃないの?」
「え、そんな事ねーと思うけど…。殆ど着てないよそゆき持ってきたし…」
「あ、ごめんごめん。貸してくれてありがとうね?」
軽口を言ったつもりだったが、パオロがマジに受け取ったので、楓は慌てて礼を言った。
「じゃあ、そろそろ出発しようか?」
シゲポンが車のエンジンを掛ける。
朝早くすがすがしい空気の中、すっきりと晴れ上がった青空と、低い山々から鳥の鳴き声が聞こえた。
いよいよシュテルンビルトに行くのだ。
そう思うと、期待なのか不安なのか、とにかく胸が騒いで落ち着かない。
今朝はできるだけ平静を装って家を出てきたものの、食欲が無くて祖母に怪しまれないように無理矢理朝ご飯を食べてきたくらいだ。
「うわぁ、すげー…」
車で3時間あまり、高速道路をひた走って、車は低い山々に囲まれたのどかな田園地帯から、一転、ごつごつとした岩山の続く荒涼とした大地を抜け、それからだんだんと住宅地、大きな工業地帯、更に住宅地、小さな街々を抜けた。
そうしてシュテルンビルト市内へと入る、大河を跨いだ大きな橋を渡る。
橋を渡ると中ははシュテルンビルトだった。










「すっげー!」
車の窓から周りを見回して、パオロが歓声を上げる。
車はまず、ブロンズステージに入り、そこから階層を一つずつ上がっていった。
ゴールドステージまで上がると、シュテルンメダイユ地区に入る。
天まで届くような高層ビル、街の象徴である大きな石像、優雅に浮かぶ飛行船、空中を走るモノレール、大勢の人々、たくさんの車。
とにかく何もかもが楓たちの住んでいる街とは桁違いに違っていた。
目を丸くしてただだまってそれを眺めていると、やがて車はグリフォンの像がビルの上に高く聳え立ち、太陽の光にあたって煌めいている巨大なビルの前で停まった。
そこから地下駐車場へと向かう。
「はい、着いたよ?」
近代的な地下駐車場で降り、そこからエレベータで1階に上がる。
エントランスは4階ほどぶちぬきの、見上げると首が痛くなるような吹き抜けで、そこに4階まで直通のエスカレータ、入り口中央には巨大なアポロンメディア社のオブジェが飾られていた。
とにかくこんな大きなビルに入った事は無いので、みんなただ声もなく見上げるばかりだ。
シゲポンが慣れた様子で受付のカウンタに行き、何かにこやかに話すと、受付の美しい女性も笑顔で答えて、一行はエレベータに乗るように指示された。
「シゲポンもしかして来た事あるの?」
「うん、あるよ。実言うとね、マンスリーヒーローの読者取材に選ばれた事あるんだ」
「へーそんな事してたんだ?」
「ま、長年ヒーローのコアなファンしてるからね?」
シゲポンがやたら嬉しそうだ。
エレベータはたちまち何十階ものビルの中を抜けて、ゆっくりと停まった。
すっとドアがスライドして外に出ると、そこはこじんまりとしたオフィスで、壁にヒーロースーツのタイガー&バーナビーの看板があり、中は中年の女性が一人事務を執っていた。
女性が立ち上がり、
「今連絡を受けた人ですね、どうぞ?」
そう言って、一行はオフィスの一番奥の部屋に案内された。
「ロイズさん、入ります」
インタフォンに向かって女性が言うとドアがすっと開く。
「さぁどうぞ、ようこそアポロンメディア社ヒーロー事業部へ」
中では40がらみの中年男性が迎えた。
大きな部屋で、背面の窓からは遙かな下に高層ビル、それに空に浮かぶ飛行船が見える。
「ようこそいらっしゃいました。突然の取材はいつもお断りしてるんですけど、ウィルソンさんの頼みですからね?特別に許可しましたよ」
「ロイズさん、ありがとうございます」
シゲポンがにこにことしてロイズと握手を交わす。
ぽけっとして見ていると、ロイズが子供用の愛想の良い顔を一行に向けてきた。
「じゃあ、みんな、まずはタイガー&バーナビーのメカニックを見に行こうか?」
「えっ、それ見られんの!」
「っと、すいません、よろしくお願いします」
「はいはい」、
ロイズが上機嫌で言って、一行を開発部に案内する。
エレベータを乗り継いで、同じビルの中にある別の階の開発部に行くと、そこはオフィスとは一変してまるで研究所のような様相を呈していた。
「こっちに来た事はなかったな、すごいな…」
シゲポンがきょろきょろしながら言う。
男子達もひたすら周りを見回している。
楓はさっきから眼鏡とマスクと帽子をして変装をした顔で、じっと周りを見つめていた。
すごい大企業だ。
こんな所で働いてるなんて……。
はっきり言って驚いた。
田舎では考えられないようなビルにたくさんの人々。
ただただ呆気に取られて眺めるばかりである。
開発部では、ヒーロースーツの才能やメカニック施設を見学した。
それは学校で行く工場見学のようなものだった。
一般人の見学ルートというのがあり、各所にパネル、それから展示、実際の現場を見るスペース、そういうものがあってぐるっと一回りできるようになっている。
「ここを見て、そうしたらみんなランチを食べていらっしゃい、それからまたヒーロー事業部の方へね?待ってるよ?」
ロイズがにこやかに言ってシゲポンに昼食無料券を渡し、先に出る。
「へぇランチまで食べられるんだ、すげぇな」
「お腹すいたかな?」
「うん!」
もう昼近い。
一行は開発部で、言葉こそ発しないが機嫌良さそうに案内してくれた小太りの斉藤さんという白衣の男性に挨拶をしたあと、またエレベータで移動して、今度は会社の中のレストランへと向かった。
レストランはビルの最上階にあった。
バイキング形式で入り口でトレイを受け取れば中はいくらでも食べ放題だ。
広大なレストランで、社員たちが三々五々、食事を食べに来ていた。
自分たちのような見学者や外部からの客もここで受け入れているのだろう。
大ホテルの会場のように大きく、中央に並んだ食事も数が多くて把握しきれないほどだった。
田舎では考えられないような豊富な種類だ。
男子達ははしゃぎながら選んでいる。
楓は相変わらず食欲はなかったが、せっかくなので、何種類もあるデザートを食べてみた。
デザートだけ食べるとか家では怒られて絶対にできない。
だから敢えてそれをしてみた。










食事が終わった後、またヒーロー事業部に戻る。
そうすると今度は豪華な応接室に案内された。
やはり窓は嵌め殺しの大きな一枚ガラスで、青空とビル群と飛行船が見える。
壁面は大きな液晶スクリーンになっていて、その前に椅子が並べてあり、ディスク鑑賞ができるようになっていた。
そこで楓たちは、まず、アポロンメディア社のヒーロー事業についてのピーアール映像を見た。
ヒーロー事業部がいかにしてできたか、ヒーローテレビの作り方や撮影の仕方、スタッフの紹介、それから現在いる他社のヒーローの紹介。
そして最後にアポロンメデイア社のヒーロであるタイガー&バーナビーの紹介だった。
華やかな戦闘シーン、コンビで出掛ける姿、ヒーロースーツの活躍ぶり、グッドラックモードを発動した時の様子などが、次々とスクリーンに映る。
ヒーロースーツを来ていないタイガー&バーナビーの映像ではなかったから、それが父かどうか楓には分からなかった。
男子はきゃーきゃー言いながらそれを見ている。
ピーアール映像だけあって編集が上手で非常に格好良く撮れているとは思った。
けれどこれじゃあ…。
朝から緊張し続けて、ちょっと疲れてしまった。
お昼に自分の好みのデザートばかり食べて少し気が緩んだのもあるかもしれない。
昨日殆ど眠れていないというのもあるかもしれない。
少しうとうととしてしまった時、あはは、と言う笑い声と人が近付いてくる足音とがした。
はっとして扉の方を見ると、扉がすっと開いて、私服のタイガー&バーナビーの二人が入ってきた。





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