◆18◆
どうして自分の能力が回復したのか。
どうして新たな能力が、加わったのか。
考えられる原因としては、一つしかなかった。
脱獄ネクスト犯と対峙して、もう絶体絶命と思った時。
あの時、自分の身体に起こった事――すなわち、相手の能力をまるで吸い取るように自分に引きつけて、その力が相手から自分に移った事――それが原因としか考えられなかった。
(つまり、俺は相手のネクスト能力を吸い取って、自分のものにしたのか?)
そんな事が可能なのか?
いや、でも実際自分の能力は戻ってきている。
戻ってきているどころか、新たな力が加わっている。
相手の力を自分のハンドレッドパワーとして変換したのだろうか……?
そういう事ができるネクスト能力者の話は聞いたことがない。
相手の能力を吸い取る能力、とでも言うべきだろうか。
もし自分にそれができたとしたら、これは自分にとって第二のネクスト能力の発現という事になるのか?
この年になって、新たに二つ目のネクスト能力?
「いや、能力発現に年は関係ねぇか…」
ヒーローアカデミーに行けば、60歳過ぎてもネクスト能力が発現して現実問題困っている生徒もいる。
40近い自分に新たな能力が出ること自体は決しておかしくはない…。
……が、二つ目の能力となると――、二つ能力を持っていたネクスト能力者、と言えば、唯一ジェイク・マルチネスがいるが、彼以外には聞いた事がない。
大部分、いや、ネクスト能力者はほぼ全員、能力を一つしか持っていないのだ。
元々持っていた能力が減退したから、その代わりなのだろうか。
今後この能力は変化するのか。
また減退するのか。
それとも増大するのか…。
能力が回復した事は嬉しいものの、どう自分の中で整理したらいいのか分からず、虎徹は眉を寄せて考え込むばかりだった。
「……なるほどな…。で、虎徹、お前それ、まだ誰にも言ってないんだな?」
3日間の有給休暇が終わってアポロンメディア社に出勤した虎徹は、ヒーロー事業部に顔を出した後すぐに、ベン・ジャクソンのいる部屋へと向かった。
人払いをお願いし、二人きりになると、休みの間の自分の体験をベンに切り出してみる。
ベンには以前、5分の能力が減退し始めた時にいろいろな情報を教えてもらっていたし、自分が殺人犯として追われていた時にも世話になった。
誰にも言えないような事を相談できる唯一の相手だ。
「誰にも言ってないっす。…ってか、俺も昨日分かったばかりで、もしかしたらまた変化してるかも知れないし」
そう言いながら、ベンが持ってきてくれた熱い珈琲を一口、口に含んで、小さくため息を吐く。
「ちょっと待ってろ」
テーブルを挟んで向かいに座っていたベンが立ち上がり、壁際の机に設置してあるパソコンで何かをするのを、虎徹はぼんやりと見守った。
しばらくしてベンが虎徹に、『こっちに来てみろ』というように手招きをした。
近寄ると、パソコンの画面を示される。
「これは俺が自分で調べたネクスト能力についてのデータなんだが…」
画面を覗き込むと、字や表がびっちりと画面を埋めていた。
「ベンさんが?……几帳面っすね…」
外見に似合わず細かいデータの羅列に虎徹は思わず呟いた。
「元々こういうのはトップマグにいた頃から集めていたからな。今は司法曲のデータにもアクセスできるし、捜しようによっては興味深いものがあるんだ。…ここだ、ほら…」
ベンが画面の一カ所を指さす。
虎徹は上体を屈めてそこに顔を近づけた。
「シュテルンビルトじゃない別の場所の例だが、一例だけ、他人のネクスト能力を消失させる力を持つやつがいたようだ。こいつの場合は、単に相手の能力を無効化させるだけのようだが…」
「……へぇ…」
「お前の場合、消失させたんじゃなくて、吸い取って自分のものにしちまったって事だよな。…しかもハンドレッドパワーの方は今まで不可能だった発動時間のコントロールが効くようにもなっている」
「………そうなんすけど…」
「…取りあえず、お前の力が変化して、回復しつつあるというのは確かだな。だが…」
ベンは腕組みをして考え込んだ。
「今の所、お前の能力の変化は誰にも知られないようにした方がいいな。まだどうなるか分からねぇし、もしかしたら一定期間回復してもまた元の1分に戻るかも知れねぇ。その辺が不確定だ」
自分の能力がどうなるか未知数なのは確かなので虎徹もベンの言葉に頷いた。
「ヒーローとして出動する時も、ハンドレッドパワーの発動は1分きっかりにして、それ以上発動させないようにしておけ。バーナビーにも気づかれないように……ってできるか?」
「そりゃまぁ、できるとは思うんすけど、…でも、斉藤さんには気づかれそうだな…」
「斉藤ちゃんには俺の方から言っておく。体調の変化とか、斉藤ちゃんにいろいろ調べてもらえると安心だしな?」
「すんません、じゃあお願いしていいですか?」
「あぁ、とにかく今は様子見だ。何かあったらすぐ俺に相談しにこいよ、虎徹」
「了解っす。……ホントいつもお世話になります」
ベンに向かって頭を下げると、ベンが目尻を下げて笑った。
「ま、お前の事だからな、何歳になっても何があっても驚く事はねぇって気がするよ」
「そりゃどういう事っすか!俺がいつまで経っても落ち着かない子供みたいだって言ってるみたいじゃないっすか」
「お、分かったのか、虎徹?」
ベンが笑いながら言ってきたので、虎徹は顔を大げさにしかめて見せたが、内心は一人で不安だった気持ちが軽くなったようで、ほっとしていた。
とにかく様子を見よう。
ベンもいるし、斉藤もいる。
それに自分は一度能力が減退して1分にまで減って、ヒーローもあきらめたぐらいだった。
それを思い出せば、なんでも克服できるような気がした。