◆Mimosa◆ 7









いや、でも、もう自分の気持ちがはっきり分かったのだから、ここは意を決して告白するしかない。
自分が言わなければ、この関係は膠着状態のまま一歩も動かない。
このままでは自分が苦しい。
だから告白すると決めたのだ。
――挫けるんじゃない。
虎徹はそう言い聞かせて自分を鼓舞した。










水族館の中はオープンしたてという事もあって、老若男女、人種も様々大勢の見物客が来ていた。
が、開館直後に入った虎徹たちは、スムーズに館内を見る事ができた。
今回リニューアルした水族館の一番の売りは、1階から4階までをぶち抜いて作られた、巨大な円筒形の水槽である。
その水槽は何百種類もの魚が回遊している。
特に、遠洋から運ばれてきた大きなジンベイザメやエイの回遊が見所だ。
円筒形の水槽は照明が施され、幻想的に光と水が揺らめき、その中を同じ方向に一定のゆったりとした速度で魚たちが廻っている。
360度その水槽は見る事ができるが、一カ所、水槽のガラスに接してカフェが作られていた。
「あ、……よ、ここ、入んねぇ?」
その水槽をバーナビーがじっと見つめて興味を示したようだったので、虎徹はカフェに誘ってみた。
「そうですね」
「ここならさ、座ってゆっくり見られるみたいだぜ?」
「分かりました」
まだ開館して時間があまり経っていないという事もありカフェも空いていた。
虎徹は水槽のガラスの際、二人がけの席に座った。
クリームソーダを注文し、ストローを行儀悪く噛みながら、遙か上まで続く青い水槽の中を魚たちがゆらゆらと泳ぐのを眺める。
アイスコーヒーを頼んだバーナビーが、上品にストローでコーヒーを口に含み飲み下して、それから顔を横に向けて分厚い硝子越しに寒色系に沈む水槽の中を見つめる。
ゆらゆらと巨大なひれをもつエイが水中を滑空するように泳いできて、ガラスに白い平らな腹を擦りつけながらターンをする。
長い尻尾を揺らめかせてまた向こうへと泳いでいく。
バーナビーが真剣に水槽の中を眺めているので、虎徹も押し黙ってぼんやりと顔を横に向けた。
下から見上げれば水面は目映く白く光って水泡がこぽこぽと湧き上がっており、時たま上空から差す光を遮るようにして巨大な黒い影がゆったりと通り過ぎる。
それはこの水族館のリニューアルの一番の目玉である、ジンベイザメだった。
シルエットだけを揺らして、水面近くを雄大に回遊している。
カフェのある1階は、真っ白な砂が敷き詰められた海底を模している。
群れをなす小さな魚たちが一カ所に固まっていたり、または何百匹もの魚の大群がまるで号令でもかけられたかのように一定方向にさっと動いてはそこで方向転換をし、また別な所で曲がって他の魚たちと衝突しないように上手に海底を泳いでいる。
白い砂浜には殆ど身体を埋め、眼だけを動かしている魚がいたり、小さな鮫の仲間がぴくりともせず並んで佇んでいたりもする。
水族館というもの自体、来るのは何年ぶりだろうか…。
以前来た時の事を虎徹は思い起こした。
前に来た時は、妻が存命で元気だった。
小さな、まだ独りで歩けないような娘を連れ、乳母車を押してこの水族館に来たのだった。
あれから何年経ったのだろうか。
ふとしみじみとした気持ちになって、虎徹は水槽の向こう、微かに向こう側の見物客がうっすらと見えるのを見るとも為しに眺めていた。
「魚はいいですね…」
不意にバーナビーが口を開いたので、虎徹ははっと我に返った。
「ん?魚?……そうか?」
「魚には、個体を識別する感覚がないという話を聞いたことがあります。群れで泳いでいる魚限定ですけれど。あんなにプライベートスペースにまで他の魚たちを入れて一糸乱れぬ動きをする。あれは、個々の意志ではなく、巨大な一つの意志として動いているからだ、という事です」
「へぇ…そうなんだ?だよなぁ。じゃなくちゃあんなに素早く他の魚にぶつからずに動けるわけねーもんなぁ…」
「個体認識がないという事はつまり、孤独を感じないという事ですよね。自他の区別がないんですからね…。そういうのってどう思いますか?」
「孤独を感じない、か…。そうだなぁ…」
「ちょっと羨ましい気がしますが、でもそれは…他の人と触れ合う喜びも知らない、という事になりますよね…。でも、何も知らないという事は……知らない、そして知りうる能力がないという事は、究極の幸せなんじゃないかと思う事もあります…」
バーナビーの言葉に虎徹はどう返答していいか、困惑した。
「そうなのか…?」
なんとなく相づちを打つように答え、テーブルの向かいのバーナビーをじっと見る。
しばらく水槽を眺めていたバーナビーが、ふっと目線を動かし、虎徹が自分を見つめているのに気が付くと顔を上げて眼を合わせ、小さく笑った。
どこか儚く寂しげな笑いだった。
その顔を見て、虎徹は訳もなく胸が詰まった。
胸の中に愛おしさが溢れてきて、バーナビーを抱き締めたくなる。
そんな笑い方をして欲しくなかった。

――俺がいるじゃないか。
お前には俺が。
お前の事をこんなに好きな俺が居るじゃないか…。
そう言いたかった。



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