◆ヒーローが出向してきました!--社史編纂室篇--◆  9






こんなやつと一緒にされたくない。
俺は違う。
俺は……。
俺はどうなんだ。
頭が混乱してきた。
本当はこの酔っ払いと同じだ。
俺も鏑木を勝手に逆恨みして妬んでうらやんで罵った。
鏑木に裏切られた気分だった。
自分のなけなしの信頼を鏑木がせせら笑っていたように思った。










――でも。
……俺はこの酔っ払いと同じにはなりたくなかった。
嫌だった。
俺のプライドが疼いた。
俺は…俺はそう、鏑木の事が妬ましくて―――いや、違う。
鏑木を信頼していたから。
友人だと思っていたから。
いつのまにか心の中までヤツを入れていたから。
……だから、裏切られたと思って傷ついたんだ。
でもそれは自分勝手な傷つきだった。
鏑木は全く悪くない。
俺が勝手に傷ついたんだ。
鏑木は……、…鏑木は俺に何を見せたいんだ…?
スクリーンの中でビルが突然崩れた。
もうもうと砂塵が舞い上がり、ビルがガシャガシャン、と鈍く響く音を立てて崩れていく。
『あぁーっ、ビルが崩れておりますっ、大丈夫か、ヒーロー!ビルの中にはワイルドタイガーがいる!救助を待つ人々もいるはずですっっ!』
アナウンサーが絶叫する。
一瞬、バーナビーが映った。
バーナビーはヒーロースーツに覆われて表情は見えなかったが、動かずにビルが崩れる様を見ている。
俺も息が吐けないままにスクリーンを見つめた。










と、画面の中に美しい緑の光がすうっと流れた。
次の瞬間、瓦礫が一気に爆発した。
いや、爆発したのではなく、ビルの中心から放射線状に瓦礫が吹き飛ばされたのだ。
その中心から鏑木が飛び出してきた。
ヒーロースーツが美しく光っている。
輪郭がぼんやりと淡く光る。
ハンドレッドパワーを発動している。
鏑木は、左腕からシュッとオレンジ色のワイヤーを発射して瓦礫をくくりつけ、その重いコンクリートの瓦礫を軽々と遠心力で回転させ、崩れ落ちる瓦礫を吹き飛ばしていた。
それは超人的な技だった。
そんな荒技ができるとは思ってもいなかった。
今まで見た事もないような、激しい力業だった。
俺は思わず瞬きも忘れて、鏑木を見た。
瓦礫の中心で、銀と緑のヒーロースーツが光る。
鏑木がスクリーンの中心に現れる。
バーナビーもヒーロースーツを発光させ、矢のような速さで鏑木の元に駆け寄る。
鏑木とバーナビーが連携プレイで瓦礫を跳ね除ける。
銀色と緑と赤が流れるように光って、それは目を奪うように美しく凛とした光景だった。
これは……そうだ、たしかグッドラックモード、とか言ったか。
俺が社史編纂室でヒーロー特集を見させられた時に紹介されていたやつだ。
あの時は鏑木が一緒に観ていて…俺は鏑木の前で盛大にヒーローの、特にワイルドタイガーの悪口を言ってやったんだ。
そういえばあの時の鏑木は困ったような顔をしていた。
困り果てて、俺に何か言いたそうにしていて、でも俺の剣幕がすごくて口が出せないという感じだった。
あの時鏑木は怒っても良かった。
自分の事をあんなに悪く言われて、傷つかなかったんだろうか。
鏑木だって、人間だ。
……きっと、傷ついただろう。
ヤツは自分の感情より、俺の気持ちを優先してくれたんだろうか。
きっとそうだろう。
俺の気持ちを尊重して、俺が困らないように恥を掻かないようにと、自分がワイルドタイガーであることを黙っていてくれたんだろう…。
グッドラックモードの華々しい輝きを見ながら、俺は鏑木との事を思い起こしていた。
鏑木は最初から優しいやつだった。
ヤツはいつでも優しくて、俺に裏表無く接してくれていた。
俺をばかにしたり、軽蔑なんかしていなかった。
俺が勝手に鏑木を誤解して、ヤツが俺をバカにしているはずだって思い込んでいたんだ。
鏑木はそんな事をするやつじゃねぇのに。
――だよな。
だって、鏑木が本気になれば、今俺の目の前で活躍しているような格好良いヒーローになれるんだから。
これが鏑木の本質なんだ。
人のために役に立つ事が好きで、危険も顧みずに飛び込んで、でも危険な中できちんとヒーローとしての役割を果たしていける。
気負いも衒いもなく、そこに助けを求める人がいたら、真っ先に飛び込んでいく、そんなヒーローだ。
もうもうとあがる埃の中から、鏑木とバーナビーが閉じ込められた作業員を助け出してきた。
銀色のヒーロースーツが光って、信じられないほどに格好良かった。
すげぇ、と素直に思った。
先程まで鏑木の悪口を言っていた酔っ払いも、言葉も出ない様子だった。
助け出した作業員を他のヒーローが受け取って、救急車へ運ぶ。
全員助け出したようで、鏑木とバーナビーが倒壊現場を離れる。
アナウンサーがすかさず二人に駆け寄ると、鏑木の方にマイクを突き出した。
『今日はワイルドタイガー、大活躍でしたね!』
ヒーローインタビューだ。
今日は鏑木が主役ってわけだ。
でもそれは当然だ。
こんなに格好良いんだから。
鏑木がフェイスガードを上げて顔を見せた。
目元にアイパッチをしてるが、確かに鏑木だ。
本当に鏑木はヒーローだったんだ。
俺はその時実感した。
寂しいような悲しいような、複雑な気持ちで俺は鏑木を見た。
スクリーンの中の鏑木がにっこりと笑った。
『はい、ありがとうございます。実は今日は、どうしても俺の活躍を見せたい人がいて、それでいつもより頑張りました』
『えっ…それは誰ですか!タイガーさんのいい人ですかぁ?』
アナウンサーが派手に反応してマイクを更に突き出す。
鏑木が苦笑した。
『違いますよ。…俺の大切な友達です。すごく正直な人で、才能も実力もあって、尊敬できる人です。その人を励ましたくて、頑張りました』
『おや、それはそれは…!でもタイガーさんにそこまで言ってもらえるなんて幸せな人ですね!』
『いえ、俺の方がその人にお世話になりましたから。その人にどうしたら自分の気持ちを分かってもらえるかって思ったんですけど、俺はこうして自分が頑張ってる姿を見せるしかないんで。うまく言えないんですけど、これからももっと頑張ります。その人に見てもらいたいから。元気になってもらいたいから』
鏑木が言ってる『友達』ってのは俺だ。
そんな、…なんで俺なんかに….。
俺は居たたまれなくなった。
恥ずかしい。
俺はそんなに良く思ってもらえるような人間じゃ全然ない。
俺は鏑木の事を罵倒して傷つけたじゃねぇか。
鏑木は俺に怒って俺を軽蔑してくれて良かったんだ。
俺はそのぐらいのどうしようもねぇクズな人間なんだから。
鏑木にそんな風に大切に思ってもらえるような人間じゃねぇんだ。
『友達は芯は強い人なんですけど、今は少し弱気で捨て鉢なのが心配なんです。でも俺の事すごく信頼してくれて嬉しかった。だから俺は自分でできる事でその人を励ましたい。俺には自分の仕事を頑張るしかないんですけど…でも、このヒーローの仕事は俺の天職です。これからもずっとがんばりますよ!……その人だって絶対、がんばってくれるはずです。俺は信じてます…!』
「へぇ、ワイルドタイガーの友達か。なんか羨ましいな、そんな風に言ってもらえるなんてな」
スクリーンを見上げていた客が言った。
「つかやっぱりベテランヒーローだけあるよな。久し振りにすげぇ格好良くて見とれちまったぜ」
「ワイルドタイガーの実力を見たって感じだよな」
押し黙って見ていた客が口々に言い始める。
みんなにこにこして、嬉しそうだ。
俺も画面をじっと見上げていた。
目が逸らせなかった。
鏑木の目がまっすぐ俺を見ていた。
画面の向こうに俺がいるのを分かっているみたいに。
鏑木の金色の瞳が俺を射貫くように見ている。
それから右手をビシっと上げて、俺を指差してきた。
『俺は、ヒーローです。ずっとヒーローで、これからもヒーローです。……あなたも、そうでしょ?俺は知ってます、あなたが頑張れるって事を。あなたよりも俺が知ってますよ?だって俺あなたの友達ですからね?今日は俺があなたに俺の活躍を見せました。次はあなたが俺にあなたの活躍を見せてください。約束ですよ!』
鏑木の指が俺の心の奥底を抉ったように思えた。



――がーん、とした。

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