◆Mimosa◆ 6
「なぁ、バニーちゃん、明日、休みじゃねぇ?あのさぁ、新しくできた水族館、一緒に行かねーか?」
金曜日の夕方、もうすぐ終業時刻になる頃、虎徹は意を決してバーナビーを誘ってみた。
行き先としてどこにするかいろいろ考えた。
さりげなくバーナビーを誘うのには、何か見に行くのがいいだろうと思った。
ちょうどシュテルンビルト郊外シュテルンブリッジの対岸の海辺に、大きな水族館がリニューアルオープンした所だった。
「いや、実はさ、娘が行きたいって言うんだよ。で、娘を連れてく前に、一度見に行ってみようかなって思って。でもああいう所一人で行くのもつまんねぇだろ。もしバニーちゃんが明日空いてればって話なんだけど、一緒に行ってくんねぇ?」
できるだけ無理のない理由を考えてみた。
「水族館ですか?そうですね、それは面白そうですね…」
バーナビーを誘うにはどこがいいか、と数日、虎徹は悩んだ。
遊園地とかでは誘いに乗ってこないだろうと思ったし、かといって映画や食事では時間が短くて込み入った話はできそうにもない。
美術館や博物館などと思ったが、自分とバーナビーでは趣味が違いすぎる気がする。
バーナビーだけが熱心に見て、自分が暇を持て余す、というのでも困る。
そう考えた末に、オープンしたての水族館を選んだ、という訳である。
美術や芸術に造詣が深いバーナビーであるから、自然科学にもきっと興味を示すだろうと思ったのもある。
案の定バーナビーは話に乗ってきた。
「じゃあ、明日、9時半に、バニーちゃんちに行くよ。俺の車でいいよな?」
「いいですけど、おじさん、大丈夫ですか?僕の車でもいいですよ」
「あーいやいや、俺が誘ったんだからさ、バニーちゃんはお客様って事で」
バーナビーの車の方が自分の車よりも高級でドライブするにはふさわしかったが、ここは自分がリードをしたかった。
「そうですか、じゃあお願いします。明日の9時半ですね」
バーナビーがいつもと同じように、特に気にする様子もなく答える。
実際はそんな風に誘った事をどう思っているのだろうか。
今まで自分が休みの日にどこかに誘うなどと言う事は一度も無かった。
できるだけさりげなくしたつもりだったが裏側にある気持ちを悟られてはいないか……。
虎徹は不安になりつつも、バーナビーがオーケーをした事にはほっとして、その日は別れた。
次の日。
朝9時20分頃に、虎徹はゴールドステージのバーナビーのマンションの前に車を乗り付けた。
自分の車は、このゴールドステージに聳え立つ高級マンションのエントランスに横づけるには庶民的すぎる車だったので気後れがして、エントランスの真ん前ではなく外れの方に車を停める。
車を停めて二、三分で、エントランスからバーナビーが出てきた。
9時半の待ち合わせよりは、5分以上前だ。
出てきて周囲をぐるりと見回し、マンションの端に停まっている虎徹の車を見つけて歩み寄ってくる。
「おはようございます」
「あ、あぁ、おはよ…。じゃあ、乗って…?」
挨拶ならアポロンメディア社で出勤した時に毎日交わしているが、今日はデートという心づもりであるので、ただバーナビーに挨拶をされただけでも、虎徹は胸がざわめいた。
運転席にそそくさと乗り込んで、車を発進させる。
リニューアルした水族館は、車で20分ほどの所にあった。
メダイユ地区からはかなり離れた海沿い、橋を渡った対岸の広大な埋め立て部分である。
元々以前よりあった水族館の規模を2倍に拡大し、館内だけではなく、外の海そのものをジオパークにしたのがリニューアルの目玉だった。
車を走らせている間、虎徹はちらちらとバーナビーを横目で窺った。
……彼は一体、どう思っているのだろうか。
特に、何も思ってはいないのだろうか。
それならいいのだが…。
ちらりと見た横顔は、いつもながら見れば見るほど端正で完璧な造形であり、虎徹はしみじみバーナビーの美しさに感じ入った。
前を見て何の感情も出ていない、一見取り澄ましたような表情。
そこには、石像のような、一種血の通っていない特別な美しさがあった。
勿論虎徹はバーナビーが感情を露わにする様子もよく見知っているし、情事の時の快感に崩れる彼も知っている。
けれど、そういう風にまるで彫刻のように動かない彼を見ると、その美に感嘆するとともにどこか不安な心持ちがした。
やはり彼は、恋愛感情などというものは笑止千万、と思っているかも知れない。
恋愛というものは考えてみれば、とても面倒くさいものだ。
自分の感情が自分で制御できず、相手の一挙手一投足に振り回される。
だからこそ恋愛であり素晴らしいものなのではあるが、そういう感情の動きを厭う雰囲気はいつもバーナビーから感じられた。
――どうしようか。