◆16◆






圧倒的に、自分が不利だった。
過去、長年ヒーローをしてきて、自分の能力の限界も、今やそれが1分になっていることも、それでできる事の限界も、きちんと把握しているつもりだった。
その前提で行けば、今回、虎徹が犯人に勝てる確率は、1%も無かった。
いや、全く無かったと言っても良かった。
つまり勝率は0%だった。
勝っていたとすれば、気合い、ぐらいか…。
気合いで勝てるようなそんな都合の良い展開があるなどとはさすがに虎徹も思っていない。
ただ、最後、自分がこれで終わりだ、と思ったときに、どうしても一矢報いたかった。
少しでも、ほんの僅かでも反撃したかった。
最後まであきらめたくなかった。
その矜持と意地だけで反撃したようなものだった。
力的に勝てるとは到底思っていなかった。
なのに―――。
現実に、今虎徹はこうして自宅へ戻ることができ、犯人は逮捕された。
考えてみると不思議だった。
あの最後だと思った瞬間、何か自分の中に爆発的な力が生まれたとしか思えなかった。
いや、力ではない、何か表現しようのない反応だった。
すうっと自分の中に相手のエネルギーが流れ込んできた感覚を、虎徹ははっきりと覚えていた。
一言で言えば、相手のネクストエネルギーを自分が吸い取った。
そういう事になる。
そんな事が可能なのか。
しかし、実際既に自分はそれを経験している。
これはどういう事だろうか。
相手のネクスト能力が消失した事は確かだ。
その能力は、自分の過去のように能力減退で無くなったのではない。
自分が相手から吸い取ったのだ。
(―――…………)
ブワッ……。
自宅で虎徹は自分の能力を発動させてみた。
部屋の中が仄かにネクストの青い光で満たされる。
姿見の前まで行って、虎徹は自分の姿を眺めた。
青い瞳がじっと鏡の向こうから自分を見つめている。
(……………1分、過ぎた……)
能力発動から1分。
それが先ほどまでの自分の発動時間のはずだった。
それが――。
1分、2分……過ぎても能力が終わらない。
心臓がドクンドクン、とうねる。
いたたまれないような、じっとしていられないような焦りにも似た心持ちになって、虎徹は無意識に拳を硬く握った。
2分40秒………シュウウ……と微かな音とともに、青い光が消えた。
硬く握っていた拳を広げて、目線を落として手のひらを見る。
固く握りしめすぎていたせいか、手のひらに爪の後がついて赤くなっていた。
明らかに、自分の能力が変化している。
発動時間が伸びた。
以前のように、とは行かないまでも5分の半分である2分30秒よりも伸びている。
「………………」
どさ、とソファに身体を投げ出すようにして、虎徹は腰を下ろした。
背もたれに背中を預けて顔を上に向けると、階段の脇の窓の外、夜の空がほんの少し見えた。
上層階、シルバーステージとゴールドステージに切り取られた、小さな空だ。
ぼんやりそれを見上げ、深くため息を吐いて虎徹は瞑目した。
自分の身体の変化がまだ信じられなかった。
今日一日、いろいろな事もありすぎた。
考えがまとまらない。混乱しているのが自分でも分かる。
頭を振って虎徹はゆっくりと立ち上がると、就寝するために階段を上っていった。











それから3日ほど、虎徹は自宅待機という事で自宅で過ごした。
一日目は、ゆっくりと昼前に起き、前の日のことは何も考えずに部屋の掃除やら洗濯やら、家事をして過ごした。
2日目は外に買い物に行き、久しぶりに食料を買い込んだり、娘の楓に、と学用品や子供服コーナーを見たり、昼食はハンバーガーを買って公園で噴水や鳩を見ながら食べた。
帰ってきてから洗濯物にアイロンを掛け、夕食を作った。
早めに寝てしまって3日目。
朝早く、まだ夜も明けないうちから起きてしまい、虎徹は上半身をベッドから起こして、ブラインドを薄く開けて外を眺めた。
さすがに3日目は、考えないわけには行かなかった。自分の能力について。
自宅待機の間、気を遣ってくれたのだろう、アポロンメディア社の方からは誰も連絡してこなかった。
バーナビーもだ。
控えめに一度、『お身体大丈夫ですか?何か用がある時にはなんでもメールください』というメールがあっただけだった。
簡素な文面だが、きっと実際にはとても心配しているのだろう。
しかし、押しつけがましくならないように、自分を気遣っているのだろうと思うと、バーナビーに会いたくなった。
考えてみれば、もう何日も会っていない。
が、バーナビーも、虎徹がどうやって犯人を確保したのか、疑問に思っている事だろう。
会えばそのあたりを質問されるに違いない。
虎徹はまだ、自分の能力の変化について、バーナビーに言う勇気が出なかった。
能力減退の時も、最後の最後まで、言えなかった性格だ。
その自分の性格が、結局の所いろいろと面倒を引き起こしたのは分かっているが、そうは分かっていてもやはり言えない。
「…………」
東の空が明るくなって、薄いオレンジ色に変わってきた。
薄暗いロフトで虎徹は思い切って再び能力を発動させてみた。




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