◆ヒーローが出向してきました!--食堂篇後日談--◆  2






それから数日後。
やはりいつものように忙しく立ち回るお昼の時間が過ぎ、
「やれやれ、今日も一日一番忙しい時間が終わったか、それじゃあ交替で私たちもお昼を食べよう」
という事で、2時過ぎ頃に厨房の隅、職員用の椅子とテーブルのある一角で私がチャンやルーシーと遅い賄いの昼食を摂ろうとした時。
「こんにちはー」
聞き覚えのある懐かしい声がした。
思わず声のした方を振り向く。
職員用の出入り口の扉を開けてひょこっと顔だけ覗かせて、懐かしいくりくりとした茶色の瞳が私たちを見つめ、それから嬉しげに細められた。
「タイガー!」
ルーシーが瞬間、歓声を上げる。
「あ、どうもどうも、ご無沙汰してました。お久し振りでーす。すんません、なかなか来られなくて」
へこへこと頭を下げながら、タイガーが私たちの方に近付いてきた。
一年ぶりに見るタイガーだった。
一年ぶりなのに彼は、1年半以上前、初めて彼がこの厨房に社内出向でやってきた時と同じで、全く変わっていなかった。
収まりの悪い少しばさついた黒髪。
茶色と金色の混じったくりくりとした瞳。
ちょっと困ったように笑う笑顔。
被っていたハンティング帽を取って、ぺこぺこと頭を下げてくる人懐こい仕草。
厨房を見回して懐かしげに瞳を細め、親しげに笑って、私たちを見つめてくる。
「やぁタイガー、久し振りだね。全く、…戻ってきたならすぐに挨拶に来いよ」
「おいおいチャン、そんな…」
チャンが珍しく乱暴な物言いをしたので、私は慌てたが、そう言いながらチャンはさっと立ち上がると、タイガーの手を取って引き摺るようにしてテーブルに連れてきた。
「さ、ここ座って。タイガーお昼はもう食べたかい?」
「今日はちょっと取材があったんで、外で軽めのを…」
「じゃ、飲み物は飲めるよな?」
チャン自ら、いそいそと珈琲を淹れようとした所で、
「あー、すんません、今日、もひとり連れてきたんですけど…」
「え?」
「おーいバニー、入ってこいよ?」
タイガーが、出入り口の方に向かってそう声を掛けたので、みんなが思わずそっちを見た。
すっという感じでスマートに、出入り口の扉の所にすらりとした美しい青年が現れた。
くるくると外向きに跳ねた金色の髪。
涼やかな碧色の瞳。
美しく端正としか言いようのない素晴らしい容姿。
すらりと背が高く、それでいてアスリートのように理想的な体型。
「こんにちは、お久しぶりです」
白い歯をきらりと煌めかせ、涼やかに笑って近付いてくる。
タイガーの相棒、バーナビー・ブルックスJr.だった。
バーナビーの事を私たちは今まで見た事が無いわけではない。
ヒーロー事業部に遊びに行った時にたまに会うことがあった。
タイガーと違ってバーナビーは取材などが忙しく、ヒーロー事業部に遊びに行った時に彼が居る事は殆ど無いのだが、それでも時折会うことがあった。
しかしそういう時でも私たちは遠くからバーナビーにぺこっと挨拶をするぐらいで、特に言葉を交わした事は無かった。
バーナビーと言えば、公私どちらも『24時間』ヒーローだ。
勿論ヒーロー出動時の格好良さは言うまでもないし、プライベートだって、完璧なヒーローを演じている。そういう訳でバーナビーを見ると私などは些か緊張してしまう。
この時もいかにもヒーロー然としたバーナビーが近付いてきたので、私は思わずびくびくとしてしまった。
「今日はさ、なんかバニーも一緒に来たいっていうから連れてきちゃった。バニーにもコーヒーもらっていい?」
「あ、あぁもちろんだよ。じゃあちょっと待っててくれ」
バーナビーを見て一瞬呆けていたチャンがはっと気を取り直してそそくさとコーヒーを淹れにいく。
「失礼します」
涼やかな低い声でそう言って、バーナビーがタイガーの隣に座った。
こんなに間近でバーナビーを見たのは初めてだった。
二人並んで座っているのをまじまじと見ると、バーナビーは本当に美形だった。
巷でハンサムと噂され、女性に大人気なのも頷ける。
所謂正統なハンサム、という感じだ。
隣に座っているタイガーと比べると、タイガーがハンサムでないという事ではないが、バーナビーが所謂正統派ハンサムであるのに対し、タイガーは可愛い、という言葉がぴったりだった。
バーナビーが一見ちょっと近寄りがたいような美形であるのに対して、タイガーは反対ににこにことしていて、笑顔を向けられると思わず傍に行って話しかけてしまいたくなりそうな、そんな雰囲気だ。
「ヒーロー事業部で前にお目に掛かった事がありますが、こっちに来たのは初めてです。厨房随分広いんですね」
「だろぉ、バニーちゃん、ここ掃除するの結構大変なのよ?」
「虎徹さんったら。…虎徹さんがそんなにちゃんと働いていたんですかね?」
「いやだなぁ、バニーちゃん。俺、働き者じゃん!」
ぱんぱん、と慣れ慣れしくバーナビーの肩を叩くタイガーに、私たちは思わずどぎまぎしてしまった。
こんな近寄りがたいようなハンサムなヒーローに対して、あれだけ慣れ慣れしくできるとは。
そこがやはりタイガーの良い所、誰とでも仲良くなれる、素晴らしい魅力なのだろう。
バーナビーがもし独りだったら、本当に近寄りがたくて、誰も彼も気後れしてしまって話しかけられないかもしれない。
けれど、タイガーが隣に居るから、そうじゃない。
タイガーの隣に居るバーナビーは、タイガーに話しかけられると、取り澄ましたような感じが崩れてふんわりとなる。
そうなると雰囲気も柔らかくなって、バーナビーにも気楽に話しかけられる感じになる。
「バーナビーさんも、来てくれるなんて、本当に嬉しいですよ。食堂の食事とかはどうですか?」
「はい、昼に会社に居る時は結構食べに来ています。バイキングの種類が豊富でみんな美味しくてどれを食べようかと迷いますよね」
バーナビーが美しい緑の瞳を細めてそう言ってきた。
彼に褒められると、非常に嬉しくなる。
ルーシーがほわん、と言った感じでにこにこした。
「そうですかぁ。バーナビーさんに褒められると本当に美味しいって言われてる感じがしますよね、主任?」
「…だよねぇ」
「えー、俺だって前から褒めてんじゃないっすか!」
「あ、いや、タイガーは勿論、ほら…。うん…前から言ってくれて嬉しいんだけど…。ね?」
「ね、じゃないですよ、主任。はい、コーヒーどうぞ?」
「ありがとうございます」
トレイに湯気の立つ香ばしい珈琲を二つ持ってきたチャンが肩を竦めてそう言いながら、バーナビーとタイガーの前にコーヒーカップを置いた。
板に付いた上品な仕草で一口飲んで、バーナビーが微笑を浮かべる。
「美味しいですね…。上質な珈琲豆を使ってとても上手に淹れてますね、さすがプロの仕事ですね」
「ん、そうだろ?チャンはさ、すっげー仕事に厳しいんだぜ?」
「虎徹さんもヒーローの仕事には厳しいですもんね。お互いプロという事ですね?」
「おぉ、バニーちゃん、嬉しい事言ってくれんじゃねーのっ!」
タイガーが目尻を下げてへへっと笑う。
二人の様子を見ていると思わず私たちも笑顔が出てしまった。
本当にこの二人は仲が良いのだな、と思う。
性格が正反対のように思えるのに、いや、だからこそ仲が良いのか。
それともバーナビーの相手がタイガーだから、バーナビーもこんな風に打ち解けられるのだろうか。
きっと、そうに違いない。
タイガーはどんな人とだって仲良くできて、その相手の良い所を最大限に引き出せる、そんな人だ。
「それにしてもさ、タイガー、君が復帰してくれて本当に嬉しいよ」
「へへっ、そうっすか?いや、実は、ヒーロー引退して実家に戻って、そっちでずっと暮らしてようかなって思ったんですけどね、なんかやっぱり、俺、ヒーローが好きなんですよね。ずっとやってたいなぁってしみじみ思って」
「うんうん、そうだよ、タイガー。君の天職はヒーローだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいっす。今能力1分しかないから、そのあたりで結構悩んだんですけど、でも俺はやっぱり、ヒーローをやれるだけやろうと思って」
「うん、そうだよ。タイガーはそうでなくちゃ!」
チャンが力強く言ったので、私は思わずくすっと笑った。
チャンもいつのまにかタイガーの大ファンになっているのだ。
元々そうだろうと思ってはいたが、再確認した感じだ。
バーナビーもにこにことする。
「そうですよね、虎徹さんこそヒーローの中のヒーロー、僕そう思ってます」
「バーナビーさんも一年間ほどヒーロー辞めてましたけど、二人で復帰してくれて嬉しいですよ?」
私はバーナビーに向かってそう言った。
「そう言っていただけると嬉しいです。僕は元々虎徹さんほどヒーローに対して思い入れがあるわけではなかったので、1年前のあのマーベリック事件でいろいろと思う所があって、少し離れてました。でも虎徹さんがヒーローに復帰したのを見たら、矢も盾もたまらなくなりました。虎徹さんのパートナーは僕しかいませんからね」
そう言ってタイガーの方を向いてとても優しい瞳をして彼を見る。
あぁ、そうか。
バーナビーは本当にタイガーの事が好きなんだな…
私はしみじみとそう思った。
タイガーは、彼に関わった人みんなを魅了する不思議な力を持っている。
関わった人がみんなタイガーによって元気づけられ、笑顔になっていく。
ここにいるルーシーやチャンもタイガーに元気づけられたし、私もそうだ。
バーナビーもそうなんだろう。
当のタイガーはそんな風に自分が回りに及ぼす感化について考えた事がないようで、きょとんした感じでへらっと笑いながらコーヒーを飲んでいる。
厨房の方で仕事をしていた他の料理人たちもわらわらと寄ってきてはタイガーに挨拶をしたり、笑いあったりしている。
厨房の雰囲気が和やかになって、午後の柔らかな光が窓から床に差し込んで、その反射した光がタイガーの髪を茶色に煌めかせ、瞳を金色に光らせている。
またこうしてタイガーとこの食堂で会うことができるなんて、本当に嬉しい……。










その時だった。
「おおい、相変わらずここの会社のやつらはよぅ…ったく、態度でけーよなぁ!」
聞き覚えのある、いやな声がした。
チャンが一瞬眉をぐっと寄せて、食堂の方をきっと見る。
アイツだ。
老舗出版社の社長のドラ息子だった。



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