◆ヒーローが出向してきました!--社史編纂室篇--◆ 3
「あ、ヒーローTV中継っ、ってことはヒーローが出動してんのね!」
パメラがはしゃいだ声を上げた。
(はァ?くそっっ……!)
煮えくりかえるような状態だった俺の腸はその瞬間、一気に焦げた。
―――ヒーロー。
そう、それも俺の腹の立つ原因の一つでもあった。
(くそ、朝からろくでもねぇもの見せやがって)
俺は盛大に眉を顰めて、大きな画面を睨んだ。
『あぁっと、今日もタイガー&バーナビーコンビ、活躍しておりまーす!コンビとして足並みの揃っていなかった二人、今までは何かと連携プレイがうまく行っておりませんでしたが、ここの所そんな前の失敗をすっかり忘れたような素晴らしい連携プレイ!ハンドレッドパワーもいよいよ勢いを増しておりまーす!』
テレビ局の実況、しかもヒーローTVだから主役のヒーローを持ち上げるのは分かるが、そのしらじらしい台詞に俺は胸くそが悪くなった。
全く、今朝はジャンに会って自慢されるし、仕事場に着けばこれかよ。
どうやらシュテルンビルト市内の外れの方で、車両火災が起こったらしい。
ハイウェイが青空を背景に映し出され、そこにくそいまいましいヒーローのやつらが何人も集まっている。
火事を消しているのはブルーローズだ。
……まぁ、ブルーローズとドラゴンキッドは可愛いから、俺は好きだ。
そこだけは見てやるか、そう思って顔を向けた途端に、見たくもねぇうちの会社のヒーロー、タイガー&バーナビーが大写しになった。
「きゃー、バーナビー!!いつ見ても格好いいわぁ!」
パメラがどこから出してんだと思うような蕩けた声で叫んだ。
燃えていた車の火をブルーローズが消して、それを蹴り壊してバーナビーが人命救助をしているシーンだった。
燃えた車の方は既に人は救助されていて、今バーナビーが助け出したのはその燃えた車に追突された車だった。中年の夫婦が乗っていた。
助け出される場面を見て、ちょっとほっとはする。
俺だって一応、善良な一市民だからな。
夫婦のうち、女性の方をバーナビーが、男性の方をワイルドタイガーが救出している。
二人で救急隊員にその人たちを引き渡すと、バーナビーがフェイスガードを上げて涼やかな、ハンサムとしか形容できない顔でにっこりと微笑んだ。
「きゃぁーっホント素敵ぃ!こんな素敵な人がうちの会社の社員なんて!一度直にお目に掛かりたいわぁ!」
「……………」
まぁ確かに、バーナビーの顔がいいのは認める。
それに優秀そうだ。
タイガー&バーナビーがうちの会社に入社したのは一ヶ月ほど前で、会社の中では大層話題になったが、実際には実物を見たやつは殆どいないらしい。
まぁどっちにしろ俺は興味がねぇ、と言うか胸くそ悪い。
特に俺が嫌いなのは、バーナビーの隣でフェイスガードをしたまま、つまり素顔を見せないままバーナビーにならっておずおずとポーズを取っているワイルドタイガーだった。
ワイルドタイガーと言えば、ヒーローを10年もやっていて、いい加減人気も落ちて崖っぷち、引退したらいいんじゃねぇかと言われていたやつだ。
人気も下がりっぱなし、どう考えてもこいつが普通の会社員だったら、まぁ十年やってきて『そろそろ君、異動でもしたらどうだい』とか肩を叩かれて、閑職に追いやられているところだな。
(…………)
――くそっ、それって俺じゃねぇか……!
違う!俺はこんなやつとおんなじじゃねぇ。
俺は第一線でずっと活躍できるはずだったんだ。
自分にはそれだけの実績があったし、これからだってますます活躍する自信はあった。
それが俺のせいじゃなくて、本当に理不尽な、目をかけてくれた上司の失脚ってだけで、こんなくそみたいな部署に追いやられ、ひがな一日暇を持て余している。
とんだ宝の持ち腐れだ。
対立派閥派だったやつなんか、俺の100分の1も仕事ができねぇくせに、偉そうに、何が毎日午前様だ…!
どうせ仕事ができなくて、ただいるだけだろうが。
……そうだ。
このワイルドタイガーだって、そんなやつらと同じだ。
こいつはトップマグ社っつう冴えねぇ出版社をリストラされる所を、アポロンメディア社がバーナビー・ブルックスJr.とコンビを組ませるっていう形で拾ってやったやつじゃねぇか。
本当だったら今頃失業保険もらいながら、新しい仕事先探しにハローワークにでも通い詰めてる所だ。
それがうちのメカニック室の最高の粋を集めたヒーロースーツなんか着やがって、ちゃっかり活躍している。
しかもバーナビーのおかげで活躍できてるっつうのに、タイガー&バーナビーとか、年が上だからかタイガーの名前が先についてるとか。
結局こいつは運がいいのか。
……くそ、じゃあ俺は運が悪いのか。運がねぇのか。
こんなに実力があるのに、実力だけじゃ駄目なのか。
人脈だって着々と築いてきたのに。
それなのに、ほんの些細な事で足下が崩れて真っ逆さまだ。
ワイルドタイガーは、――こいつは、自分が実力があるとかそういうのには関係なく、運の強さだけでアポロンメディア社に拾われた。
きっと高給取りで、ヒーローとしてみんなの注目を浴びて、正義の味方なんてやってられる。
今の俺の給料とこいつの給料、どっちが高いんだ?
……勿論、ワイルドタイガーだよな。
そりゃそうだよな、だってアポロンメディア社の看板ヒーロー様様だもんな。
あーくそっ、小憎らしい。胸くそが悪い。
そう、俺がヒーローを見て腹が立つのは、ひとえにこのワイルドタイガーのせいだった。
こいつを見ると、どうしても自分の今の境遇とこのワイルドタイガーを比べてしまう。
年の頃が同じぐらいだから尚更だった。
自分の部下だったジャンが今朝、俺を見下して馬鹿にしたのと同じように、ワイルドタイガーがヒーローTVで活躍すればするほど、俺はこいつに馬鹿にされているような気がした。
勿論、会った事もなければ話をした事もない。
ヒーロー事業部なんかクソ食らえと思っていたし、バーナビーは嫌いじゃないとしても、とにかくワイルドタイガーがいるかぎり絶対行かねぇ、そう思っていた。
「はー、全くお気楽だよなぁ、ヒーロー様はよぉ?なぁ、ウォン?このワイルドタイガーってよぉ、バーナビーのおかげで活躍できてんだろ?ったく、いい身分だよなぁ!そう思わねぇか?」
俺がウォンの方を振り返ってそう言うと、ウォンが肩を竦めて苦笑した。
「まーたロベルトさん、ワイルドタイガーの悪口っすか?ったくホント、ワイルドタイガーの事意識してるんですねぇ、ロベルトさんは」
「…は?なんだよそりゃ、俺が意識してるかだと?んな事あるわけねぇだろ!」
「あーそうですか?まぁいいですよ、そういう事でー」
「意識するならバーナビーの方だろ。バーナビーと俺と、どっちが格好いいかってな?」
「それはバーナビーに決まってるじゃん!やーねぇ!」
「あ?なんか言ったか?」
「いいえー、なんにもー!朝から素敵なバーナビー様のお姿見られて、幸せー!じゃあ、室長、この社内企画あたしがまとめときます」
「あ、よろしくね?」
いつでも穏やかでにこにこ顔の室長が、パメラに頼むよ、と言うように片手をひらひらとさせる。
…………くそ。
元々こんなくそ編纂室の仕事なんかする気は無かったが、ますますする気が無くなった。
どうせ今日だって、俺の仕事なんか何もねぇんだ。
じめっとした閉架書庫に行って本の整理をするか、誰も読まねぇような社史編纂の資料の作成か、そのぐらいだ。
最初は俺も、挫けず自分を奮い立たせて、自分のスキルアップの機会とばかりに、マーケティングやメディア戦略について勉強し直したりもしていたが、1年半と経つうちにモチベーションが続かなくなって止めちまった。
今じゃ俺は何も無い。
ただのうらぶれた中年だ。
…………コイツだって本当は、うらぶれた中年のはずだったのに。
微笑するバーナビーの後ろで、テレビに向かっておずおずと手を上げる銀と緑のヒーロースーツを、俺はコイツが目の前にいたらぶん殴ってやる、と呪詛の念を込めて睨みつけた。
それから数日後。
相変わらずかったるい社史編纂室で、やる気のねぇパソコン仕事をだらだらとしていた午後。
午前中社内のどこかに行っていた室長が、戻って来るなりにこにこして言った。
「あー、みんな聞いてくれ。この間の社内企画だけど、通ってね、それでもって、希望者が一人現れたんだよ。入社したばかりの人なんだけど、各自の画面見てくれるかい?」
あんな企画に希望してきたやつがいるとは…。
思わず俺は自分の机の上の画面を見た。
画面には、顔写真と簡単な履歴が映し出されている。
『ボランティア枠応募入社。37歳。男性。氏名:鏑木・T・虎徹』
冴えない感じのおとなしめな男性の写真と、日系人らしい名前。
(ボランティア枠入社となると、なんのスキルもねぇんだろうなぁ…)
俺は鼻くそをほじりながら、画面をつらつらと眺めた。
……俺は、何も知らなかった。
そいつが実はヒーローのワイルドタイガーであることも。
やつが社史編纂室の企画に応募した時に、うちの室長とヒーロー事業部長の間で話し合いが持たれ、俺がヒーローを毛嫌いしてるからって言うんで、ワイルドタイガーの素性を隠して、ボランティア枠入社の一般人って事にした事も。
なんにも知らないで俺はただ、画面上の冴えない男を見て、ボランティア枠で入社したりして幸運なやつだな、とか思っていたのだった。