◆9◆
バーナビーは4歳の時に両親を殺され、それから天涯孤独、マーベリックに養育されて育ってきた。
唯一頼りであっただろうマーベリックには、記憶をたびたび改竄されて利用されてきたわけだから、考えてみるとなんと不幸な境遇だっただろうか。
そんな境遇ながら今現在あのように立派な青年になっているのはすごいことだな、とあらためて虎徹は思った。
もっとバーナビーに優しくしてやりたい、彼が幸せな人生を送れるように手助けをしてやりたい、とも思うし、一方でバーナビーに出会った事で自分の方が助けられているのではないかと思う事もある。
なんにしろ自分にとってバーナビーは掛け替えのない相棒だ、などとしみじみと思っていると、ブルーローズが『あれ』、と言って握っていた手を離し、駆けだした。
「……ん?」
ちょうど公園の端まで歩いてきた所で、人影のない小道の先に小さな横道がついていた。
葉の落ちた大きな木がその小道の入り口にそびえていて、その下を回るブルーローズの姿が見える。
「おい、一人で行動すんなよ?」
と声を掛けたが、ブルーローズは気になることがあるらしく、小走りで路地を曲がってしまう。
虎徹は慌てて後を追った。
左折して路地に入ると、そこは廃屋が何軒も立ち並ぶ荒れた場所だった。
シルバーステージでも外れに来ると、こういう箇所がいくつかある。
虎徹が通りを曲がった時目にしたのは、その路地の先、最終的には行き止まりになっている部分に立っていた見知らぬ若い男性と、それからその前に立ちすくんでいるブルーローズの姿だった。
奥に立っている男性に見覚えがあった。
自分たちが探している当の人物。
サミュエル・スペンサーだった。
(………!!!)
それに気付いた瞬間、虎徹は能力を発動していた。
ハンドレッドパワーを使って瞬時に移動し、サミュエルが何か行動を起こす前にブルーローズを抱きかかえると、そのまま大通りへと連れ出す。
どうやらブルーローズはサミュエルのネクスト能力であるサイコキネシスによって動けなくさせられていたようだった。
ほんの0.0コンマ何秒の間にブルーローズを大通りの安全な所に降ろすと、虎徹は再度瞬時にサミュエルの元に戻った。
サミュエルが能力を自分に向けて発動する前にハンドレッドパワーで拘束してしまおう、と思ったのだ。
ガガガガーッッッ!
その時――サミュエルをもう少しで捕まえようとした時――上から瓦礫が振ってきた。
サミュエルがサイコキネシスで虎徹の攻撃を躱そうとしたのだ。
ガタタタッ、ガンッガシャッッ!
それを払いのけ、左手からワイヤーを発射する。
シュッと発射されたワイヤーを相手にひっかけ、たぐり寄せようとする。
が、相手の男の方もサイコキネシスで抵抗してきた。
ばらばらと瓦礫が振ってきて邪魔だ。
ワイヤーで相手をたぐり寄せようとしながら右手で瓦礫を払いのけ、サミュエルの前まで行く。
「この野郎っ!」
ワイヤーごと相手に殴りかかる。
「…うぁっっ!」
男が悲鳴を上げた。
虎徹の方が近接戦に慣れている分、有利だ。
ハンドレッドパワーで殴りつければサミュエルが吹っ飛び、ワイヤーがグーンと伸びる。
渾身の力を込めてたぐり寄せ犯人を確保しようとする。
その瞬間。
すううっと発光していた青い光が消えた。
一分の能力が消失したのだ。
しまった、と思った時には既に遅かった。
能力が消失してしまえば、ネクストとしてはかなり強力なサイコキネシスの能力を誇る相手の方が一挙に有利になる。
あっと思った瞬間、ものすごい力で首を締め付けられた。
男の手ではなく見えない空気に締め付けられているようだった。
――しまった!
まだ愕然としている間に、すうっと虎徹の意識は暗くなっていった。
「タイガー?!」
大通りに助け出されたブルーローズが身体を動かせるようになって路地に再び走り込んできた時、その時既にその路地には誰もいなかった。
ただ、冬の冷たい風がひゅうっと路地を吹いて、虎徹が被っていたハンティング帽をころころと転がすだけだった。
呆然としてその帽子を拾って、ブルーローズは路地に立ちすくんだ。