◆ヒーローが出向してきました!--食堂篇--◆  1






「主任、どうしますか?…本当に困りましたねぇ」



あぁ、困った。
折角確保したバイトの子が、突然辞めてしまったのだ。
まぁ、バイトに来るようになって数日、最初の日は張り切ってやっていたものの、次の日から明らかに仕事に対するモチベーションが落ちていたから、こりゃ危ないかなとは思っていたが。
案の定、1週間と保たなくて辞めたのか。
最近の若い者はこれだから――っと、そういう風に思っていると顔に出てしまうのかも知れないな、気をつけないと。
私はそう思って表情を引き締めた。










ここは、アポロンメディア社の社員食堂。
私はそこの主任だ。名前はダグラス・リースマン。
ここアポロンメディア本社ビル内の社員食堂はビルの最上部、1フロアの4分の1を使用した広大な食堂である。
嵌め殺しの大きな一枚ガラスから望めるシュテルンメダイユ地区の眺望と、バイキング形式の種類の豊富なメニューが売りだ。
利用するのは、社員だけではない。
このビルを訪れた外部の人間も昼食を食べに来る。
だから、メニューはもとより、食堂の清掃や衛生管理にも相当気を遣う。
私が主任をしている食堂課は、正社員が5人。全員調理師の免許を持ち調理が専門だ。
それに契約社員が10人。
主に調理師の補助をする。食器洗いなども行う。
更にバイトが2人。
食堂の掃除から食材の運搬まで幅広く主に力仕事を担当する。それでぎりぎりの人数だ。
出勤は朝の9時50分を目安にフレックス制になっている。
私は主任という事もあって、いつも8時半には出勤している。
「やれやれ…掃除とか運搬、どうしますか?バイトの子一人じゃ到底やっていけないですよ…」
メインシェフのルーシー・フィルマーが溜息を吐いた。
確かにそうだ。
ここは、ぎりぎりの人数でやっている。
そのため、暇な時はまだなんとかなるが、昼食のピーク時などはあきらかに人手が足りなくなって戦場のようになる。
私は、最近白髪の交じってきた短い髪をくしゃっと手で掻き回して肩を竦めた。
「しょうがないな。…社内の掲示板に求人を出しておくよ」
「それしかないわねぇ。誰か応募があるといいけど…」
「そうだな。とにかく早急に誰かに来てもらわないとやっていけない。困ったよ…」
そう言うと私は厨房の隅にあるパーテーションで区切られた主任ブースに入り、パソコンを立ちあげた。
バイトなど、外部の求人広告で集めればすぐに何人でも集まるし、実際そうなのだが、アポロンメデイア社の場合、メデイア会社ということで、守秘事項が何かと多い。
特に食堂は内外の有名人も食べに来るので、そこで見聞した事を安易に外部に漏らされては、極言すれば会社の名誉に関わる事態にもなりかねない。
そういう訳で食堂のバイトといえど、完全に身元が確かできちんとした紹介の元に入ってくる人間でないと雇えなかった。
今回辞めた青年は、取引先社長の身内でお墨付きがあったから、安心して雇えた。
身元は良かったが、社長の坊ちゃんという如何にもな育ちで、食堂の掃除や段ボールの運搬のような仕事には耐えられなかったらしい。
きっとアポロンメディア社でバイト、という話だけ聞き、華やかなマスコミ関係の仕事でも想像していたのだろう。
そういう風に勘違いしている人間は多い。
しかし、食堂のバイトはひたすら食堂の掃除と段ボール箱の運搬、それから忙しいピーク時には食器洗いや食器を下げる場所である下げ台での応対など、ありとあらゆる雑用を引き受けなくてはならない。
更には周囲を見て、他の社員を素早く手助けするだけの気遣いや俊敏さが求められる。
結構、簡単な仕事のようでいて意外と人を選ぶのだ。
私は掲示板の中の社内求人にアクセスすると、そこに『食堂課より』、と書き込んで求人広告を出した。
社内には数限りない程の部署がある。そこで働く社員も大勢居る。
その中には、社員研修として他の部署を一定期間体験させたい、と考えている部署や、或いは、体調不良で休職していて復職した社員のリハビリのために単純作業に就かせて様子を見たい、という部署もある。
そういう場合に、この社内求人で当人に適切な仕事を探し、元の部署から出向という形で別の仕事をさせる。
それが主な目的でこの社内求人が作られていた。
私はそこに、次のように書き込んだ。
『食堂課。時間1日のうち4時間程度。成人男子希望。職種:食堂内清掃および食材運搬その他雑用。健康で体力に自信のある男性なら誰でも簡単にできる仕事です。午前10時より午後2時ぐらいまで。昼食無料。連絡、食堂課ダグラス・リースマン 連絡先 xxxx@apm.bxxxxxx』
こう書いて、掲示板に投稿する。
これで誰か来てくれればいいのだが。
職務内容的にははっきり言ってスキルは必要がないので、誰でも出来る。
ただ、面白い仕事かと言われれば返答しかねるが、まぁリハビリ勤務にはいいのではないかとは思う。
取り敢えず求人は出してみた。明日ぐらいまで待とう。
それで来なかったら、とにかく食堂自体は人員不足が深刻かつ急を要するので、無理を言って外からバイトを補充するしかないかもしれない。
危険だからそれだけはやりたくない。
「誰か来るといいですね?」
ルーシーが掲示板を覗き込んできた。
「そうだな。…さて、そろそろ仕込みとか始めようか。今日は私が食材を持ってくるよ」
運搬係のバイトのもう一人は、やはり他の部署からリハビリ勤務で出向している、20代後半のちょっと元気のない若者だ。
元々は調査部に入った新人だったが、いろいろあって精神的にやられちまったらしい。
暫く休職していて現在リハビリ出勤中だ。
まぁ、仕事はきついが、うちの部署なら何も考えなくてすむ力仕事だから、かえって良いだろう。
今回もそういう人材が来ないかな、と思っていた。
時間的にも1日4時間だ。
4時間なら、例えばリハビリ時間短縮勤務にも対応できるし、勤務時間自体は柔軟に変えることも出来る。昼食のピーク時さえ外してなければいいわけだ。
8時間定時勤務のヤツなら、その他の時間は元の部署で仕事もできるし、行く場所がないというのなら食堂課にずっと居てもらってもいい。
ここにもオフィスはあるし、パソコン等の機器も充実している。










そんなわけで私は、求人広告を出してから、昼食を挟んでクソ忙しい時間を過ごし、夕刻近くになってようやく仕事が一段落した後に、再びパソコンを立ち上げた。
普段ならもっと早く事務仕事に戻れるのだが、何しろバイトが一人欠員という事で、その分の仕事を主任の私がやったのだ。
じゃがいもやとうもろこしがみっちりと詰まった段ボール箱を運ぶのは、40を過ぎた身体には堪えた。
若い頃は勿論そういう力仕事も何のその、楽にこなしていたのだが、寄る年波には勝てない。
身体の節々がきしきしと鳴るようだった。
料理人たちも明日の仕込みを終えて、事務仕事をしていたり、あるいは早く出勤したものは既に帰社していたりする。
「あ、…メールが来てるな…」
パソコンを立ち上げて早々、軽やかな電子音がしてメールが到着していた事を知らせてきた。
もしかして、求人広告を見た誰かが連絡をくれたのだろうか。急いでメールを開く。

『求人応募。当部正社員。中途入社につき、社内の当部以外の業務全てに支障あり。パソコン等スキル低度。健康体力には自信あり。37歳男性。一定期間貴課にて業務を行い、会社に慣れると共に本社の社員としての意識の涵養を望む。体力頑強につき力仕事等得意。
応募氏名:ワイルドタイガー(本名:鏑木・T・虎徹)
当部のヒーローとしての業務が最優先となるのが条件。出動要請時には貴課勤務時間内にても当部業務優先で願いたい。時間的には10時〜14時OK。
ヒーロー事業部 アレキサンダー・ロイズ 連絡先 xxxxx@apm.hxxxxx 』

「………」
そのメールを読んで、私は正直驚愕した。




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