◆Without Your Love◆  4






「からかってんなら、たち悪いよなぁ…」
そう言ってまた小さく溜息を吐いて、頭に手を遣って髪の毛をがしがしと掻く。
彼の髪は日系人によくある直毛だが、色は黒ではなくどちらかというと茶色だった。
茶色がかっているが艶やかだ。
僕の髪も茶色だが癖っ毛で、彼の髪は僕のような所謂白人系とは違う。
その髪を乱して前髪を前に垂らすと、彼はいっそう若く見えた。
「その同僚さん、格好いいんですね?」
「うん、そうなんだ。俺から見ても、イケメンでモテモテ。ちょっと誘えば、いくらでも女の子が寄って来る感じ」
「へぇ、それは羨ましいですね」
僕がいかにも羨ましい、という感じを滲ませて言うと、彼が目線をゆるめて苦笑した。
「俺も実際羨ましいって思うよ。本当、モテるんだ。そんなヤツがさぁ、なんで俺みたいなおじさんに、そういう事言ってくると思う?俺男だし、……年上だし、中年だし。それに奥さんはねぇ、実はもういないんだど、娘がいるんだ。今、単身赴任してるから、一緒に住んでないんだけど…」
「そうなんですか…」
彼が自分の家族のことを話してくれたのは初めてなので、僕は興味深く聞いた。
成る程、彼は現在妻が居ない。
これは離婚なのか死別なのか、それは不明だが。
そして娘が一人いて、その娘とも離れて、ここシュテルンビルトで一人暮らしをして生活費を稼いでいるというわけか。
そう言葉で聞くと、生活をしょって立つ疲れた中年というイメージだ。
しかし目の前の彼は全くそういう様子ではなくて、やはり若くてスタイルが良くて、魅力的な男性だった。
「虎徹さんはその同僚さんの事、どう思っているんですか?」
「…えっ?」
意外な質問だったらしく、彼は一瞬虚を突かれたように顔を上げた。
琥珀色の目をぱちぱちと瞬きさせて、眉を寄せる。
「うーん……」
どうやら悩んでいる様子だ。
「…嫌いじゃないんですね?」
告白されたり性的関係を持ちたいと言われて気持ち悪いのだったら、その場ですぐに拒絶しているはずである。
そうではなくて僕に相談したり悩んでいる所を見ると、その相手が嫌いではないんだろうな、という事が見て取れた。
「ん……嫌いじゃない、っていうか、…」
彼が首を2、3回傾げて、困ったように唇を尖らせる。
彼は困惑した時にそうやって無意識だろうが唇をちょっと尖らせて拗ねたような表情をする事がある。
それが彼を年齢よりも若く、愛らしく見せている原因となっているのを、僕は発見していた。
「んっと、嫌いじゃない、って言うより、好きだ、と、思う…」
彼がゆっくり途切れ途切れに言葉を紡いだ。
その様子を見ていると、僕はなんとなく、彼に好きだと言ってきた同僚の気持ちが分かるような気がした。
僕などは2、3日に一度ほんの少し会話をするだけだし、こうやって二人きりになるのも初めてだ。
それでも彼が可愛い、と思ってしまった。
自分よりもずっと年上の男性に言う言葉ではないと分かっていても、彼はちょっとした仕草がとても愛らしくて、目が離せなくなるのだ。
唇をちょっと尖らせたり、くるりとした丸い虹彩を見開いたり、困ったように目線を泳がせたり、ちょっと溜息を吐いたり。
そうかと思うとやや半開きの唇から白い歯を見せて嬉しそうに笑ったり、金色に光る瞳を細めたり。
そんな仕草の一つ一つが印象的で、一度目にすると忘れられない。
もっとこの人にいろいろな表情をしてもらいたい。
それを間近で見たい。
……それから、触れたい……。
そう思わせる何かがあった。
こうして彼の顔を凝視しているだけでも、何故かどきどきする。
心の底に、不穏な欲望が湧き起こってくる。
例えば、彼のまっすぐな髪の毛に指を入れて、感触を感じてみたい、とか。
黒くてすっきりとした眉毛をなぞってみたい、とか。
すべすべしていそうな頬を撫でてみたい、すうっと通った細く高い鼻筋をなぞってみたい、とか。
少し厚めの柔らかそうな唇に触れてみたい、とか。
自分の、数少ない恋愛経験を思い起こす。
この欲望は、恋愛の最初の頃に、相手の女の子に感じたのと同じ種類だ。
この、相手に触れたい、目が離せないという気持ちが、恋愛感情になっていくのだろう、というのは容易に想像が付いた。
ごくたまにしか会わない僕でさえそう思うのだから、一緒に仕事をして朝から晩まで一緒にいるであろう、24歳の同僚さんにしてみれば、尚更そう思うのではないか。
「虎徹さんも好きなら問題ないじゃないですか。別に、恋愛は男女間でしなきゃならないってわけでもないし、シュテルンビルトは同性婚も認められていますよ?」
「えー……。でもさぁ…いくらその、好きでも、…。うん、そう、好きな事は好きだと思うんだけど…」
そこで彼は一旦口を噤んで、頬を仄かに染めた。
「その、さ…、セックスとか、できるとは、思えねぇんだよなぁ…ん…」
そう言って、俯いて息を吐く。
「もし、好きなんて返事して、アイツが喜んで、さぁセックスしましょう、なんて事になって、もし俺ができなくてやっぱりダメってなったら、すげぇアイツに失礼だろう?傷つける事になるし、そこで気まずくなって仕事の方でもうまく行かなくなったらすげぇ困るんだよ…」
「なるほど、その辺で悩んでいたんですね?」
「ん、そうなんだよな。…だからどうしようと思ってさ、返事…」
「でも、好きなんでしょ?」
「うん…、そう、好きなんだ…」
「じゃあ、やっぱり好きって言わなくちゃダメですよ。相思相愛なのに、そこで虎徹さんが好きじゃないとか嘘を言ったら、虎徹さん自身があとで苦しむことになりますよ?」
などと、若輩者の僕がいちいち諭すのもおかしな話だとは思うがそう言ってみた。
彼が、うーんと唸った。
「だよなぁ…」
「問題は、セックスができるかどうかって事なんですね?」
「そう。俺、ほら、奥さんいたから、普通に…うん、女の人としか経験がないっていうか…」
「その24歳の同僚さんは、虎徹さんの事を抱きたいんですか、それとも虎徹さんに抱かれたいんですか?」
僕が結構ずばずばと質問すると、彼は更に頬を赤くして視線を逸らした。
そんな風な仕草をするとますます可愛くて、僕はその同僚さんがどう言ったか、既に予想はついていた。
案の定彼は僕に、
「…抱きたいって言ってきた…」
と返事をした。
だろうなぁ、と納得が行って、僕は思わず微笑んでしまった。
この人なら、抱いてみたい、と思わせる何かがある。
始終一緒に居て、組んで仕事をしているなら尚更、そう思うだろう。
そういう風に思ったら、いちいち彼の仕草にときめいて、惹かれて、煽られて、無意識に誘惑されてたまったものではないだろう。
現に僕も、そういう気持ちになりつつあった。
「じゃあ、どうです?僕とやってみませんか?」



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