◆Mimosa◆ 9









声に聞き覚えがあった。
あの時は夜で遠目でシルエットしか分からなかったが、よく見ると髪型や歩き方、背の高さや体格などがあの時の男だ。
緊張してバーナビーを見る。
バーナビーは一見感情を表に出さず、いつもの営業用のスマイルを浮かべていた。
「はい、お久しぶりですね。今日はこちらにいらっしゃったんですか?」
「あぁ、そうなんだ。君もかい?」
「えぇ、水族館がリニューアルオープンしたというので」
「あら、あなた、こちらの方、もしかして、あの…バーナビー・ブルックスJr.さんじゃない?」
その時背後からついてきた女性が弾んだ声を掛けてきた。
「あぁ、そうだよ、アンナ。今話題沸騰の人気ヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.君だ」
「まぁあなた、こんな素敵な方とお知り合いだったの?」
女性が顔を輝かせる。
「うん、バーナビー君が大学生の頃に仕事で知り合ったんだ」
「えぇ、そうなんです。初めまして。僕が大学で研究しているときに、ダンカンさんにはお世話になりました」
「ま、そうだったの、あなたったらもう。…あ、はじめまして私、ダンカンの妻のアンナです」
女性が手を差し出してきた。
その手を優雅に取ってバーナビーがその手の甲に口づける。
虎徹はぼんやりと四阿に腰を下ろしたまま、それを見つめていた。
青い空と青い海を背景にして金髪が煌めく。
仲の良い男女ににこやかに接するバーナビー。
それは、絵のように美しい光景だった。
が、どこか非現実的な気もした。
男に妻がいたとは、……知らなかった。
てっきりバーナビーと同じゲイなのだと思っていた。
けれど違うようだ。
男と関係があった、などという事は微塵も感じさせない雰囲気で、バーナビーは男と話している。
その男と、妻である女性にもにこやかに対応している。
少し会話を交わし、男女は挨拶をして去っていった。
その後ろ姿を見送ってから、バーナビーがゆっくりと四阿に戻ってきた。
「そろそろ帰りませんか?」
「あ、あぁ、そうだな…」
思わず呆けていたらしい。
慌てて立ち上がると、バーナビーを見る。
バーナビーがやや表情を堅くしていた。
何か声を掛けたかったが、何も思い浮かばなかった。
押し黙ったまま虎徹とバーナビーはジオパークを出て水族館を後にし、車に戻った。










駐車場で車を発進させても、虎徹はバーナビーの事が気になって仕方がなかった。
バーナビーが以前付き合っていた男が現れた事によって、四阿で告白をするという予定がすっかり狂ってしまった。
このまま帰りたくはない。
それに、先程の男の話をバーナビーから聞きたかった。
――どうしようか。
少し考えて、虎徹は車を海沿いに走らせると、先程の水族館からはやや離れたひとけのない海辺の、道路から外れた砂浜付近に車を停めた。
そこは小さな入江で、穏やかな波が打ち寄せる綺麗な浜辺だったが、今の時期は誰も居なかった。
そこの、道路から降りた岩陰、人目に付かない部分に車を停める。
「おじさん…?」
バーナビーがどうしたのだ、というように聞いて来た。
車を停めてシートベルトを外すと虎徹は、何から話したらいいか暫く考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「あー、ちょっと、話したいんだけど、いいかな?」
「……はい?」
「さっきのさぁ、あの、男の人なんだけど、あれ、お前の前の彼だろ?」
どうやって聞くか考えたが、結局ストレートに聞いてみることにした。
バーナビーが一瞬眉を寄せてどうしようか、と逡巡するような表情をしてから、小さく頷いた。
「えぇ。よく分かりましたね、おじさん」
「悪い、前、公園でお前らの事、結構観察しちまっていたのかもしれねぇ」
そう言うと、バーナビーが自嘲めいた笑いを漏らした。
「別にいいですよ。あなたは元々観察力優れていますからね。でも一度しか見てないはずなのによく分かりましたね」
「まぁほら、すげぇ気になったってのもあったからな…。にしてもさ、あの、お前の元彼だけど、結婚したのか?お前と別れたあと…」
虎徹が首を傾げながらそう言うと、バーナビーが更に薄く笑った。
「いえ、彼は元々結婚していたんです」



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